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女たちのポリティクス

2021.06.18 更新 ツイート

スコットランドの女性党首の決断

育児のための辞任は反フェミニズム的?  ブレイディみかこ

ブレイディみかこさんの待望の新刊『女たちのポリティクス』が発売になりました。アメリカ初の女性副大統領になったカマラ・ハリスや、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)といった各国女性首脳。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどう闘い、上り詰めていったのか。その政治手腕を激動の世界情勢と共にブレイディさんが鋭く解き明かします。今回は、同性パートナーとの家庭生活のためにスコットランド保守党党首を辞任したルース・デイヴィッドソンの事例から考える、「家庭優先」とフェミニズムの関係について。

「個人的」なものと「政治的」なもの

「育児に専念するために辞めます」と言って著名な女性が仕事を辞めたら、「夫がまったく育児を手伝わないのだろう」とか「女性どうしのカップルだったらこんなことにはならない」とかいうようなことを言われがちだが、スコットランド保守党党首のルース・デイヴィッドソンは同性のパートナーと築いた家庭のために党首を辞任した。

「正直に言います。これから20カ月間、二つの選挙を戦うためにキャンペーンに出ることに、かつての私なら意気揚々としていたことでしょう。でも、今の私は、家と家族から遠く離れてしまうことへの恐れでいっぱいになってしまいます」と彼女は辞表に記している。

二つの選挙とは、2021年に予定されているスコットランド議会選挙と、時間の問題である英国総選挙だ。IVF(体外受精)で授かった長男フィンを2018年に出産した彼女は、育児休暇を取り、2019年4月に仕事に復帰したばかりだった。

今回の決断は「個人的」なものであり、同時に「政治的」なものでもあったと彼女は発表した。つまり、ジョンソン首相就任で強硬離脱に向かおうとしている保守党の方向性が、彼女のような党内のEU残留派を苦しい立場に追い込んでいること、そして彼女が拠点にしているスコットランドでも、保守党政権が合意なき離脱の方針に傾けば傾くだけ、独立をめざすSNP(スコットランド国民党)が支持を伸ばし、独立反対派のデイヴィッドソンとスコットランド保守党は苦境に追い込まれる。一方で幼い息子の面倒を満足に見られないという罪悪感に駆られながら、このような政界のプレッシャーに耐えられなくなった、ということだろう。

左派からは、彼女がジョンソン首相に一撃をくらわせて辞任しなかったことに失望したという声も上がっているし、彼女は子どもを言い訳に使っているだけで、単に政治的な理由で辞めるのだと考えている人が多い。逆に、彼女の辞任そのものが、勝手に議会を閉鎖しようとするなど独裁的になってきた首相への抗議と言う人々もいる。

一方、保守派の意見を見渡せば、彼女が仕事よりも家庭を優先したことを称賛し、彼女の決断はEU離脱をめぐる保守党の分裂とは何の関係もないと言っている人たちも多い。

「家庭優先」は仕事を辞める理由には不適切?

「子どもを産んだら仕事に対する考え方が変化した」と女性が発言すると非常に大きな意味をもって受け取られることが多い。もちろん、子どもができたら仕事への姿勢を変える男性もたくさん存在するのだが、あまり男性はこういう質問をされない。

あの、炎のようなパッションを持つデイヴィッドソンが、子どもができたら仕事への情熱を失ってしまったという事実は、多くのフェミニストたちを失望させたし、わたしがラジオのディベート番組を聞いていたときも、「同性愛カップルとして堂々と子どもを育てているプログレッシヴな彼女が、こんな保守的な考えの持ち主だったとは驚いたし、がっかりした」という女性リスナーからの怒りの電話があった。

女性はみな子どもを出産したらキャリアへの野望を失う、という母性本能説は確かに誤った考え方だ。多くの場合、育休明けで職場に戻ったら、以前とは職務内容が(あからさまにではなく)微妙に違ってきてしまった、とか、もっと不運なケースでは「辞めてほしい」空気を漂わせられるゆえにキャリアへの熱意や野心が萎えてしまうというのが本当のところだろう。

とはいえ、女性はみなそれぞれに違う。出産後の精神状態や、出産時の年齢、仕事の種類、人生においてどの段階にいるか、ということは一人一人異なるので、「フェミニストならかくあれ」という一つの鋳型に多種多様な女性をみんな入れ込もうとするのはそもそも乱暴でもある。

子どもを産んだら、本当に赤ん坊のことが気になって仕事が手につかなくなる女性も現実に存在する(わたしは保育士として働いていたが、いわゆるバリキャリの母親が1時間おきに悲壮な声で保育園に電話してくることもあった)。そうかと思えば、さっさと育休を終えて職場のデスクに戻りたくてしかたない女性だっている。「シスターフッド」、すなわち女性どうしの友情としてこれを考えれば、前者と後者のママ友がカフェで紅茶か何か飲みながら「そうね、あなたも大変ね。お互いがんばろう」と肩を叩き合っている姿が想像できる。が、これが「フェミニズムの見地から」となると、突然そういうゆるい繋がりというか友好ムードが希薄になるのはなぜだろう。

今回のデイヴィッドソンの決断に対する一部の反応を見てつくづく思ったのは、フェミニズムにはロールモデルに依存し過ぎる一面があるのではないかということだ。

強くて賢くて格好いい、私の代わりにバーンと言ってくれる、どこまでも進歩的で、家庭とか家族とかいう古臭い概念からは自由で……、みたいな理想形にロールモデルを求めれば、そりゃ疲れてそういう役割から降りて行く人が続出するのは当然だろう。人間や人生や生活というものは、ヒーロー漫画のプロットみたいに単純ではないし、生身の人間はキャプテン・マーベルにはなれない。

