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これはただの買い物じゃない

2026.05.11 公開 ポスト

生活の中のシャネル富永京子

ある仕事の関連で、シャネルの2026年 メティエダール コレクション ショーのムービーを見た。2025年にデザイナーとして着任したマチュー・ブレイジーのコレクションで、ニューヨークの地下鉄の車内とホームを、シャネルの新作に身を包んだ女性たちが闊歩するという新作。地下鉄というロケーションもあり、電話をしたり、座席に座ったりと、通勤や外出帰りを想起させる姿が印象的だ。

 

生活や労働の中に衣服や鞄が自然に溶け込んでいるその情景は、ハイブランドに対して真逆の表現になってしまうが、自分のシャネルのイメージとぴったりあっていた。価格はもちろん、とても「労働」向けではないのだが……。

とりわけジャケットが仕事向きだと思う。シルクのジャケットも持っているのだが、おすすめは写真のようなツイードで、もうカーディガンのように身につけられるし気づいたら十年以上着ている。高価だが、今流行りの表現でいうとコスパもタイパも優れている。

「コルセットから女性の身体を解放した……」というブランドストーリーで語られる通り、袖を通しても楽だが、肩にかけても腰に巻いてもいい形の柔軟さ。肩の可動域が広いのもあり、むしろあまり服に頓着しない人にこそお勧めしたい。

この白(というよりエクリュ)のジャケットがとにかく優秀。

もう一つ、好きなアイテムにコスチュームジュエリーがある。キャビア缶、双眼鏡やカセットテープなど、変なものばかり集めているが、これもやはり、ハイジュエリーを購入できない庶民向けに作られたものなので、本来生活者や労働者向けのアイテムだと言える。

皮やガラスといった異素材を組み合わせているのも楽しいし、展覧会などで工程を見ると、おそらく熟練の職人が関わっているのだろうと思う。こういう言い方が相応しいかはわからないが、ガチャガチャなどのマスコットのものすごくいい上質なバージョンというか……。

価格がわかりづらいのも面白いところで、「それ雑貨屋さんで買ったの? 1000円くらい?」と言われることもあれば、実物以上に高価に見られることもある。コスパやタイパ、と書いてしまったが、それを超越する、価格のわからない謎の価値に惹かれている部分もある。

こうしたことを感じたもう一つのきっかけとして、2025年から2026年にかけて行われた二つのシャネル展がある。ひとつは写真展「FUGUE FOR 31 RUE CAMBON: ROE ETHRIDGE AT CHANEL ARCHIVES」(Chanel Nexus Hall)、もう一つはシャネルのものづくりと職人に光を当てた「la Galerie du 19M Tokyo」(森美術館)である。

写真家ロー・エスリッジによるシャネルのアトリエを撮影した写真展では、野菜を包むネットや、フルーツを入れるかごが、シャネルの「完成品」とともに切り取られる。バングルに嵌め込まれた色付きガラスがりんごや葉と同じ鮮やかさであることに、野菜を包むネットのバイオレットがシャネルの紫のように艶やかであることに驚く、というか、そういえばそうなんだよな、と改めて実感する。生活のためのモノとシャネルのアイテムを延長線上に捉えられる。麦の穂と同じ手触りのコサージュの端、ツリーのオーナメントにしても良いブローチ。そう考えればただ単に縁遠くて敷居が高いと感じていたアイテムもより親しみを感じられるかもしれない。

一方で、ものづくりと職人に光を当てた「la Galerie du 19M Tokyo」も、また異なる「生活とシャネル」の側面が見られて興味深かった。

ジャケットでも靴でもジュエリーでも、基本的には刺す、切る、縫う、押す、引く、叩く、入れる、抜く、曲げる、塗る、貼る、嵌める、外す、温める、冷やす、といった動作の組み合わせの繰り返しで、試行錯誤と実験、多岐にわたる分業からできている。

手仕事は価格も撹乱する。シャネルの120万円でも12万円でもありそうで下手すると120円でもありそうなところが好きだ。別にこの展示を見たからといって「こんなに手が込んでてこの値段なら安いかな」とも「それでも高いよな」とも思わない。そういう値段のつけられない価値のわからなさが、シャネルに対してずっとある。だから、極論、コスパというものも超えているのかもしれない。

いずれの展示の後も、帰り道、なんとなくのお詫びの気持ちで日本橋三越や銀座のシャネルに寄った。何へのお詫びの気持ちかというと、商品や目当ての品物しか見ず、店内から溢れ出る世界観や、品物に潜む職人技をよく見てこなかったという申し訳なさだ。

普段はお会計の時に座るだけだった椅子のツイードの細かい糸から、コメットのチャームのスワロフスキーの一粒までよく見え、生活の中に溶け込んでいるシャネルの帽子やマフラーが想像できた。

帰ってブローチをいつもの箱にしまって、それぞれを手に取ってまじまじながめると、それぞれの素材を入れたり抜いたり押したり焼いたりした跡が、手に持ってよけいしっくり感じられた。

ブローチ探しはヴィンテージショップも結構使う。表参道に行くことが多い。

 

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これはただの買い物じゃない

「買って応援」「買わずに拒否」の先にある、消費と社会の関係とは何か。気鋭の社会学者が自らの財布をはたいて「買い物」を解体する論考エッセイ。

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富永京子

1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授・ウィーン大学客員研究員。専攻は社会運動論。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了。著書に『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『みんなの「わがまま」入門』(左右社)『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史』(晶文社)、『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』(講談社現代新書)など。新聞、ニュース番組、ファッション誌、カルチャーメディアなど幅広い媒体で発信を行いながら、社会変革と文化の接点を探り続けている。

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