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イヌネコにしか心を開けない人たち

2020.09.02 公開 ポスト

ペットがセックスレスの原因にも香山リカ

精神科医の香山リカさんの著書『イヌネコにしか心を開けない人たち』には、大の動物好きという著者が自らのことを省みながらも、加熱するペットブームの背景にあるのは、「心のゆとり」ではなく「心のすきま」なのではないか、と書かれています。動物愛護の意識の高まりや昨今のペットブームは、人間の精神の成熟や豊かな社会の反映ではないのか。それとも人間疎外や孤立化の結果なのでしょうか。本書から一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

いずれは履歴書の「家族構成」の欄にも?

ペット関連産業のCMに必ずといってよいほど登場するフレーズに、「ペットは大切な家族」というのがある。「家族」だと見なした時点でそれは「ペット」ではなくなるはずなので「ペットは家族」という言い方じたいに矛盾があると思うのだが、誰も気にしていない。

おそらく現代の人たちにとっては、「ペット」は「長男」とか「末っ子」と同じような、家族の構成員を指すもののひとつなのだろう

今のところはまだ、職場などに提出する履歴書の「家族構成」の欄にイヌやネコを記載した、という話は聞かないが、これからそういう人も出てくるのかもしれない。航空会社の「ペットお預けサービス」のカウンターで、「ウチの子を貨物扱いするとは何事だ!」と怒る人は、すでに存在するようだ。

(写真:iStock.com/Hakase_)

このようにペットを「家族」と言い、「ウチのイヌ」を「ウチの子」と言うようになった背景には、日本で進行しつつある少子化が一役買っているのは、間違いないだろう。

昔は、一家に子どもが五人も六人もおり、ペットなど飼う余裕はないか、イヌなどがいたとしても庭や玄関先などの屋外で飼育されていた。

子育てに追われて動物を飼うことなどとても考えられない、という家庭でも、子どもが小学生くらいになると「イヌを飼いたい」と言い出したり、ネコを拾ってきたりするようになる。母親は「あなたたちが責任を持って世話するのよ。結局は私が食事も散歩も、なんていうのはイヤですからね」などと言いながら、渋々、飼うのを許可する……。こういうパターンが一般的だったのではないか。つまり、ペットはその家庭の子どもの希望で飼われることが多かったのだ。

ところが今は、そもそも子どもの数じたいが少ないので、ペットは最初からその家で飼われていることが多い。

よくペット雑誌の相談コーナーにも、「ネコを飼っていましたが、今度、赤ちゃんが生まれることになりました。仲良くできるでしょうか」といった相談が寄せられている。「子どもに危害を加えないでしょうか」ではなくて、あくまで「仲良くできるでしょうか」とペットと子どもが同列に扱われている。内容としては、「子ネコをもらうことになりましたが、先住ネコとうまくいくでしょうか」というのと変わらない。

ペットが少子化の原因になっている?

ペットフード工業会の調査によれば、全国で飼育されているイヌとネコの数は合計で2400万匹以上。一方、15歳未満の子どもの数は、2007年には1738万人にまで減少している。いまや子どもよりもペットの数のほうが多いのだ。

では、このペットブームは少子化の結果なのだろうか。それとももしかすると、「イヌやネコがいるから、もう夫(妻)や子どもはいらない」と非婚化、少子化の原因になっている可能性もあるのだろうか。すぐに答えが出る問題ではないが、少し考えてみたい。

(写真:iStock.com/flukyfluky)

私の場合、実家の母親には「そんなにイヌやネコばかり飼っていると、まわりの人たちから“子どもがいないから、動物を代理にしている哀れなオンナ”と思われるわよ」とよく脅かされるのだが、自分ではペットで代理満足を得ている、という気持ちはほとんどない。

では、動物に愛情を注ぎすぎているから、あるいはそこから得られる反応で満足しているから、実際の子どものことは真剣に考えなかったのか、と言われると、正直なところこちらは否定できない気がする。

次に述べるように、人間から得られる満足と、動物から得られるそれとでは質が違うはずなのだが、「イヌがこんなにかわいいんだからこれでいいや」などと充足しきってしまい、「なんとしても早く子どもを持たなくては」と切実な気持ちになることがついにできなかったのだ。

さらに言えば、イヌやネコへの愛情あるいはそれらから与えられていると思っている愛情は、一般に「無邪気な愛」などと称されており、「性愛」とは対極の性質を持つ、ということも関係しているとは考えられないだろうか。

 

これも私の場合だけかもしれないが、性別や年齢を感じさせないイヌやネコに同化するようにして遊んだり笑ったりしているうちに、自分から性愛的な要素がどんどん薄れていくのを感じる。イヌやネコが寝室でいっしょに寝ているためにセックスレス状態、という夫婦の場合、寝室にペットという邪魔者がいるためにセックスレスになっているだけではなく、ペットが夫や妻を心理的に脱性愛化させた結果として、「セックスなどは考えられない。だから寝室にペットがいてもまったくかまわない」ということになっているのではないだろうか。

もちろん、性愛の結果である「子ども」にも、いったんできた場合は、それじたいが親を脱性愛化させることもある。診察室でセックスレスの悩みを語る妻や夫の多くは、「子どもが生まれてからそうなった」と語るが、そこにもやはり、子どもの存在が物理的に両親のセックスを妨げているという側面と、未成熟な子どもの存在そのものが親を心理的に脱性愛化しているという側面があるのだと思う。

 

とはいえ、数字的な根拠があるわけではないが、心理的な脱性愛化を促進する力は、子どもよりもイヌやネコのほうがより強いようにも思うのである。

しかし、ここまでペット産業が肥大化し、「イヌやネコは大切な家族」という考えも肯定的に受け入れられている現状では、「ペットは少子化の原因」などと発言することさえタブーと見なされることは間違いない。

関連書籍

香山リカ『イヌネコにしか心を開けない人たち』

「人間は見返りを求めるけれど、この子だけは無償の愛を私に注いでくれる」――もはやペットなしでは生きられない現代人。いい大人がなぜ恥ずかしげもなく溺愛ぶりをさらしてしまうのか? なぜもっと人間には優しくできないのか? 動物愛護運動はなぜ暴走するのか? イヌ一匹・ネコ五匹と暮らす著者が自らのペット偏愛歴を初告白。「人間よりペットを愛してしまう心理」を自己分析しながら、ペットブームの語られざる一面に光をあてる!

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イヌネコにしか心を開けない人たち

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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