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女たちのポリティクス

2021.09.17 公開 ツイート

刊行記念対談#1

いま女性たちが当たり前のように投票できるのは、命がけで闘った女たちがいたから 坂上香/ブレイディみかこ

菅総理大臣が退陣を表明し、注目を集める自民党総裁選。そして日本で生きる我々にとって本番ともいえる秋の衆院選。そのような中、女性政治家が様々に注目を集めています。
日本は政治分野において特にジェンダーギャップが甚だしく残っていますが、果たして、政治という男社会で世界の女性政治家たちはどのように戦ってきたのでしょうか?

各国の女性リーダーと政治事情を考察したブレイディみかこさんの近著『女たちのポリティクス』。本書の刊行を記念して、ドキュメンタリー映画監督・坂上香さんとのトークイベントが先日、青山ブックセンターで開催されました。

女性リーダー躍進の秘密からブラック・ライヴズ・マター運動まで。女と政治をテーマに語り合ったオンライン対談の様子をお届けします。(構成・文 阿部花恵)

(ブレイディみかこさん<左>と坂上香さん)

ポリティクスの戦いは、反逆から調整へ

坂上 『女たちのポリティクス』、すごく面白かった! ブレイディさんは子どもの教育から始まってそこに絡む貧困や経済の問題、最近では市民としてどう社会に向き合うかというシチズンシップ教育まで、幅広く書かれていますよね。私が初めて読んだのは『女たちのテロル』でしたが、今回はなぜ政治をテーマに?

ブレイディ 『女たちのポリティクス』は『女たちのテロル』の次のステージなんです。現代の女性が当たり前のように投票や立候補できるのは、『女たちのテロル』で書いたような命がけで反逆した女性たちがいたからこそ。当時の女性たちが戦って勝ち取ったのが参政権なんです。

でもそこから約100年が経って、ポリティクスの場で戦うために必要なのは、意見の調整や相手を説得する作業に変わってきた。そして今の世界を見渡すと、優れた女性政治家がたくさん台頭している。彼女たちはどうやって今の地位まで上り、どんなスタイルで政治をしているのかに興味があったんです。

坂上 左寄りから極右、国政レベルから地方自治まで、各国のいろんな女性リーダーが登場しますね。政治家だけじゃなくて、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動を立ち上げた女性たちも。私はドイツのアンゲラ・メルケル首相が好きなので、彼女が「漬物石」にたとえられているのがちょっとかわいそうだったけど(笑)。今年の1月、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所が解放されて76年目のスピーチで「ホロコーストという文明断絶はドイツがナチズム時代に犯した罪であり、ドイツの永遠の責任です」と発言した姿にはすごく感動しました。また、難民を積極的に受け入れることについては国内では反対も多かったようだけど、懐の深いヒューマニズムの象徴のような人なので。

ブレイディ あれは褒め言葉でもあるんですよ。彼女は漬物石みたいにどっしり動かない、理念の人。私は反緊縮派としてメルケルさんがギリシャにしたことは今でも許せない(※)。でも彼女が東ドイツにいて西側社会に憧れていた頃は、80年代のサッチャーやレーガンが推進した新自由主義の風が吹き荒れていた時代。メルケルは、結局ずっとその時代を引きずっているからいまだに緊縮財政を信じている。反緊縮派が多いイギリスの労働者階級からは不人気ですけど、ドイツの首相をやめたら次はEUのトップになるだろうね、なんて言ってる人も多いし、それだけの器の持ち主であることはみんな認めてる。漬物石のような重さは、長所でも短所でもあるんです。ブレない人って、一歩間違えば頑迷な人ですから。

本にも書きましたが、2017年にドイツのハンブルクで行われたG20首脳会合で、モデレーターが「あなたはフェミニストですか」と質問したとき、彼女は手を挙げなかった。まだ時期尚早じゃないかとか色々考えてるんですよね。じーっと動向を見守っている。慎重な人です。そういう人だから上り詰められたんだと思います。

※2010年代初頭、財政赤字に陥ったギリシャに対しメルケル首相率いるEUが主体となり緊縮財政を求めた。その結果、ギリシャ国民は疲弊し景気は大幅に後退した。

女性が活躍できる国にもDVはある

坂上 ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相や、34歳で世界最年少首相となったフィンランドのサンナ・マリンさんの活躍もすごいですよね。どちらも30代で首相になっている。

ブレイディ アーダーン首相はエンパシーのある政治を実践していますよね(※)。マリン首相は5党連立政権を作ったんですけど、党首は全員女性、うち4名が30代という若い政権。つまりミレニアル世代の女性リーダーが国を回しているんです。

