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人はなぜ眠れないのか

2021.06.06 公開 ツイート

寝付きが良い=健康とは限らない!睡眠負債に要注意 岡田尊司

厚生労働省の2018年の調査では「睡眠で休養が十分にとれていない」人の割合は21.7%。日本人の5人に1人が睡眠に悩みを抱えています。自身も不眠症に長く悩まされた経験を持つ精神科医の岡田尊司さんが、睡眠のメカニズムや不眠症克服の極意を解説する幻冬舎新書『人はなぜ眠れないのか』より、睡眠の質を上げるための基礎知識やTipsをご紹介します。

「睡眠負債」は借金にそっくり

睡眠の問題を考えていくうえで重要なコンセプトに、「睡眠負債」というものがある。これは、よい睡眠をとるうえでも、日中の活動の質を高めるためにも、頭に入れておくべき概念である。

(写真:iStock.com/megaflopp)

睡眠不足は、家計の赤字に似ている。日々の睡眠不足がたまってくると、「睡眠負債」という睡眠の「借金」がたまってくるのだ。そうなると、脳は睡眠を強く欲するようになり、その借金を解消しようとする。ときには、借金を無理やり取り立てられることもある。居眠りだ。これが、ときには重大な事故につながる。一見すると、経済的な借金のように利息がついて、実際に借りた分よりも大きく膨らんでしまうということはないし、むしろ、逆のことが起きるようにも思える。睡眠不足の累積がどんなに大きくても、ぐっすり一晩か二晩眠れば、もうそれ以上眠ることはできず、借金は帳消しになったかのように思われるかもしれない。1週間くらい睡眠不足が続いていても、一晩たっぷり眠れば、それを取り戻すことができるように感じる。

こうした体験から、人はしばしば勘違いしてしまう。寝不足が続いても、一晩で帳消しにできるのならば、できるだけ短く眠って、たまに長く眠れば、毎晩十分に眠るよりも、睡眠時間を節約できると。つまり、人は短時間睡眠に慣れてしまえるのだと。実際、現代人は、おおむねこの方法を活用することで、ぎりぎりまで日々の睡眠時間を削ろうとしている。

だが、これは大きな勘違いで、もう眠れないからといって、睡眠負債が解消されたわけではない。実際には、一度に続けて眠れないだけのことで、睡眠負債は、しっかり残っているのである。たとえば徹夜をした次の晩、もうこれ以上眠れないというところまでぐっすり眠っても、数日はまだ眠気が残っているという経験はないだろうか。睡眠負債は一度にまとめて返すことができず、返済を終えるまでに時間がかかるのである。負債は必ず何らかの形で支払わされると考えておいたほうがよい。

 

しかも、それは、睡眠負債がぎりぎり限界で、健康な状態がどうにか維持されている場合の話で、それがある限度を超えて続いてしまうと、睡眠負債は脳の働きを低下させるだけでなく、脳自体にもダメージを与え始める。その意味では、返済を怠っていると、延滞損害金のような高い利息をとられると言えるかもしれない。

ときどき長く眠ることで、絶対的な睡眠の不足を穴埋めするというのは、自転車操業の赤字会社の経営のようなものであり、そのうえに何か不測の事態が生じると、たちまち破綻する危険がある。現代人の多くは、軽業師のように、ぎりぎりのところで均衡を保っていると言えるかもしれない。いつ足を踏み外して、奈落に落っこちてしまうとも限らないのである。

寝つきがよくても、必ずしも健康なわけではない

眠ろうとしてから、眠りに落ちるまでに要する時間を睡眠潜時(せんじ)という。要するに、寝つきにかかる時間である。この睡眠潜時は、どれくらい睡眠負債があるかの指標と考えられている。

(写真:iStock.com/tatyana_tomsickova)

横になって、目を閉じると5分以内に寝ついてしまう人では、かなり寝不足が続いて、睡眠負債ができていると考えられる。5分から10分で寝つける場合には、やや睡眠負債がたまっている状態、15分から20分で眠れる場合には、睡眠の収支が均衡している状態、一方、20分かかっても寝つけない場合は、まだ睡眠を必要としていないか、精神生理性不眠症などによる入眠障害があると考えられる。

不眠症の人は、寝つきがいい人、つまり睡眠潜時が短い人をとても羨ましく思う。しかし、すぐに眠れる人は、それだけ寝不足がたまっているということであり、不注意なミスや居眠りによる事故など、別の危険にさらされているということである。20分かかっても眠れないと、嘆く必要はない。今のところ、睡眠負債がさほどではないということなのだ。活動的な、高揚気質の人やショート・スリーパーの人には、寝つきがいい人が多いが、このタイプの人はエネルギー全開で活動し、睡眠負債を一気にため込んでは、効率よく解消する傾向がみられる。その意味では、寝つきの悪い人は、日中の活動や運動が足りていないとも言える。

ただし、明らかに不眠が何日も続いているのに、寝つけないという場合には、要注意である。その場合は、何らかの異常事態が起きていると考えたほうがよい。それが、どういう性質のものかを見極めることが必要になる。

睡眠潜時は、もちろん睡眠負債だけで決まるわけではなく、後で述べていく他の要素も関係するが、まず、自分にどの程度の睡眠負債があるかを考えることが重要になる。睡眠負債がなくて眠れないのか、大きな睡眠負債があるのに眠れないのか。睡眠負債がないはずなのになぜ昼間眠いのか。そうした状態を区別する必要があるわけだ。

 

もう1つ注意を要する状態は、睡眠負債がかなりたまっているのに、それを自覚していない場合である。どこでもすぐに眠れると自慢しているような人では、慢性的に大きな睡眠負債を抱え、それを責任感や意志の力、はたまた外的な刺激によって紛らわしていると考えられる。しかし、体にも脳にも無理がかかっていることは間違いなく、うつ病や心身症、心臓発作や突然死といったリスクを抱えやすいのである。そのことを自覚して、自分の睡眠や疲労にも気を配る必要がある。

関連書籍

岡田尊司『人はなぜ眠れないのか』

日本人の五人に一人が不眠症と言われるほど、睡眠の問題で悩む人は多い。どうすればスムーズに、朝までぐっすり眠れ、心身の疲れがとれるのか。かつて不眠症で悩んだ経験をもつ精神科医の著者が、睡眠学や不眠症臨床の最新知見から、不眠症を克服する具体的方法や実体験に基づく極意まで、豊富なエピソードを交えてわかりやすく伝授。この方法を会得すれば、睡眠を思いのままにコントロールすることも、さほど難しくはない。自分の体内時計のリズムが一目でわかる、記入式の睡眠チャート付き。

岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』

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岡田尊司『ストレスと適応障害 つらい時期を乗り越える技術』

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岡田尊司

1960年、香川県生まれ。精神科医、医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医 学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務、山形大学客員教授。パーソナリティ障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の危機に向かい合う。 

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