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日本語の大疑問

2021.12.03 公開 / 2022.10.27 更新 ポスト

「やばみ」「うれしみ」の「み」はどこから来たのか【再掲】国立国語研究所

「うれしみ」「分かりみ」の「み」って、いったいなんですか?

ことばの専門家集団が英知を結集して、国民の素朴な疑問に答えた『日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界』(国立国語研究所編)は、7万部を超えるベストセラーになりました。

本書から一部を抜粋してご紹介。2022年11月8日(火)19時からは、執筆者のお一人である柏野和佳子さん(国立国語研究所准教授)のトークイベントがあります。

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(写真:iStock.com/oatawa)

疑問:若者ことばの「やばみ」や「うれしみ」の「み」はどこから来ているものですか

回答=茂木俊伸

従来用法とはちがう「─み」の登場

ご質問の「─み」は、「Twitter(ツイッター)」などのインターネット上の交流サービスにおける若者の投稿にしばしば見られる、次の(1)~(4)のような使い方ですね。

(1)今年の花粉はやばみを感じる。

(2)卒業が確定して、今とてもうれしみが深い……。

(3)夜中だけどラーメン食べたみある。

(4)その気持ち分かる分かる! 分かりみしかない。

このような「─み」の使い方になじみのない方もいらっしゃるでしょうし、私の周りの大学生に聞いてみても、「なぜここで『─み』を使うんでしょう?」と逆に質問されてしまうことがあります。そこで、次のような問いが立てられます。

【疑問1】「やばみ」「うれしみ」などの「─み」はどこから来ているのか。

 

文法的に見ると、この「─み」は、主に形容詞の後に付いて名詞を作る働きを持つ「接尾辞」(あるいは「接尾語」)と呼ばれるものです。形容詞に「─み」を付けて作られる名詞には、「うまみ」、「(恨み)つらみ」、「深み」などがあります。これらは「─み」の‟従来用法”とでも言うべきもので、辞書にも載っています。

一方、(1)~(4)では、従来用法の「─み」が付かないはずの形容詞「やばい」「うれしい」や形容詞型活用の助動詞「たい」、動詞の「分かる」に「─み」が付いています。

(1)~(3)の語は本来、「─み」ではなく、同じく名詞を作る接尾辞「─さ」を付けて「やばさ」「うれしさ」「食べたさ」のような形で名詞化する必要がありました。この「─さ」は広くいろいろな語に付く性質を持っていますが(*1)、(4)の「分かる」には付きません。

このように、本来のルールでは付かない語に「─み」を付けてしまったのが、ご質問の「─み」の‟新用法”であり、そこが、なじみのなさの原因なのです(*2)。このような新用法の例は、Twitter上で2007年から見られることが報告されています(*3)。

したがって、【疑問1】に対する直接の答えは、「名詞を作る接尾辞『─み』である。ただし、本来よりも広い範囲の語に付いている」となります。しかし、謎はこれで終わりではありません。さらに問題となるのは、次の2点です。

【疑問2】なぜ「うれしい」「食べたい」などを、わざわざ名詞化するのか。

【疑問3】名詞化するなら、なぜ「─さ」ではなく「─み」を使うのか。

「ネタ」としての面白さを表現する逸脱的用法

まず、【疑問2】については、名詞化が持つ婉曲性から説明することができます。

個人の感情や欲求は、そのまま言語化して表に出すと生々しさや主張の強さを感じさせることがあります。これに対し、「うれしい」のような感情をいったん名詞化し、「うれしみ{がある/が深い/を感じる}」のように分析的に表現することによって、自分から距離を置いた形で、婉曲的に表現する効果が生まれます。

大人世代でも仕事の際に、「この日程は厳しいものがあります」のように、名詞「もの」や「ところ」を使った婉曲表現を用いることがありますが、若者はそれを接尾辞「─み」で行っていると言えます。

 

次に、【疑問3】は、一つには、若者ことばで重視される面白さや新鮮さが動機として考えられます。

従来使われてきた「─さ」ではなく、わざと逸脱的な表現「─み」を使うことで、冗談めかした「ネタ」として自分の感情や欲求を見せることができる、ということです。

ただ、この「逸脱」の度合いは、日本語の文法ルールから見ると、実はそれほど大きなものではありません。接尾辞「─さ」と「─み」が作る名詞にはもともと性質の違いがあるとされているからです。

「─さ」による名詞化は、「その状態の程度」(例:勝利のうれしさは計り知れない)か、「その状態である様子」(例:彼はうれしさを隠さなかった)という単純な意味の名詞を作ります。

これに対して「─み」による名詞化は、「甘み」(=甘い味)、「丸み」(=丸い形)、「かゆみ」(=かゆいという感覚)といった特別な意味を表す名詞を作ります。このような「─み」形は、「(具体的な)感覚」を表すとされます(*4)。

つまり、単なる名詞化ではなく、実感を伴った名詞化であるということ。「─さ」ではなく「─み」が勢力を拡大した理由は、このような点に求めることもできそうです。

 

*1─橋本和佳(2009)「形容詞の名詞化」『みんなの日本語事典─言葉の疑問・不思議に答える』(中山緑朗ほか編)pp.394-395、明治書院

*2─水野みのり(2017)「ネット集団語における接尾辞『─み』の語基拡張」『思言』第13号、pp.167-174、東京外国語大学地域文化研究科・外国語学部記述言語学研究室

*3─宇野和(2015)「Twitterにおける『新しいミ形』」『国文』第123号、pp.106-94、お茶の水女子大学国語国文学会

*4─杉岡洋子(2005)「名詞化接辞の機能と意味」『現代形態論の潮流』(大石強ほか編)pp.75-94、くろしお出版

茂木俊伸(もぎ としのぶ)……熊本大学大学院 人文社会科学研究部 准教授。専門分野は現代日本語文法。日常生活の日本語の“不思議”を探索し、その分析に「ねぇ、この表現なんだけど気にならない?」と周りを巻き込むことを喜びとする。

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*2022年11月8日(火)19時から、本書執筆陣のお一人・柏野和佳子さん(国立国語研究所准教授)のトークイベント「日本語はこんなに面白い!」が開催されます。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。​​​​​​

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ことばのスペシャリスト集団・国立国語研究所が叡智を結集して身近ながらも深遠な謎に挑む、人気シリーズ第2弾『日本語の大疑問2』より、一部を抜粋してお届けします。

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国立国語研究所

昭和23(1948)年に、日本人の言語生活を豊かにする目的で誕生した、日本の「ことば」の総合研究機関。ことばの専門家が集まり、言語にまつわる基礎的研究および応用研究を行う。平成21(2009)年10月に大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所となり、大学に属する研究者とともに大型の共同研究・共同調査を行うなど、さらに活発な活動を展開。略称は国語研、NINJAL。webサイト「ことば研究館」内の「ことばの疑問」コーナーでよくある言葉の質問に答えている。

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