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アルテイシアの熟女入門

2021.06.01 更新 ツイート

母の死の真相に気づいたJJは、ゴリラ型で生きていきたい アルテイシア

「うちの両親も生きてれば71歳か……」と空を見上げて「生きてなくてよかったな」と合掌する、そんな45歳の初夏である。

JJ(熟女)はぼちぼち親が鬼籍に入り始めるお年頃。同世代の女友達と集まると

「うちの母はがんで亡くなったから、私はがん検診を受けてるよ」
「うちの父は脳卒中で死んだから、脳ドッグに行こうと思う」

といった話になるが、うちの父母は自殺&変死コンビなので「とりあえず私はメンのヘルスに気をつけるわ」と話している。

 

私は親が遺体で発見されがちな女で、父は69歳の時に飛び降り自殺して、母は59歳の時に拒食症で痩せ細った状態で死亡した。

そのへんの詳細は『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』に綴っているので、よろしくどうぞ。毒親ライフハックも載っているので参考にしてほしい。

毒親の存命中はつねに爆弾を抱えている気分だったので、死んだ時にはほっとした。と思ったら父の死後に5千万の借金が出てきて爆死しそうになったが、それもなんとか解決して、今は平和に健やかに暮らしている。

「もう二度と親に迷惑をかけられずにすむ」という解放感によって、我が人生の幸福度は爆上りした。なので「和解しないまま親が死んだら後悔するよ」系の脅しは「今日耳日曜~」とスルーしよう。

JJの忘却力のおかげで過去の怒りや苦しみもすっかり薄れて、普段は思い出すこともない。

けれどもフェミニズムやルッキズムのコラムを書く時に、母のことを思い出す。そして「母は男社会の被害者だったんだなあ」としみじみ思う。

先日は小学校低学年の時のことを思い出した。

うちの母は耐える妻じゃなくキレる妻だったので、父としょっちゅう罵倒し合っていた。子どもにとって夫婦げんかの絶えない家庭は、戦場のガールズライフであった。

ある時、叔母(母の妹)が「いい加減、離婚されちゃうよ」と忠告したら、母は「あの人は気の強い女が好きなのよ」とフフンと笑っていた。

母は気の強い美人だったけど、メンタルは弱い人だった。その弱さを自覚できていなかったこと、見えっぱりで弱みや悩みを人に話せなかったこと、というかそもそも友達がいなかったことが、彼女を追いつめたのだと思う。

私が中学生の時に両親は離婚した。父に捨てられた母はアルコールに溺れて、自傷行為をするようになった。
また家の中で全裸で過ごしたり、夜中に無言電話をかけたり、「芸能人にプロポーズされた」と妄想を話したりしていた。

中学生の私は「ナマモノ推しの夢女子なんだね!」なんて言えるはずもなく、壊れていく母に恐怖と不安を感じていた。同時に「しっかりしてよ、ちゃんと自分の足で立ってよ!」と軽蔑もしていた。

でも、今ならわかる。母は自分の足を奪われたのだ。

祖父母は愛情深い子煩悩な親だったが、大正生まれの彼らに「経済的に自立できるように娘を育てる」なんて考えはもちろんなかった。

女に学問はいらない、結婚して子どもを産むのが女の幸せ。「早く娘を片付けないと、売れ残りになったら困る」と言われる女たちは男に買われるための商品だった。

そんな時代に生まれた母が「若くて美しい、商品として最高値のうちに金持ちと結婚しよう」と考えたのは、自然なことだったのだろう。それ以外の生き方のお手本など見たこともなかっただろうし。

母は23歳で結婚して専業主婦になった。金持ちのお坊ちゃんだった父は、気の強い美人の母に猛アタックしたそうだ。

それでいざ結婚したら立場が逆転して、チヤホヤされるお姫様から召使いにさせられて、おまけに40目前でなんのキャリアもスキルもないまま無一文で放り出されて、そりゃ壊れるしかなかったんだろうな……と今では思う。