※エンパシー……他人の感情や経験を理解する「能力」。詳しくは『他者の靴を履く』(ブレイディみかこ著)を参照のこと。

もちろん現実はバラ色なことばかりじゃない。たとえば、フィンランドはこれだけ女性が実力を発揮している国でありながらDVが多いんです。女性の社会進出と、女性の個人的尊厳って別物なんですよね。若い女性がリーダーになれるからといって、すべての女性が肉体的または性的暴力を振るわれないわけではない。ただ、裏を返せば女性が泣き寝入りせずにDVをちゃんと警察に訴えている、とも言えますが

坂上 逆に、ちゃんと「助けて」を言える環境があるということの表れじゃないでしょうか。訴えれば状況がよくなると思えたり、支援につながれることを被害者自身が知っている。DVはどの社会にもあるけれど、それに対応できている国とできていない国の差は大きいですよね。たとえば日本では一時的に逃げ込めるシェルターは一昔前と比べれば増えているけれど、経済的な面などから元の生活に戻ってしまうケースも少なくないし、メンタル面や社会的な支援のインフラはまだまだです。

ブレイディ そこは英国も同じですね。

日本のフェモナショナリズムについて

坂上 ところで女性が起こすムーヴメントってリベラルと結びつきやすい印象がありますが、『女たちのポリティクス』には右派の女性政治家もたくさん出てきますね。マリーヌ・ル・ペン(フランスの国民連合党首)とか、日本では都知事の小池百合子さん、自民党の稲田朋美さんも。

ブレイディ 稲田さんが「おじさん政治をぶっ壊す」とメディアで言っているのを見たときに、フェモナショナリズムへの近さを感じたんです。「フェモナショナリズム」は、フェミニズム的なことを語りながら、排外主義的アジェンダを進める政治思想のことですが。

坂上 そういえば稲田さんはヘイト活動で知られる在特会との親密な関係も指摘されてきましたよね。最近、選択的夫婦別姓やLGBT法案など、多様性をめぐって活発に発言していて、そのギャップに困惑している人も多いのでは? 一見するとマイノリティを肯定しているようなんだけど……。

ブレイディ そうそう。でも「世界から尊敬される道義大国を目指す」と語っていて、なぜ倫理や多様性に関する「大国」でなければいけないのか(笑)。中身がタカ派であることは変わっていないと思います。それは稲田さんと小池さんに共通している点だと思います。

小池さんの場合、先の都知事選の得票率でいうと61%が女性でした。「女性なのに都知事になっているだけでも偉いよね」という評価を結構聞く。でも女性というだけで容赦するのは、やっぱりよくない。

坂上 そういえば彼女が都知事に当選した翌日に、電車で小学3年生くらいの女の子たちが「小池百合子かっこいい!」「うちのママもそう言ってた!」と話しているのを見かけました。女性がリーダーシップを取るパフォーマンスって同性にウケがいいんだな、とあのとき実感しましたね。話の内容ではなくて、あくまでも「どう見えるか」がミソ。

ブレイディ 家庭や職場で男性から不当な扱いを受けている女性ほど、そういった光景にスッキリするのかもしれません。でも、それって実はすごくヤバい。政策やイデオロギーとは関係ない、単なる鬱憤ばらしってことだから。都合のいいときだけフェミニズムを訴えて、状況次第では排外主義的な団体にも同調できてしまう政治家に投票するとどういうことになるのかということを真剣に考えた方がいい

(後編に続く)

関連書籍

ブレイディみかこ『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を激動の世界情勢と共に解き明かす。いっぽう、女性の政治進出を阻む「サイバー暴行」や、女性国会議員比率が世界166位と大幅に遅れる日本の問題にも言及。コロナ禍の社会で女性の生きにくさがより顕在化し、フェミニズムの機運高まる中「女たちのポリティクス」はどう在るべきか。その未来も照らす1冊。

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女たちのポリティクス

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。

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坂上香 ドキュメンタリー映画監督・NPO法人out of frame代表・一橋大学客員准教授

1965年生まれ。高校卒業後、渡米。ピッツバーグ大学社会経済開発学修士課程修了。帰国後、制作会社のディレクターとして数多くのドキュメンタリー番組を制作。独立後、初の監督作として、米国刑務所における受刑者更生プログラムに密着取材した『Lifers ライファ―ズ 終身刑を超えて』を制作。国内外で高い評価を得る。第二作『トークバック 沈黙を破る女たち』に続き、日本の刑務所を初めてカメラが捉えた『プリズン・サークル』が全国で話題になっている。著書に『ライファ―ズ 罪に向きあう』など。毎日医療プレミアで「回復/修復に向かう表現」を連載中。

ブレイディみかこ ライター・コラムニスト

1965年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で第16回新潮ドキュメント賞を受賞。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がベストセラーになる。そのほか『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』など著書多数。

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