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強迫症を治す

2021.10.14 公開 ツイート

病気と思わず苦しむ人が多い「強迫症」の不幸 亀井士郎/松永寿人

手を洗うのがやめられない、ガスの消し忘れが気になって家を出られない――50~100人に1人はかかる可能性がある精神疾患・強迫症(強迫性障害)。重度の強迫症を発症した精神科医・亀井士郎さんと、その主治医で強迫症治療の第一人者である松永寿人さんが共同執筆した『強迫症を治す  不安とこだわりからの解放』が刊行されました。強迫行為に苦しむ方とそのご家族、医療従事者のための決定版テキストである本書から、2回に分けて「はじめに」を公開する、後編です。記事の最後に刊行記念トークイベントのご案内があります。

*   *   *

多くの場合、自然には治らない

強迫症とは、少し前まで「強迫性障害」と呼ばれていた精神疾患です。この病気は、50人から100人に1人が発症し、多くの場合、自然には治りません。病気の性質上、何も手を打たなければ、転がり落ちるように症状は悪化していきます。

かつての私以上に重症の患者も数多くおられます。不安に支配された結果、“聖域”である自分の部屋や、極端な場合には自分のベッドから出ることができなくなった方。不潔を恐れて、お風呂や手洗いに3~4時間、それ以上かける方。症状の形は様々ながらも、四六時中強烈な不安に圧倒され、また強迫の行動に駆り立てられ、社会生活が立ち行かなくなった方は少なく ありません。仮に症状の程度が軽くとも、仕事や学業、家庭への多少の影響は免れないでしょう。

(写真:iStock.com/OKrasyuk)

さらに、この病気の重大な症状の一つに、家族や友人への「巻き込み」というものがあります。本人の不安を解消するために、近しい人に特定の行動を強いる症状を指すのですが、これが思いのほか厄介です。場合によっては、患者と同じくらいに家族を徹底的に追い詰め、良好だったはずの家族関係を破壊します。脅すようなことを言いたいわけではありませんが、残念ながら、これはよく知られた事実です。つまり患者の家族も、強迫症という病気の影響を大いに受けていることになります。

強迫症とは、多くの方の人生を変えてしまう病気と言えます。もちろん、極めて悪い意味で。

このように非常に厄介な病気でありながら、専門家の数は多くありません。ましてや、精神医療従事者以外の一般の方が、どれだけこの病気のことを知っていると言えるのか。残念ながら精神医学界にも、社会全体にも、強迫症の知識が膾炙していないのが実情です。そのために、実は強迫症を患う多くの方が、これを病気と認識しておらず、あるいはどこに受診していいか分からず、怖さのあまり病気と戦うこともできず、強迫との共存を強いられているのです。

私はこの現状に、強い問題意識を感じています。いえ、もっと平たく言うならば、怒り心頭に発しています。

なぜ、治る可能性がある患者が、病気に苦しみ続けなければならないのか?

人はそれを不幸と呼ぶのではないのか。

ただ、幸い、と言うべきか、この病気には大きな特徴があります。それは「知識」とそれに基づく「正しい行動選択」が強力な武器になるということです。知識は行動を変えます。そして、行動は強迫の症状を変えます。つまり、不適切な行動――不安に従った行動――を取れば強迫症状は悪化し、適切な行動――不安に従わない行動―― を取れば逆に症状は改善するということです。

単純に見える理屈ですが、これは真に重要な事実です。むしろこの方法無くして治療はあり得ません。専門的に言えば、標準的治療の一つ、「認知行動療法」がこれに当たります。

強迫症治療の第一人者との最強タッグ

遅くなりましたが、そろそろ本書のあらましを述べましょう。

本書は私、亀井士郎と、その治療者(主治医)である松永寿人との共著です。

私の背景は既に述べました。精神科医としての知識を持ちつつも強迫症を発症し、重症化まで経験した事実と、最適な治療戦略を施され、そこから劇的に回復したという事実。二重の意味で稀有な存在であると言わせてください。

松永は数少ない強迫症の専門家であり、もっと言うと本邦の強迫症の第一人者です。本邦の強迫症の治療ガイドラインの作成部会リーダーでもあり、国際的にも指折りの強迫症研究者でもありますから、大袈裟な表現ではないと思います。今まで4000例ほどの強迫症患者の治療に関わっています。

我々二人の知識と経験を織り混ぜ、本書を執筆させていただきました。

本書には強迫症の一般的な疾患概念から、精神の内面で起こっているメカニズム(精神病理)、それに基づいた治療戦略まで、一貫してロジカルに、具体例も交えて幅広く記載しました。通して読んでいただければ、強迫症に関してかなりの知識を得られ、対処法の見通しも立つはずです。特に第四章では、私自身の発症と治療のエピソードをリアルに記述し、一つの読み物として成立するようにしました。病気のイメージを摑む手がかりとして、先にこの章をお読みいただいてもよいでしょう。

本書では、大きく分けて三つの読者層を想定しています。

第一には、強迫症の患者及びその家族です。

先にも少し触れましたが、かなりの数の強迫症の患者は治療を受けておらず、治すチャンスすら摑めていません。患者の多くは、まるで催眠術にかかったかのように、あるいは奴隷のように、内なる「強迫」の声の言いなりになりながら、それが「症状」であることに気付いていません。まして、その対処法をほとんど知りません。家族にしても本人の精神に何が起こっているのか、またどうしてあげればいいか分からず、多くは渋々ながら本人の言いなりになっています(先述の「巻き込み」です)。このように病院をまだ受診できていない方やその家族、あるいは治療が思うように進まず、ブレイクスルーを求める方々にとっても、適切な治療を受ける参考にしていただきたいと思います。

