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弱者はもう救われないのか

2020.08.09 更新 ツイート

個人の才能は「集団的資産」。サンデルにも影響を与えたロールズの『正義論』 香山リカ

大企業優遇の経済政策、生活保護など社会保障費の削減、社会全体に浸透する「人の価値は稼ぎで決まる」という価値観……。精神科医の香山リカさんは、そんな社会の潮流に警鐘を鳴らし続けてきた一人です。著書『弱者はもう救われないのか』は、古今の思想・宗教に弱者救済の根拠を探り、市場経済と多数決を乗り越える新しい倫理を模索する、香山さん渾身の論考。次世代をになう子どもたち、孫たちのためにも、自分ごととして向き合いたい本書から一部をご紹介します。

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努力は本当に「自分の功績」か?

日本でもベストセラーになった政治哲学者マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房/2010)の第6章は、まるまるジョン・ロールズの「正義論」の考察に費やされている。ロールズは1971年、『正義論』という政治哲学の大著を著した。

(写真:iStock.com/patpitchaya)

サンデルは著作の中で、ロールズの「格差原理」を紹介する。「格差原理」という名称から、格差の存在を肯定する理論であるようにも思われるがそうではなく、これは「格差は是正されるべき」という考えの本質をなすユニークな原理のことだ。

サンデルは言う。「格差原理は、所得と富の分配を義務づけているわけではないが、その根底には強力で、刺激的ですらある平等の思想がある」

では、その「格差原理」とは何なのだろう。孫引きになり恐縮だが、サンデルの著作に引用されたロールズの言葉を紹介しよう。

「格差原理とは、いわば個人に分配された天賦の才を全体の資産と見なし、それらの才能が生み出した利益を分かち合うことに関する同意だ」

ロールズの人間理解の基本は、「それぞれの人間の人生のスタートの条件は、まったく偶然によって(contingency)与えられるものであって、それに十分、値している(deserved)という人などいない」というところにある。再び、サンデルの著作の中からロールズの『正義論』の言葉を引こう。

「社会のどこに生まれるかが自分の手柄ではないように、生来の資質も自分の手柄ではない。能力を開花させるために努力するという優れた性質を備えているからと言って、それは自分にその価値があるからだと考えるのも問題だ。このような性質は、恵まれた家庭や幼少期の社会環境など、自分の功績とは呼べないものによるところが大きいからである」

親の資産、外見や肌の色、国籍、性別、スポーツ、音楽の才能といった条件だけではなくて、「努力」さえ「幸福な家庭」や「そのときの社会環境」といった外的な要因に依存するものであり、決して「自分の功績」とは言えないのではないか。

ロールズのこの見解を取り上げると、マイケル・サンデルが属するハーバード大学では、多くの学生が憤然として、「自分はこの大学に合格するためにいかに勤勉に努力してきたか」を語り、「努力さえも偶然によって与えられた性質」などでは決してない、と主張するのだそうだ。

個人の才能は「集団的資産」

ここからさらに、ロールズのユニークさが発揮される。彼は、人が生来持っているもの、与えられた環境などは、社会の「集団的資産(collective asset)」であり、それを持つ人だけがひとり占めしてはいけない、と言う。それが「格差原理」と呼ばれるものの正体である。

(写真:iStock.com/marchmeena29)

だが、偶然に与えられた資質や能力を本質的には“万人の利益”と考えるべきとして、才能を人々に平等に分配せよ、ということなど不可能だ。だから、次のような策を講じるべきだ、とロールズは具体的な提案をする。

〈天賦の才に恵まれた者は誰であれ、そのような才を持たない者の状況を改善するという条件のもとでのみ、その幸運から利益を得ることができる。

天賦の才に恵まれた者は、才能があるという理由だけで利益を得てはならず、訓練や教育にかかったコストをまかない、自分よりも恵まれない人びとを助けるために才能を使うかぎりにおいて、自らの才能から利益を得ることができる。(中略)こうした偶然性が、最も不遇な立場にある人びとの利益になるような形で活かせる仕組みを社会のなかにつくればよいのだ。〉

「あなたの才能はたまたまあなたに備わっていただけで、ゆめゆめ“オレはこの才能にふさわしい価値のある人間だ”などとカン違いしてはいけません」などといきなり言われても、誰も納得できないだろう。

だからロールズは、恵まれた立場にある個人をひとりひとり責めるのではなくて、せめて社会的・経済的要因で不公平が生まれるような社会のシステムを是正しておくべきだ、と言うのだ。

この解決のひとつが、学校における「教育の機会均等」や「完全な実力主義」だろう。これが徹底していれば、たしかに「金持ちの子弟だけが塾に行ってより高い学力を身につけ、貧しい家庭の子どもは勉強の才能はあってもそれを磨くだけの時間がないので成績が悪い」などといった不公平は起こらない。

関連書籍

香山リカ『弱者はもう救われないのか』

大企業優遇の経済政策、生活保護費など社会保障費の削減、社会全体に浸透する「人の価値は稼ぎで決まる」という価値観……国による「弱者切り捨て」が進み、人々もそれを受け入れつつある日本社会。この流れは、日本だけでなく、グローバリズムに席巻された世界全体の潮流でもある。私たちは人類が苦闘の末に獲得した「自由と公正を柱とする福祉国家」のモデルを、このまま手放してしまうのか? 古今の思想・宗教に弱者救済の根拠を探り、市場経済と多数決を乗り越える新しい倫理を模索する、渾身の論考。

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弱者はもう救われないのか

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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