もう一つの個人的な理由

とは言え、やっぱり「シスターフッド」もあるじゃん、と明るい気持ちになったのは、ガーディアン紙にジャーナリストのギャビー・ヒンズリフが書いた記事を読んだときだった。

彼女は10年前にガーディアン紙の日曜版ともいえるオブザーヴァー紙の政治報道部長という、彼女にとっての「ドリーム・ジョブ」を退職し、当時2歳だった子どもの育児に専念するという決断をした。彼女は自分の経験をこう書いている。

「いったい私は自分の人生に何をしてしまったんだろうと思いながら、雨の中をプレイグループへと歩いた日々、そして、たとえ世界と引き換えにしてもこの決断を変えることはないと思った日々を今でも覚えている。でも、じきに後者のほうが前者よりも多くなった。だからデイヴィッドソンも最終的には振り向くことはないだろう。(とはいえ、彼女は復帰するかもしれないが、それはまた別の話だ。子どもは成長するし、家庭環境も変わる。そして、政治状況も。)

それまで私たちは、一人の女性の決断は、すべての人を判断するスタンダードが決めるものではなく、本人のものであり、彼女一人のものであるということを受け入れたほうがいい。デイヴィッドソンは極端な仕事のプレッシャーの中で何カ月も働いて来た。彼女は10代の頃にうつ病にかかったことがあるので、自分の限界を超えることに用心しているはずだ」

デイヴィッドソンはインタビューで自らのメンタルヘルスの問題について赤裸々に明かしたことがある。10代の頃、自傷行為や自殺願望、うつ病に悩まされたというデイヴィッドソンは、英国の首相になりたいかと尋ねられ、「自分のメンタルヘルスをとても価値のあるものだと思っているので」首相にはなりたくないと語っていた。

保守党が右傾化する一方で、党内リベラルのスターである彼女は、メイ首相が辞任したときに、次期首相候補の一人として名前が挙がっていたほどだった。しかし、2016年には首相の仕事について「世界で最も孤独な仕事」と話したこともあり、スコットランドのエディンバラに子どもを残してロンドンで仕事をするかと問われると、「考えただけで不快になる」と語っていた。

ルース・デイヴィッドソンの評価

2015年に英国総選挙が行われた頃、スコットランドではSNPのニコラ・スタージョン党首が大人気になり、独立を求める陣営が勢力を拡大していた。もともと労働党が強い地盤だったが、SNPが労働党の票を奪った形となり、かたや保守党はむかしからずっと一貫して支持が低かった。

その構図をがらりと一変させ、スコットランド保守党の勢力を急激に拡大させたのは、デイヴィッドソンの個人的な魅力だった。

自由民主党のスコットランド議会議員、アレックス・コール゠ハミルトンは、彼女は、彼が唯一、「ブリリアント過ぎて怖い」と感じた政治家だと証言する。

過去数年間、スコットランドの政治アクティヴィストとして、そして議員候補として人々と出会い、話す中で、彼が繰り返し耳にしたのは「I like Ruth」という言葉だったという。「自分は保守党支持者じゃない。でも……」「自分は自由民主党に投票すると思う。でも……」と言った後で、誰もが「ルースが好き」と告白したらしい。演説の名手であり、人間としてもチャーミングな彼女は、「どんどん右傾化していく(保守党の)政策の上に立っていても、それを合理的に聞こえさせる不思議な能力を持っていた。穏健にさえ聞こえた」とコール゠ハミルトンはリベラルの立場から語っている。彼は、保守党の右寄りの政策すら穏健に聞こえさせるデイヴィッドソンが保守党党首の座から降りることで、スコットランドで本物の中道リベラルが復活するのではないかと推測している。

一方、長年、デイヴィッドソンとはライバルの立場で、スコットランド独立派と独立反対派として舌戦をまじえてきたニコラ・スタージョンは、さすがというか何というか、すでに、ちゃっかり彼女の辞任を政争の道具にしようとしている。

スタージョンはデイヴィッドソンの決断が政治的理由によるものだということは誰にでもわかると言い、「それはより大きな疑問を突き付けています。スコットランド保守党の党首でさえ、ジョンソン首相が推進している極端なハード・ブレグジットと折り合いをつけることができないとすれば、他のスコットランドの人々がなぜそれと折り合いをつけなければいけないのでしょう」と英国のメディアに語った。

スタージョンは、デイヴィッドソンの辞任の決断について、自分とSNPが推進するスコットランド独立の主張をもじってこんなパンチラインすら飛ばしている。

「ルースは今日、独立を宣言したのです」

独立派と独立反対派の両陣営を率いる(ある意味、よく似た)強い女性指導者2人が、シャープで熱い舌戦を繰り広げていた「スコットランドの女たちのバトル」が見られなくなるのは、個人的には残念だと思う。

関連書籍

ブレイディみかこ『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を激動の世界情勢と共に解き明かす。いっぽう、女性の政治進出を阻む「サイバー暴行」や、女性国会議員比率が世界166位と大幅に遅れる日本の問題にも言及。コロナ禍の社会で女性の生きにくさがより顕在化し、フェミニズムの機運高まる中「女たちのポリティクス」はどう在るべきか。その未来も照らす1冊。

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女たちのポリティクス

近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。

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ブレイディみかこ ライター・コラムニスト

一九六五年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒。一九九六年から英国ブライトン在住。二〇一七年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で第一六回新潮ドキュメント賞を受賞。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がベストセラーになる。そのほか『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』など著書多数。

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