おしゃべりクソ野郎だった父は「20代の美人の彼女がいる」と私にぺらぺら自慢していた。そんな父のことを軽蔑したが、母のことはもっと軽蔑していた。

コピーすらまともにとれない女、自分の足で立てない女には絶対なりたくない。10代の私はそう思っていたが、母はそれ以外の生き方を選ぶチャンスがなかったのだ。

小学生の頃は、専業主婦の母を見て「楽そうな人生送ってるな」と思っていた。でも実際は夫に生殺与奪を握られて、檻の中でタダ働きさせられる奴隷だったのだ。

男が支配する社会で、女は嫁にいくと家政婦・保育士・看護師・介護士・娼婦の五役をつとめなくてはならない。それらの仕事を外注すれば月収何十万も払わなきゃいけないけど、妻にやらせればタダである。

夫は妻に不払い労働させておきながら「誰が食わしてやってるんだ!」といばりちらす。おまけに世間からは「タダ飯食いの専業主婦」とディスられる。「こんなマルチタスクの奴隷、やってられるかよ!!」と檻を破壊したくなって当然だろう。

でも檻から出たら生きていけないから、母はいつも不機嫌でイライラしていたのだ。

小学生の時、テレビで落語家が「専業主婦は家で気楽に料理して洗濯して、いいご身分やないか」と言った時に、母が「ふざけるな!!」と怒鳴っていた。

本当は母も自分が奴隷だと気づいていたのだ。セレブ主婦ぶっていたのは、キラキラ粉飾しないと生きていけなかったからだろう。

「だから許すよ、お母さんありがとう」なんて言う気はさらさらないが、そんな母を気の毒に思う。でももっと気の毒なのはその子どもである。

母親は抑圧された怒りや苦しみを、弱い立場の子どもにぶつける。母に苦しめられた私も男社会の被害者だった。このままでは母か自分を殺してしまうと思った私は、18歳の時に家から逃げ出した。

当時は6畳のアパートで貧乏暮らしだったけど、「自由だー!!」とショーシャンク万歳をキメていた。もしあのまま檻の中にいたら、逃げる気力すら奪われていたかもしれない。

おじいさんたちが言う「今は女の方が強い」とは「昔は殴られても文句言わなかったくせに、文句言うようになるなんて、強くなったなお前」という意味である。

また彼らの言う「昔は良かったな~」とは「昔は女を家庭に閉じこめてタダ働きさせられてよかったな。経済力を奪えば殴っても浮気しても文句言われないし、やっぱ家父長制ってサイコー!」という意味である。

彼らにとって良かった時代に、戻りたい女性はいないだろう。女にとって今も日本はヘルジャパンだが、その頃より多少はマシなヘルである。
それは「私の主人は私だ!」「女にも人権をよこせ!」と戦ってくれた先輩たちのおかげである。

だから私は「オッス、おらフェミニスト!」と宣言することにした。という話を「私が嫌われてもフェミニストと名乗る理由」に書いた。

フェミニズムとは、女性が自由に生き方を選べる社会を目指すものだ。もし私が1950年に生まれていれば、母のように足を奪われて、1人で立てない人間にされていたかもしれない。

そして「母みたいに絶対なりたくない」と思わなければ、私はフェミニズムに興味を持たなかったかもしれない。パートナーに夫を選ばなかったし、物書きにもなっていないかもしれない。

「だから感謝してるよ、お母さんありがとう」なんて言う気はさらさらないが、反面教師としての実力はピカイチだった。

拒食症で入院していた時、母は担当医師に「男の人を紹介して、お医者さんと結婚したいの」とせがんでいた、がりがりに痩せたゾンビみたいな状態で。

そして母の死後、アパートの壁一面に若いギャルが着るような服がかかっているのを見て、そのホラー感に戦慄しながら「彼女は男社会に殺されたんだな」と思った。

今でも母のことは愛せないし、親が死ぬまで逃げ切ってよかったと心から思う。ただ、その死の真相に気づいたらスッキリした。かつ、自分と母の似ている部分にも気づいた。

母はウェディングドレスを自分でデザインしたことを自慢していた。白無垢は自分には似合わないから断固拒否した、とも話していた。

花嫁の白無垢には「相手の家の色に染まるように真っ白のまま嫁ぐ」という意味があり、角隠しには「怒りを象徴する角を隠すことで、従順でしとやかな妻となる」という意味があるそうだ。

