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本の山

2020.10.10 更新 ツイート

終わりに近づくにつれ まるみを帯びてくる回答――『車谷長吉の人生相談 人生の救い』車谷長吉 KIKI

頭から「車谷長吉」の存在が離れない。前回の連載で紹介した高橋順子さんの『夫・車谷長吉』の印象が強烈だったために、別の本を読んでいてもふとした拍子にこの夫婦のことに意識が戻ってしまう。『夫・車谷長吉』を繰り返し読むことで、夫婦の存在が色濃く立体的に浮かびあがり、そしてその立体像を手に取るように観察しては、その在り方により興味が掻き立てられるのだ。知らなくてもいいことをどうしてこんなにも知りたくなってしまうのだろうか。たとえ友人であろうと隣の夫婦の在り方を知ろうとすることは、悪趣味であるとわかっているのにもかかわらず。そんなわたしが、手に取ったのが本書である。以前、車谷さんが回答者をつとめていた朝日新聞の土曜版別刷りの「悩みのるつぼ」というコーナーを楽しみに読んでいた。その一問一答が、ここにまとまっている。

 

あらためて読んでみると、思い描いていた通り、万人に素直に受け止めてもらえるような回答はなく、質問者には申し訳ないが思わず笑ってしまうこともある。たとえば、74歳主婦は「80近い夫がまた悪い癖を」と、浮気癖がなくならない夫に対してどんな態度で接すれば良いのかとアドバイスを求める。世間から笑われることは絶対に避けたいとも言う相談者に、車谷さんは容赦無く切り込む。「(あなたは)自分の体面ばかりを気にしています。だから、あなたの夫はそこに付け込んで、浮気を繰り返してきたのです。責任の半分はあなたにあります」と始まるのだ。おそらく相談者の求めている答えはもっと違うものだったはずだが、車谷さんの一歩どころか数歩引いた次元からの答えには爽快感すら感じてしまう。

「悩みのるつぼ」の回答者であった期間は2009年から2013年まで。辛辣な回答が最終回が近づくにつれてだんだんとまるみを帯びてくる。高橋さんが自著でいうには「連載の終わりのほうは、心身の衰えから来る気弱さが、弱者へのいたわりや優しさになったようだが、それは本来長吉にそなわっていた一面でもあると思う」。連載を終えたときには、ほっとした顔を見せたそうだ。その2年後に車谷さんは亡くなっている。

回答では車谷さんは自分自身や家族のことを引き合いにだしている。「うちの嫁はん」として頻繁に登場する高橋さんのことは、ずいぶんと明け透けに描かれており、ふつうの嫁はんなら怒ってしまいそうだ。しかし、夫婦のあいだでは書き、書かれることへの了解が成立していたのだろう。ここでも表現者同士が夫婦になることの恐ろしさを再認識しつつ、でも、この夫婦の在り方をありがたく思ってしまう。今こうして彼らの作品に触れて、たびたび心を打たれるという贅沢な体験ができるのは、ふたりが巡り会いそして夫婦になったからなのだ。

「小説幻冬」2017年10月号

車谷長吉『車谷長吉の人生相談 人生の救い』

妻子ある教師の「教え子の女子高生が恋しい」んです、30代会社員女性の「酒の適量がわかりません」、46歳主婦の「人の不幸を望んでしまいます」など、切実な問いに“最後の文士”が突き付ける回答は? 朝日文庫/本体600円+税

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