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女たちのポリティクス

2021.06.24 公開 ツイート

コロナ禍対応で成功した指導者に女性が多い「本当の」理由 ブレイディみかこ

ブレイディみかこさん著『女たちのポリティクス』が発売になりました。アメリカ初の女性副大統領になったカマラ・ハリスや、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)といった各国女性首脳。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどう闘い、上り詰めていったのか。その政治手腕を激動の世界情勢と共にブレイディさんが鋭く解き明かします。今回は、コロナ禍で女性指導者が活躍した「本当の」理由について。その実情に迫ります。

コロナ禍政治の勝者は女性?

今回のコロナ禍で話題になったことといえば、女性首相に率いられている国々がウイルス感染拡大の危機を乗り越え、感染を最小に食い止めることに成功したことだろう。

まず筆頭に挙がるのが、この危機で再び株を上げたニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相だ。この39歳の女性首相は、「家にいましょう。命を救いましょう」という人道的なメッセージ動画を自宅や記者会見場やFacebookのLiveで連日流し続けた。彼女は、思いやりファーストの立場を取り、近所の人々の面倒をみること、高齢者や基礎疾患のある人々を気遣うこと、社会のために犠牲を払うことの必要性などをニュージーランドの人々に訴え、自身が政治家としてさらなる人気を得ただけでなく、人々に責任をシェアすることを強調して国のムードを一つにまとめあげた。

世界中で左派の星と呼ばれてきた彼女が、開かれた社会を目指す平素の理念からは一転し、2020年3月14日には入国者のすべてに14日間の隔離を課すことを発表、迅速に厳格なロックダウンを開始するなど、ハードな政策を取った。「厳しく、迅速にやる」がコロナ対応における彼女の方針だったという。その結果、感染者数1153人、死者21人(感染者・死者数については、5月21日現在のものとする)という低い数字に抑えることに成功し、アーダーン首相率いる政府のコロナ対応に対する支持率は80%を超えている。

ドイツではアンゲラ・メルケル首相が久々に大物政治家の貫禄を見せ、最大70%までの人々が新型ウイルスに感染する可能性があり、死者はそれら感染者の「父であり、祖父であり、母であり、祖母であり、パートナーである」と警告し、終戦以降、ドイツは最大の危機を迎えていると国民に呼びかけた。そして早期から広範にわたって検査を行い、緊急病棟のベッドの数にも余裕があったこともあって、ドイツは死者数8270人と、他の多くのEU国よりずっと少ない。自ら物理学者であったメルケルの科学的根拠に基づいた冷静で明解な説明は、オンラインで拡散され他国の人々からも賞賛された。レームダックと呼ばれていたメルケルだが、今回のコロナ危機の対応では再びその存在感を増し、国内でも70%を超える支持率を得たという。

欧州では他にデンマークのメッテ・フレデリクセン首相のコロナ対応が高い評価を得ている。デンマークの左派・中道左派連合を率いる彼女も、3月13日の時点で素早く国境の封鎖を発表、数日後には保育施設や学校を閉鎖して10人以上で集まることを禁止した。デンマークも死者を554人に抑えることに成功しており、同じスカンディナビアの国でも、スウェーデンの死者数3831人と比べるとぐっと少ない。彼女は、家で皿洗いをしながら歌っている自分の動画をネットに投稿したりしてユーモアのある姿を見せ、支持率は2倍の80%に上がっているらしい。

同じくスカンディナビアで、死者数を234人に抑え込んでいるノルウェーも女性が首相の国だ。同国のエルナ・ソルベルグ首相も、早めのロックダウンと広範な検査が鍵だったと言っている。ソルベルグ首相は(大人のジャーナリストは参加不可の)子ども向け記者会見を行い、ウイルスをちょっと怖いと思ってもいいのよ、と語り、友達をハグできないのが寂しいと彼女も感じていると話した。

また、カトリーン・ヤコブスドッティル首相率いるアイスランドは、新型ウイルス感染の徹底した検査体制を取ったことで世界的に有名になった。人口36万人の同国は国民に無料の検査をオファーし、3月末までに人口の5%近くが検査を受けた。4月25日までには人口の12%が検査を受けており、徹底的にウイルスを追跡する方法により、こちらもまた感染拡大の抑制に成功している。

さらに、世界最年少の現職首相、サンナ・マリンのフィンランドも厳しいロックダウンを実施することにより、死者数を隣国スウェーデンの一割以下に抑え込んでいる。

アジアでも女性たちに賞賛の声

アジアでも、女性指導者の対応が賞賛を集めている。

「コロナ対策の優等生」と呼ばれる台湾では、蔡英文総統の初動の速さが話題になっている。武漢に関する情報をいち早く入手し、2019年12月31日には封じ込め戦略に着手、WHOよりも早い2020年1月12日には当局者を武漢に派遣して、中国の状況を報告させて、1月20日までにはコロナ感染の状況を監視する緊急指令センターを設置した。その結果、中国との物理的な近さにもかかわらず、感染者440人、死者7人という驚くべき成功を収めている。早々に感染拡大を抑え込んだ同総統は、コロナウイルスで世界経済の秩序は変わったと語り、この変化は台湾にとってチャンスだと発言している。早め、早めのコロナ対策が功を奏したおかげで、台湾は世界でも珍しく、いまでもプラスの経済成長を遂げており、経済の分野でも早めの支援や復興策を打っていくというポジティブな戦略を打ち出している。