耐える妻じゃなくキレる妻だった母は、相手の色に染まれないし、自分の角も隠せない女だった。それは彼女に自我があったからで、自我はあるのに自立できない地獄を生きていたのだろう。

私の自我の強さは母譲りなのかもしれない。違っているのは、私には選択肢があったことだ。また、私が寂しがりやなのも母譲りかもしれない。違っているのは、母には友達がいなかったことだ。

私もあんなワガママで見えっぱりな女と友達になるのは勘弁だが、孤独に追いつめられた母を気の毒に思う。そして、自分は友達を大切にしようと思う。

そんなわけで、定期的にJJ会を開いている。

先日のオンラインJJ会では「うちの母、父が死んだ後にキリスト教の洗礼を受けたんだよね。というのも、父と同じ場所には行きたくないからって」「なるほどな。ハスとか生えてる方じゃなく、天使がラッパ吹いてる方に行きたいのか」という話になった。

「ほんと父が先に死んでくれてよかったわ、母は女友達と楽しく元気にやってるよ」と彼女は言っていたが、夫に先立たれて元気ハツラツになるおばあさんは多い。

ハーバード大学の研究によると、80歳の時に健康な人に共通するのは、50歳の時点で良き友人がいることなんだとか。

まあそうだよな、ヒトは群れで生きる生き物だもんな……と霊長類について調べてみると、ゴリラやチンパンジーなど霊長類の多くは群れで生活しているが、群れを作らずに単独生活をしている霊長類もいて、その代表がオランウータンだそうだ。

「来世は悪役令嬢よりもオランウータンに転生したい」という人もいるだろう。人付き合いが苦手な人もいるし、人には向き不向きがある。人間は多様でカラフルで、だから面白いのだ。

孤独に弱い私はオラウータンにはなれないので、ゴリラ型で生きていきたい。そして涅槃か天国か知らんけど、あの世でも女子会をしたいなと思う。

関連書籍

アルテイシア『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』

生涯のパートナーを求めて七転八倒しオタク格闘家と友情結婚。これで落ち着くかと思いきや、母の変死、父の自殺、弟の失踪、借金騒動、子宮摘出と波乱だらけ。でも「オナラのできない家は滅びる!」と叫ぶ変人だけどタフで優しい夫のおかげで毒親の呪いから脱出。楽しく生きられるようになった著者による不謹慎だけど大爆笑の人生賛歌エッセイ。

アルテイシア『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった アルテイシアの熟女入門』

加齢最高!大人気連載が1冊になりました。若さを失うのは確かに寂しい。でも断然生きやすくなるのがJJ(=熟女)というお年頃!おしゃれ、セックス、趣味、仕事等にまつわるゆるくて愉快な熟女ライフがぎっしり。一方、女の人生をハードモードにする男尊女卑や容姿差別を笑いと共にぶった斬る。「年を取るのが楽しみになった」「読むと元気になれる」爆笑エンパワメントエッセイ集。

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アルテイシアの熟女入門

人生いろいろ、四十路もいろいろ。大人気恋愛コラムニスト・アルテイシアが自身の熟女ライフをぶっちゃけトークいたします!

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アルテイシア

神戸生まれ。現在の夫であるオタク格闘家との出会いから結婚までを綴った『59番目のプロポーズ』で作家デビュー。 同作は話題となり英国『TIME』など海外メディアでも特集され、TVドラマ化・漫画化もされた。 著書に『続59番目のプロポーズ』『恋愛格闘家』『もろだしガールズトーク』『草食系男子に恋すれば』『モタク』『オクテ男子のための恋愛ゼミナール』『オクテ男子愛され講座』『恋愛とセックスで幸せになる 官能女子養成講座』『オクテ女子のための恋愛基礎講座』『アルテイシアの夜の女子会』など。最新作は『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』がある。 ペンネームはガンダムの登場人物「セイラ・マス」の本名に由来。好きな言葉は「人としての仁義」。

Twitter: @artesia59

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