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弱者はもう救われないのか

2020.08.23 公開 ポスト

アメリカを支配する上位5%の新上流階級…これは対岸の火事ではない!香山リカ

大企業優遇の経済政策、生活保護など社会保障費の削減、社会全体に浸透する「人の価値は稼ぎで決まる」という価値観……。精神科医の香山リカさんは、そんな社会の潮流に警鐘を鳴らし続けてきた一人です。著書『弱者はもう救われないのか』は、古今の思想・宗教に弱者救済の根拠を探り、市場経済と多数決を乗り越える新しい倫理を模索する、香山さん渾身の論考。次世代をになう子どもたち、孫たちのためにも、自分ごととして向き合いたい本書から一部をご紹介します。

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上流階級が「クラスター化」している

アメリカではさらに恐ろしいことが起きつつある。「格差」の存在や「格差拡大」の傾向について、ほとんど何の問題も感じないというより、無関心、無自覚な人たちが増えつつあるということだ。

(写真:iStock.com/rzoze19)

その実態は、アメリカの保守系シンクタンク研究員チャールズ・マレーによる『階級「断絶」社会アメリカ』(草思社/2013)で明らかにされる。本書が主張しているのはただひとつ、「アメリカ社会の断絶はどれほど決定的か」である。ここで描かれている現代アメリカ社会は、序章で述べた「スラムが目に入らなかった」という近代の日本を彷彿とさせるほどである。著者はこうまで言う。

「かつてアメリカを動かしていたのは文化的にも多様な人々だったが、いまこの国を動かしているのは文化的に類似し、しかも自分の世界に閉じこもりつつある新上流階級である」

いささか強引な階層分けとその定義から始まる本書であるが、それぞれの項目の分析を読めば読むほど、「いまのアメリカにはふたつの階層しかなく、その階層の格差、乖離、断絶はもはやどうにもできないほど決定的」という著者の主張が説得力あるものに思えてくる。

 

たとえば「新種の居住地分離」という章では、郵便番号(ジップコード)によるデータによって、「新上流階級」がどこに住んでいるかを突き止めようとする。そして、その中ではっきりと浮き彫りになってくる「世帯所得と学歴の平均が上位5%に入る人たちが住む地域」を「スーパージップ」と名づける

しかも、「スーパージップが島のように点在して、それぞれが普通の住宅地に囲まれているのであれば、新上流階級の一般アメリカ人からの離脱もそれほど極端なことにはならないはず」であるが、「現実はそうなっていない」と著者は言う。

ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコなどには、スーパージップが連なる「クラスター」と呼ばれる数十万人から百万人規模の地域が形成されており、その隣接地区にも収入などの高い階層が集まっている。かくして、「ほとんどの新上流階級は、同類であるエリートたちに支配された巨大バブルの中で暮らしている」という事態が生じる。

日本もいずれこうなるのか?

彼らは、ある意味で「孤立」しており、「一般のアメリカ人のことをよく知らない」という。そして、国の舵取りに関与するのはほとんどがこの新上流階級の人たちであるため、「アメリカ人にとって何がベストかを決めるさいに、自分たちの特殊な生活を基準にして判断してしまう」ということもしばしば起こりうるという。

(写真:iStock.com/Srdjanns74)

著者は、「わたしたちを分かつのは人種・民族ではなく、階級である」「アメリカ社会は階級の継ぎ目からほころびつつある」とさえ言い、新上流階級の人々に自分の無知に気づくよう、自分たちの価値観やライフスタイル以外にもいろいろな考え、生活があることに覚醒するよう、強く呼びかける。

逆に言えば、「アメリカには、あなたのような恵まれたお金持ちばかりがいるわけではない、と気づいてください」と呼びかけなければそんなことさえ忘れてしまうほど、この階級の断絶はいまのアメリカでは深刻だということだ。

まるで、よく引き合いに出されるマリー・アントワネットの逸話、貧困で食糧を手に入れられず苦しむ庶民たちに「パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃないの」と言ったという、あの話のようだ。

アントワネットはまだ個人だが、アメリカには何の悪意もなく、「工場の仕事を失ったなら、商店で働けばいいじゃないの」「病院で十分な医療を受けられないなら、クリニックに行けばいいじゃないの」と無邪気に口にするようなエリートたちが、人口の5%も存在するということか。さらに恐ろしいのは、残りの95%の人が暮らす一般の社会のシステムの決定が、その彼らの手に委ねられているということである。

 

2014年4月22日のNHK「クローズアップ現代」では、「“独立”する富裕層~アメリカ 深まる社会の分断~」と題して、アメリカで起きている「『州』や『郡』から『市』が“独立”する動き」を取り上げていた。

この独立運動の中心はいわゆる富裕層で、納税したお金が貧困層のために使われ、自分たちに十分なサービスを与えてくれない行政への反発から、自分たちで住民投票を実施、医療や教育をすべて民間に委ねようとしているのだ。独立運動にかかわった富裕層のひとりは、インタビューでこう断言していた。

「政府による所得の再分配には反対です。人のお金を盗む行為だと思います」

番組には、このままではアメリカ社会での分断が深まるとして、「このまま富裕層の独立が続けば、公共サービスを支える人がいなくなる」と憂える識者も登場したが、この動きを止めるすべはいまのところ見つかっていない。

関連書籍

香山リカ『弱者はもう救われないのか』

大企業優遇の経済政策、生活保護費など社会保障費の削減、社会全体に浸透する「人の価値は稼ぎで決まる」という価値観……国による「弱者切り捨て」が進み、人々もそれを受け入れつつある日本社会。この流れは、日本だけでなく、グローバリズムに席巻された世界全体の潮流でもある。私たちは人類が苦闘の末に獲得した「自由と公正を柱とする福祉国家」のモデルを、このまま手放してしまうのか? 古今の思想・宗教に弱者救済の根拠を探り、市場経済と多数決を乗り越える新しい倫理を模索する、渾身の論考。

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弱者はもう救われないのか

大企業優遇の経済政策、生活保護など社会保障費の削減、社会全体に浸透する「人の価値は稼ぎで決まる」という価値観……。精神科医の香山リカさんは、そんな社会の潮流に警鐘を鳴らし続けてきた一人です。著書『弱者はもう救われないのか』は、古今の思想・宗教に弱者救済の根拠を探り、市場経済と多数決を乗り越える新しい倫理を模索する、香山さん渾身の論考。次世代をになう子どもたち、孫たちのためにも、自分ごととして向き合いたい本書から一部をご紹介します。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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