1. Home
  2. 読書
  3. 本の山
  4. 聴覚に障がいがある娘と家族の 生き生きと...

本の山

2021.04.24 更新 ツイート

聴覚に障がいがある娘と家族の 生き生きとした普通の日常――『宿題の絵日記帳』今井信吾 KIKI

本書は聾話学校に通う娘・麗の日常を描いた絵日記帳である。それは学校から両親に課せられた宿題のひとつ。母には麗の声をテープから書き起こすという別の宿題があったため、画家である父が必然的にこの絵日記を担当することになった。絵日記は、学校の授業で日々の出来事について子どもと先生が会話をするための材料になるのだという。2歳から6歳までの麗が描かれた何十冊と残された画帳から抜粋された日々は、特別な出来事ではないが、どれも鮮烈である。

 

麗を中心に、姉・香月と両親、ときどき、親戚や友人が登場する。麗は風呂上がりに姉とバスタオルを腰に巻いて相撲ごっこをする。夜遅くに寝付けなくて、水彩画を描きはじめる。幼稚園の芋掘り体験に参加する。学校の帰り道に鼻血が止まらなくなり、麗も母もびっくりする。わがままを言って父に怒られ、そして、泣く。どこの家庭でも起こりそうな、普通の日常。ときに、ちょっとしたハプニングも並ぶ。

仕事のある父にとって、宿題の絵日記に時間をかけるわけにもいかない。そのため、「あまりに安直な走り書きの、マンガチックなものにすぎない」という。けれど、日記帳のなかの麗には、幼少期の子供が抱えている爆発的なエネルギーや意外性のある大人びた感情が豊かに現れている。そんな姿を眺めていると、彼女の聴覚に障がいがあるということを、読者はつい忘れてしまう。画家という肩書きを持った父が描く絵だから、というわけではなく、普段から麗のことをよく見ていることが伝わるからだろう。

3歳年上の姉の香月も、絵日記に頻繁に登場する。「おさんぽのとき、うららは歩くのがいや、と泣きました。お姉ちゃんは心配して一生けんめい、おんぶをしてくれました。パパはこういうとき、ぜったいにだっこをしないのです。やさしいお姉ちゃんが好きです」「せっかくつくった七夕かざりも、夜半の豪雨でずぶぬれになりました。香月のかいた『うららの耳はぜったいよくなる』はとても強い調子」。香月はやさしい。そればかりでなく、麗の聞く力、話す力の成長にも大きな影響を与えたという。姉は声の大きさやスピードを調整することなく、感情のままに容赦なく、妹に話しかけた。学校で得たものも大きいだろうが、姉のおかげもあり、麗は彼女なりの読唇術を得て、また会話のテンポを掴むことができるようになった。大人になった今では、やや早口に表情豊かに、抑揚をつけて実にいきいきと話をするそうだ。

この家族の記録は、30数年前のものである。けれど決して古びて感じないのは、絵日記に描かれた麗や香月が生き生きと輝いているからだろう。生まれたときから高度の難聴をもっていても、生命力は決して色褪せるものではないと、改めて気づかせてくれた。

「小説幻冬」2018年10月号

今井信吾『宿題の絵日記帳』(リトルモア)

聾話学校で、子どもと先生が会話の練習をする補助として家族に出された宿題の絵日記のために、画家の父が描き留めた、2歳から6歳までの娘と家族のやさしさに包まれた日々。

{ この記事をシェアする }

本の山

バックナンバー

KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP