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時をかける老女

2021.07.13 更新 ツイート

#8

冒険家の決意はかたい 中川右介

中川右介は2020年秋、91歳の母を引き取り、介護生活を始めた。介護殺人事件が珍しくない昨今、自分もいつか母を殺してしまうのではないかと不安になった中川は介護日記を書くことにし、ストレスの発散とともに、友人・知人たちに現況を知らせることでアドバイスや励ましをもらいながら、介護生活を送っている。

(写真:iStock.com/Tatiana Bass)
 

11月27日 金曜日

<介護32日>

引き取り、一緒に暮らすようになり、ひと月。

毎日、大小さまざまな事件が起きる。

デイサービスから帰り、5時過ぎ、「夕食の用意をしてもいいわよ」と言う。

ここへきてからは作ったことなどない。お茶すら、自分では入れないのに、珍しい。

今晩は、天ぷらうどんの予定で、温めればよく、こちらとしては6時の予定なので、まだ何もするつもりはない。

「何もしないでいいよ。部屋で休んでいて」

しかし、5分後、再び「夕食の用意をするから、何をしたらいいの」

「まだだって。もう食べたいの?」

「お腹すいた」

「なら、そう言えばいい」

というわけで5時半の夕食。

昨晩遅くまで段ボールハウス作ったせいか、疲れたと言って、6時に寝た。

ようするに、早く寝たくて、早く食べたかったのか。

 

喪中ハガキの季節。

知人友人は同世代が多いので、親が逝く年齢。いまのところ、母より上で亡くなったのは2人。92歳、98歳。80代が5人。

母が6人、父は1人。男はもう死んでいるのだろう。

5勝2敗。勝ち負けじゃないか。

ともかく、高齢社会である。ひとは70代では死なない。

11月29日 日曜日

<介護34日>

「冒険してみたいんだけど」

朝食後、突然、思い詰めたように言う。

女子高校生なら冒険したいのも分かるが、91歳で何の冒険?

今日はデイサービスがない。そこで、近所を歩いてまわりたいという。

デイサービスの送迎は毎日、順路が違うらしく、周辺のことがよく分からず、

それを自分で確かめたいというのが冒険の目的。

「帰ってこれるの?」

「道が分からなくなったら、帰ってくるから」

「分からなくなったら、帰れないでしょう」

だが、冒険家の決意はかたい。

住所と私の携帯電話の番号を書いたものを持たせ、行かせることに。

 

生存本能の強い人で、だから91まで生きている。

見知らぬ人に話しかけるのは苦にならない。

これまでも2回ほど、交番へ駆け込み、私に連絡してきたこともあった。

まあ、誘拐されることもないだろう。と自分を納得させて、行かせることに。

 

1時間ほど過ぎても帰って来ない。

 

心配になったところ、「ああ、ここだった」と無事、ご帰還。

集合住宅なので、どの家か分からなくなったが、

ドアの前に大きなドラえもんがあったので分かったと、興奮して冒険を語る。

ドラが何かは分からず「大きな人形」と呼ぶのだけれど。

目的のデイサービスの施設には行けなかった。

「次は行けると思う」

冒険は続く。

 

夜はこちらも疲れたので、1か月記念で、外食。寿司屋へ。

「最近も、美味しいお寿司を食べた気がするけど、あれはこの店ではないわね」

「うちで、手巻き寿司をしたでしょう」

「そうだったわね」

デイサービスではその日の昼食になにを食べたかも覚えてないのに、好きなものは覚えてる。

西友に寄り、食材を買う。

スイーツコーナーの前で立ち止まり、

「これ、おいしそう」と、シュークリームを指さす。

(写真:iStock.com/R-DESIGN)

若い。

「時をかける老女 冒険とシュークリームの巻」おしまい。

 

介護殺人事件にならず、11月も終わりそうだ。

= 11月30日 月曜日深夜 =

何事もなく、一日が終わり、11月も終わった、と思いきや、8時に入浴し寝たはずが、9時過ぎにリビングへ来て「首が痛くて眠れない」と訴える。

(写真:iStock.com/miharayou)

左の付け根のあたりらしい。押すと痛がる。見た目、腫れてもなく、赤くなってもない。外傷もなし。

「どこかで、ぶつけたのかしら」と、本人も身に覚えなし。

「いつから痛いの」

「寝てたら痛くなった」

とりあえず置き薬の頭痛薬を飲ます。

15分経過。眠ったよう。

夜中、また痛がったら救急車、と妻と決める。

明日は近所のクリニックへまず行くか。

やれやれ。

*   *   *

※毎月13日、28日更新

※著者への感想、コメントはフォームで受け付けています(非公開)。編集部がお名前を伏せた上で「読者の声」として一部抜粋し、公開させていただく場合がございます。

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時をかける老女

91歳の母親と、33年ぶりに一つ屋根の下で暮らすことになった。この日記は、介護殺人予防のために書き始めたものである。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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