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2020.06.27 更新 ツイート

江戸時代の棋士たちの 武士さながらの勇ましさー『幻庵』百田尚樹KIKI

これまででわたしの最も長くつづいた稽古事は囲碁だった。祖父母が趣味にしていたのがきっかけで、打ち方を教わると幼いながらに面白かったようで次第にはまっていった。3歳くらいの小さなわたしが正座をして、祖父がお客さん相手に対戦している盤面を熱心に覗き込んでいる姿が収められた写真が残っていて、「好き」なのが伝わってくる。大学受験で勉強が忙しくなるまで女流棋士の先生のお宅に通いつづけていたものの、たいして上達したわけではなかった。けれど興味は薄れず、囲碁が登場する小説があると知ると手に取りたくなる。上下巻にわたる長編小説である『幻庵』は、そんな囲碁好きのわたしをうならせるものだった。

 

囲碁が相当に好きだったといわれる徳川家康によって、江戸時代、碁打ちの地位は高いものとなり、まもなく誕生した家元4家には幕府から扶持が与えられるほどだった。家を支える棋士たちは碁のことだけを考えて暮らす生活が成り立ち、おかげで大いに発展することとなる。家元の目標は一門から「名人」を出すこと。棋士界でトップに位置する名人は260年余つづいた江戸時代でも、わずか8人という限られたものだった。主人公である幻庵は士分として最低の身分である足軽の3男であったが、7歳でその才能を見出されて家元の外家であった服部家の内弟子となり、晩年まで名人を目指し幾度もの戦いに挑み精進する姿が描かれている。

しかし、名人の地位はただ強ければ手に入るものではなく、同時代の棋士たちの中でも抜きん出る強さが必要である。勝負にストレスで吐血するまで自らを追い込む幻庵の姿は武士さながらの勇ましさであり、刀を手にするようにすべてが命懸けなのだ。また、名人になるには他家からも認められなければならず、裏での政治的な手回しの上手さも必要となる。江戸から明治にかけての時代、囲碁の世界でどのように歴史が動いたのかも描かれており、時代小説としての魅力も十分にあるのだった。

読み終えて、久しぶりに碁を打ちたくなった。祖父母はすでに他界しているので、思いつく相手は近頃騒がれているパソコンの中のAIくらいだ。とはいえ、そこに人間同士の戦いがないといかに面白みに欠けるものか、本書を読むとよくわかる。それならば、幻庵の残された棋譜をもとに、目の前の碁盤で歴史を再現してみるのも楽しいかもしれない。

「小説幻冬」2017年3月号

百田尚樹『幻庵』

囲碁が好きで造詣が深く、自身もアマチュアの段位を持つという百田氏が、井上幻庵因碩を主人公にした青春歴史小説。幻庵因碩とライバル・本因坊丈和の、棋界最高権威「名人碁所」の座を巡る激闘を綴る。文藝春秋/上下各1600円+税

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KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

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