英紙ガーディアンは、今回のコロナ禍で成功を収めた女性は政治家だけではないとし、韓国の中央防疫対策本部長、チョン・ウンギョンの名を挙げている。「検査、追跡、封じ込め」を徹底的に行う戦略を指揮したウンギョン本部長は、いまや国家的アイコンのような存在であり、世界的にもコロナ対策のお手本になっている。MERS流行時にも、中央MERS管理対策本部現場点検班長として指揮を取った彼女は、いまや「世界一のウイルス・ハンター」と呼ばれ、そのきまじめな記者会見の模様は有名になった。大統領府・青瓦台への信頼度は49・5%だったのに、彼女への信頼は80%を超えたこともあったという世論調査結果が出ており、激務のために白髪が増え、痩せていく姿に彼女の健康を心配する声があがっていて、記者会見では「一日1時間以上は寝ています」と答えたという。

余談だが、わたしは英国でよく知人などから日本のコロナ状況について尋ねられる。台湾や韓国の成功例はいつもメディアで話題にされ、「アジアはよくやっている」という風潮になっているが、日本の名前はいっこうに挙がらないので、よっぽどコロナ対策に失敗して多くの死者や感染者を出しているのだろうとみんな思っているようなのだ。それで、「いや、実は……」と実際の数を話すと、その少なさにみんな一様に驚く。

「じゃあ、どうして話題にされないんだろうね」と言うので、「いやー、いろんな説があるけど、なんで成功しているのか、本当のところがよくわからないからじゃない?」と答えると、「うん。なんか、全体的に日本についてはよくわからない」と言われ、どうやらこのコロナ禍で日本はまたもやミステリアス・ジャパンぶりを発揮しているようだ。

女性であることとコロナ対策の成功は関係あるのか

このように、女性指導者の国でコロナ対策に成功している国は多いが、一方ではベトナムやギリシャ、オーストラリアなど、男性指導者が率いて成功している国も多い。だから、性別で指導者を区別して、どちらのほうが成功していると競争のように考えるのは、下手をすれば「女性のほうが子どもや配偶者の健康を気遣うことに慣れているから」とか、「女性のほうが気配りが細やかだから」とかいう、ジェンダーのステレオタイプ化に繋がりかねない。実際、女性のほうが科学者の言うことを素直に聞くからというような、なんとなくマンスプレイニング的な分析すら見られる。

しかし、ガーディアン紙に掲載されているニューヨーク大学の社会学の教授の分析は一聴に値する。「比較的、政府への支持と信頼があり、女性と男性の硬直した区別をしない政治文化」を持つ国が女性の指導者を選ぶという。逆に言えば、人々が政府を信頼せず、積極的に支持もしない政治文化を持つ国では、女性と男性の硬直した区別がいつまでも存在するので、女性の指導者は出にくいということになるのではないだろうか。確かに、政府への支持と信頼がある政治的文化のある国であれば、女性リーダーたちは自信を持って自分が信じる道を決断することができるだろう。しかし、そうでない国なら、「どうすれば支持率を下げないか」などのネガティヴな計算が先に働いてしまい、ウイルス感染拡大阻止という本来の目的とは合わない決断をくだすことになってしまう。

また、同記事によれば、男性の政治家は「リーダーたるものこう振る舞うべき」という鋳型から抜けられないことが多いという。つまり、感情的な思いやりとかやさしさを見せるべきではなく、いつどんな状況でも強くあらねばならぬという指導者イメージに囚われ、「強く、決断力もあり、感情的な部分もある」という多様な顔を持つ指導者像を描けないというのだ。ということは、男性でもこれができる人は成功する指導者になれるし、女性でもマッチョな強さばかり強調したいタイプはコロナ禍のような状況下ではリーダーとして失敗するということだろう。

2020年1月1日の時点で、選挙で選ばれた国家元首152人のうち、女性はたった10人だった(そう考えると、どれだけ女性リーダーのコロナ対策成功率が高いかわかる)。

なぜ女性首相たちがコロナウイルス感染拡大との戦いに強いのだろう。彼女たちは女性だからコロナ対策に向いているのだろうか。彼女たちは、女性が入りづらい世界に選挙で選ばれて進出し、女性がなかなか出世できない業界でトップまで登りつめた人々だ。つまり、はっきり言って各人がずば抜けて優秀な政治家たちなのである。

つまり、コロナウイルス対策で女性たちが実力を発揮しているのは、性別というより、それぞれの政治的能力が高いと考えたほうが現実的だ。逆に、男性が有利な業界にあっても失敗している指導者たちがどんな政治家なのかということは、言わずもがなだろう。

関連書籍

ブレイディみかこ『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を激動の世界情勢と共に解き明かす。いっぽう、女性の政治進出を阻む「サイバー暴行」や、女性国会議員比率が世界166位と大幅に遅れる日本の問題にも言及。コロナ禍の社会で女性の生きにくさがより顕在化し、フェミニズムの機運高まる中「女たちのポリティクス」はどう在るべきか。その未来も照らす1冊。

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女たちのポリティクス

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。

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ブレイディみかこ ライター・コラムニスト

1965年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で第16回新潮ドキュメント賞を受賞。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がベストセラーになる。そのほか『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』など著書多数。

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