強調しておきますが、強迫症とは「謎の精神の病」などでは決してありません。強迫とは、非常に単純な悪循環で成り立つ、脳の機能不全、いわば“バグ”のようなものです。対策は必ずあります。実のところ、本書の内容の理解それ自体でも、治療的効果が出るように意識して構成しています。いわば強迫の迷路から脱出するためのガイドブックとして、本書を利用していただきたいと考えています。もちろん、患者だけでなく、家族が取るべき態度や行動についても記載しています。この辺りは、第三章の治療戦略のほか、特に第七章で患者と家族のための指南としてまとめていますので、本人を病気から救う一助になればと願っています。

第二に想定している読者は、精神科医を含む、精神医療従事者です。

ひと昔前までは強迫症は難治の疾患と言われていたかもしれませんが、治療法の進展により、昨今では十分に治療可能性の高い疾患と見做されているはずです。しかしそれでも、強迫症の治療に難渋するケースは相当に多いと思われます。そのようなときに、患者の状態をどう理解 し、どういう言葉をかけ、指示を与えるべきか。また治療全体のビジョンや段取りを考える上で、本書がヒントとなるかもしれません。

そして第三に、強迫症という病気や、「不安」や「こだわり」をはじめとした精神の諸機能に興味をお持ちの方、あるいはもっと幅広く、人間心理に関していささかなりとも好奇心をお持ちの方へ。私としては、病気に苦しむ方に寄り添う一方で、その病気自体を“学問的”に面白いと捉えることは両立すると考えています。さらに言えば、科学的にフラットな視点で精神の病気を見ることは、差別や偏見を払拭するための一つの方法であるとも思っています。ですので、強迫症を知ることで社会的な問題意識を抱いていただくことも、精神医学的な好奇心を満たしていただくことも、どちらも歓迎いたします。

これは、どうか不快に感じられないことを祈りながら言うのですが――先ほど私は「地獄の日々でした」と言ってのけましたが、実は一方で、強迫症状に苦しんでいる最中、「この体験……まことに興味深い!」と思わずニッコリした瞬間が何度もありました。そもそも極度の不安体験というものは簡単に得られるものではありません。そしてその「不安」が、「認知」や「観念」といった他の精神機能のユニットに波及していくさま、言うなれば「精神症状のネットワーク」が活性化されていく様子を俯瞰できたことは、私にとって貴重な体験でした。

私は精神医学ほど面白い学問はこの世に無いと思っている質(たち)の人間なので、やや変態じみたバイアスがかかっているかもしれません。しかしその偏った見方を抜きにしても、強迫症は面白い病気です。たとえば症状が出現するメカニズムが存外にロジカルであること、そのメカニズムがバイオロジカル(生物学的)にもかなり解明されていること、あるいは他の精神科の病気の多くと関連性が深いことなど、沢山の学びが得られると思います。

知識は武器です。人間が持てる、最強の武器。その武器は、病気を改善させる力となり、きっとあなたや家族の人生を良い方向に変えるでしょう。この想いを胸に、これより本書を綴っていきます。

最後に。この本は、私が強迫症を発症した7年前に「この世に存在して欲しかった本」なのです。

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強迫症を治す 不安とこだわりからの解放』の刊行を記念し、10月22日19時半から、亀井さんと松永さんによるトークイベント「手の汚れ・鍵のかけ忘れが気になって仕方がないことありますか?」を開催します。事前のご質問を受け付け中、アーカイブ視聴もできます。詳細・お申込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。

関連書籍

亀井士郎/松永寿人『強迫症を治す 不安とこだわりからの解放』

積んでいる本の山が崩れて部屋が火事になるかもしれないから、何時間もかけて積み直す。ぶつかって人を線路に落として殺してしまうかもしれないから駅のホームを歩けない――精神科医の著者(亀井)は、強迫症(強迫性障害)を発症。強い不安やこだわりに苛【さいな】まれる地獄の日々を送るが、強迫症治療の第一人者(松永)と出会い、回復を遂げる。同じ症状に苦しみながら、治療を受ける機会もなく放置されている人たちを救いたい。その切なる思いで、強迫症の病理と治療をリアルかつ分かりやすく解説した決定版テキスト。

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強迫症を治す

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亀井士郎

滋賀県生まれ。2011年京都大学医学部卒。同附属病院で初期研修後、同精神科神経科、京都博愛会病院精神科、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。京都大学大学院医学研究科博士課程研究指導認定退学。現在は同精神医学教室客員研究員。精神保健指定医、精神科専門医。14年に強迫症を発症し、重症化の後、松永寿人による治療を受ける。

松永寿人

大阪府生まれ。1988年大阪市立大学医学部卒。同大学医学部神経精神医学教室入局後、同教室助手、講師を経て、97年ピッツバーグ大学医学部精神科へ留学、2010年に兵庫医科大学精神科神経科学講座主任教授に就任し現在に至る。強迫症や不安症の研究、治療の第一人者。多くの論文、著書があり、WHOのICD-11改訂に関わるなど国際的にも活躍中。

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