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イヌネコにしか心を開けない人たち

2020.08.12 更新 ツイート

動物を大切にする“成熟した社会”で犯罪者の人権は守られているか 香山リカ

精神科医の香山リカさんの著書『イヌネコにしか心を開けない人たち』には、大の動物好きという著者が自らのことを省みながらも、加熱するペットブームの背景にあるのは、「心のゆとり」ではなく「心のすきま」なのではないか、と書かれています。動物愛護の意識の高まりや昨今のペットブームは、人間の精神の成熟や豊かな社会の反映ではないのか。それとも人間疎外や孤立化の結果なのでしょうか。本書から一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

動物を大切にする社会は民度が高い?

(写真:iStock.com/Pornpak Khunatorn)

2006年の年末、ある情報番組にコメンテーターとして出演したときのことだ。その少し前には、世間は“がけっぷち犬”救出の話題でわいていた。もう記憶も薄れているだろうから、“がけっぷち犬”についての記事を新聞から引用しよう。

徳島市の眉山北側斜面のコンクリート枠で身動きがとれなくなっていた犬が二十二日正午ごろ、無事に救助された。十七日に近隣住民からの通報を受けた消防・レスキュー隊が救出活動に当たり、高さ約七〇メートル地点から落下した犬を設置したネットによって無事捕獲。現場には住民ら多数の見物人が見守り、この模様をテレビ局が全国放送するなど、日本中が「がけっぷち犬救出劇」に沸いた。主役となった犬には、里親依頼が全国から約三〇件届いているという。

(中略)

昼時の日本列島が、名もなき犬の救出劇に歓喜した。孤立から六日目。頭上から迫る二本の手網に追い立てられると、犬は高さ約七〇メートル地点から落下した。「キャーッ!」。だが、真下に設置されたネットに犬が吸い込まれた瞬間「よかった~」と、拍手と安堵の声に変わった。

(スポーツ報知、2006年11月23日)

このようなニュースを受けて、私が出演した番組では「木の上のネコ」の話題を取り上げていた。たしか、木に登って降りられなくなっている野良ネコを、消防署のレスキュー隊が出動して救出した、とかいうニュースだった。

可愛らしいネコが木から降りられなくなっている姿を見るとたしかにハラハラするし、無事に助けられたシーンでは思わず拍手したくなる。とはいえ、これが本当に全国ネットの放送で伝えるべきニュースなのだろうか。全国放送では必ず政治や国際情勢を語れ、とは言わないが、少なくともこのネコ以上の苦境に立たされている人間も日本にはたくさんいるのではないだろうか。

動物好きとしてはもちろん、頭で考えるより先に反射的に「わあ、助かってよかった」などと口にしてしまったのだが、そこでモニターに大写しになった自分の顔がなんとものん気に見えて、思わず顔を伏せたくなった。

すると、私の隣に座っていた男性のコメンテーターが、小声でこうつぶやいた。

「日本もやっとこのレベルになったか。動物をどのくらい大切にするかで、その国の民度がわかるんですよ」

 

CMのあいだに聞いたところによると、動物は人間以上に弱く何の権利も持っていないものだが、それに対してまで十分、配慮できるようになると、その社会は成熟していると見なされるのだそうだ。

「その証拠に、ヨーロッパ諸国では動物愛護活動がとても盛んでしょう」

「たしかに、パリのイヌやロンドンのネコは、とても大切にされてる感じですよねえ」

と相づちを打ちながら、私は「どこかで最近、似たような話を聞いたことがある」と感じていた。その話を聞いたのが伊藤真氏の憲法に関する講演会だったことに気づいたときは、番組はすでに終了していた。

 

司法試験合格のための予備校のカリスマ塾長として知られる伊藤氏は、憲法問題についても積極的に発言している。

私が聞きに行ったのは「生きていくための憲法 自民党新憲法草案徹底批判」という講演会だったのだが、そこで伊藤氏は聴衆に、現憲法では第31条から39条までを使って被疑者・被告人の人権の保障が記されていることに注目を促した。新憲法草案でもその箇所はほとんど手を加えられていないのだが、その前の25条に「環境権」と並んでもうひとつ、新たに加えられたものがある。それは、次の通りだ。

「第二十五条の三(犯罪被害者の権利)

犯罪被害者は、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する。」

これは明らかに、「現憲法では被疑者・被告人の権利ばかりが認められ、被害者の側の人権についてひとことも触れられていないのはおかしい」という声に答えて加えられたものに違いない。そして、多くの人はこの部分にそれほど疑問を抱かないのではないか、と思われる。

しかし、伊藤氏は講演で次のようなことを語った。

「被害者の人権が認められるのは当たり前の話だが、善人の権利を認めるのが人権ではない。現憲法で加害者の人権だけが一見、“手厚く”守られているように見えるのは、その人たちだけを保護するという意味ではない。このように“最悪の人間”の権利でさえ守られる社会であれば、当然、それ以外の人の人権はさらに守られる、日本ではその人の善悪にかかわらず、とにかく“人である”というだけで個人が尊重される、ということを明らかにするために、この箇所はある。つまり、その社会が人権に対していかに敏感か、ということがここからわかるのだ。もしここで、被害者の権利という条項が加わると、そこから加害者その他の人権の制限につながる可能性がある」

「動物の権利まで守られるのは、民度の高い成熟社会」というそのコメンテーターの発言から、私は伊藤氏の「犯罪者の権利まで守られる社会は、人権意識の高い社会」という言葉を連想したのだ。

犯罪者の人権は失われていくのに……

(写真:iStock.com/utah778)

私が出演したその番組で、「犯罪者の人権を守ろう」とか「新憲法に被害者の人権に関する条項をつけ加えるのはおかしい」とかいう意見が語られることはこれまでなかったし、今後もまずないだろう。それどころか、犯罪被害などの報道があるたびにコメンテーターたちの口から繰り返し語られるのは、「もっと被害者の人権を守れ」「加害者には厳罰を」といった意見がほとんどだ。

なぜ、「たとえ木の上に登ったネコであっても、動物は守られなければならない」ということは声高に語られるのに、「罪を犯しても人は人なのだから、人権は守られなければならない」ということは語られないのか。

なんとしても動物の権利を守る“成熟した社会”で、人間である犯罪者の人権のほうはどんどん失われる、というのは矛盾した話なのではないだろうか。

関連書籍

香山リカ『イヌネコにしか心を開けない人たち』

「人間は見返りを求めるけれど、この子だけは無償の愛を私に注いでくれる」――もはやペットなしでは生きられない現代人。いい大人がなぜ恥ずかしげもなく溺愛ぶりをさらしてしまうのか? なぜもっと人間には優しくできないのか? 動物愛護運動はなぜ暴走するのか? イヌ一匹・ネコ五匹と暮らす著者が自らのペット偏愛歴を初告白。「人間よりペットを愛してしまう心理」を自己分析しながら、ペットブームの語られざる一面に光をあてる!

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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