
「店を開く」「店を続ける」といった言葉があるように、一般に「店」は、人間の意志による産物のように思われている。しかし長く続いている店を見てみると、乗る人の背中を変え、自らのかたちも変えながら、それ自体があたかも一つの生命体のごとく生きながらえているようにも見える。
最近出版された『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』(京阪神エルマガジン社)は、京都の三条河原町にある喫茶店「六曜社」の、三代にわたる物語。旧満州から引き揚げてきた創業者の實が店を開き、シンガーソングライターとしても有名な實の三男・修がそこに独自性を持ち込む。そして現在では修の息子である薫平が、この時代に求められるサービスを模索しながら、店を続けている。
時代の環境がそれぞれの個性と重なる、すこぶる面白い本だったのだが、「家業」とはこうしたことをいうのだなと、すこしうらやましくも思った。
わたしの父も、神戸で祖父が興した真珠の卸売会社を継いだ二代目だった。戦前・戦中は羽振りもよかったようだが(料亭でインド人と騒いでいる古い写真が実家に残っている)、戦後になると商売は先細りしはじめ、わたしが物心つくころには「いかに会社を終えるのか」ということが、直接は口にされなくても家族みんなの頭にあった。
父は家では酒ばかり飲んでいたから、働いている姿を想像するのは難しかった。この人は毎朝決まった時間に家を出て、夕飯前には帰ってくるが、そのあいだは一体どこで何をやっているのだろうと思っていたところ、一度だけ深夜、売り物の真珠に糸を通している姿を見かけた。溝が何本もついた専用の台に真珠の珠を並べ、黙って横から糸を通している。
明日持っていく商品やからな。
そのとき父はそう言ったと思う。地味で息が詰まりそうな作業だが、親が仕事をしている姿には、どこか子どもを黙らせる力がある。父が別人に見えたのは、後にも先にもその時だけだったが、いま思えば父の働く姿をもっと見たかった。
家の近くに、友人の両親がやっている居酒屋がある。ある日店に行くと、奥のテーブルには子どものおもちゃが、ぎっしりと積み上げられていた。
あっちゃんたちがいたのですか?
友人には二人の子どもがおり、彼女が仕事を切り上げられないときには、店の奥で子どもたちが遊びながら待っているのだ。店の二階は老夫婦が住む自宅になっているから、いまはそこにいるのだろう。
そうなのよ、ごめんなさいね。いま片づけますから。
その居酒屋は夫婦二人で、もう50年以上も続けているという。店が忙しいときには、友人も手伝うことがあると聞いたが、彼女も継ぐことは特に考えていないようだ。しかし店は生活のすぐ隣にあって、そのことに客もどこか安心しているように見える。
六曜社のように有名な店も、街の居酒屋も、自営の店はそれぞれの家族のかたちを映して面白い。商売のほとんどは決まった作業をくり返す単調な時間だが、それを経て磨き上げられる、鈍い光がある。
今回のおすすめ本
『ランベルマイユコーヒー店』オクノ修・詩 nakaban・絵 ちいさいミシマ社
六曜社地下店のマスター、奥野修の名曲に、nakabanが絵を描いた詩のごとき一冊。生活の切実さからこぼれ出るものが歌となる。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。