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和製ダ・ヴィンチ・コード『縄紋』

2020.06.04 更新 ツイート

文京区のお散歩道が「縄紋時代」に繋がっている幻冬舎plus編集部

外出もできるようになり、各地で賑わいが戻り始めています。まだまだ第二波など予断を許さない状況ですが、本格的な梅雨が始まる前に、気分転換に近所のお散歩くらいはしたいものです。

三密を避けて、公共の乗り物には乗らず自分の足で歩いてみると、家の近所ですら「あ、こんなところがあったのだ」と驚くことも。東京は坂道がとても多く、坂道の上と下ではガラッと町の雰囲気が変わっていたり、歩いているだけで発見が多いです。

そして面白いのが、大都会東京には、「縄紋時代」に繋がるスポットがちらほらと、少なからず存在します。令和の時代に縄紋? 江戸時代じゃなくて縄紋? と不思議に思いますが、その秘密は、真梨幸子さんの新刊『縄紋』で解明されています。

「イヤミスの女王」の真梨さんが、なぜ初の歴史ミステリを書くことになったのか。誕生秘話を、ご本人にうかがったところ、イヤミスと縄紋の奇跡のマリアージュも、”お散歩”にありました。

*   *   *

”縄紋熱”に浮かされた私

――殺人事件が絡み、謎解き要素もあり、ミステリーとして楽しめますが、歴史にまつわる描写が多くて、「歴女」の読者からも支持を集めそうな作品です。

物心ついた頃から、歴史が大好きなんです。誕生日プレゼントに「日本史辞典」をおねだりしたほどで。小学校に上がるときに、訪問販売の人に押し売りされた百科事典全12巻も、歴史の巻だけ、ふにゃふにゃになるほど、読み込んでました(笑)。

――なぜ縄文時代を取り上げられたのですか?

今、住んでいる部屋を買うときに、地歴を徹底的に調べました。過去、変な事件の舞台になってはいないか、処刑場なんかがあった場所ではないか、と。というのも、私はオカルトマニアでもあって、アンチパワースポットといいますか、負のエネルギーがある場所、いわゆるオカルトスポットにも大変興味がありまして。

事件が起きがちな場所には、なにか因縁があるとも思っていますので、自分が住む場所は、そういうところは避けたかったのです。 で、地歴を調べたところ、建設中に縄文時代の遺跡がみつかったというのを知って。それまで漠然としたイメージしかなかった縄文時代が、妙に身近に感じられてしまったのです。

縄文時代を意識しながら街を散策していると、高低差というのも気になりだして。今、低地といわれているところがかつて海で、高台と呼ばれているところに縄文人が住んでいたんだな―などと妄想しているうちに、どんどんハマっていきました。 あと、散策していて、気がついたのですが、神社って必ず、高台にある。しかも、高台の突端。これは、もしかして、縄文時代となにか関係あるんじゃないか、と。

中沢新一さんの『アースダイバー』という本を読んだことも、大きなトリガーになりました。東京を縄文地図で読み解く異色のエッセイ集なのですが、これがまた、とても面白くて、刺激的で。今も、繰り返し、読んでいます。 そうこうしているうちに、“縄文熱”に浮かされるようになって。日本人の謎、そして深層は、すべて縄文時代にこそある。縄文時代なくして、日本人は語れない。それをどうしても、小説にしてみたくなったんです。

舞台は散歩コース。出会いが妄想を広げる

――縄文時代のコミュニティーの描写がとてもリアルで、ぐいぐい引き込まれました。

舞台になっているのは、普段からのウォーキングコースで、ウォーキングしている間に浮かんだイメージを、少しずつメモしていきました。作中にでてくる情景は、ほとんど、私の妄想です。 なにしろ、縄文時代のことを知る人はほとんどいないし、時代考証したくても事実がどうなのかを知ることもできない。こうなったら、とことん、妄想で勝負しようと。とはいえ、ある程度、裏付けは必要なので、参考資料はできるだけ集めました。

――“谷根千”(谷中・根津・千駄木)も登場しますが、ご縁がありますか?

うちには、「マリモ」と「モナミ」という猫姉妹がいるのですが、お世話になっている動物病院が、あのあたりにあるのです。で、半年に一度、猫をシャンプーするとき、二時間ぐらい病院に預けるのですが、その間、あの辺を散策して。そのときに、「お化けだんだん」と「藪下通り」に出会いました。

――印象に残っている散策中のエピソードを教えてください。

作品に登場する「お化けだんだん」の近くにある「千駄木ふれあいの杜」をうろついていたときのことです。「千駄木ふれあいの杜」を管理する女性に声をかけられたのです。そのときに、お化けだんだんは、おりるときとのぼるときの段数が違うとか、太田道灌の子孫である太田氏ゆかりの亡霊が出るとか出ないとか。そんなお話を色々と聞くことができました。

一番、興味深かったのは、「千駄木ふれあいの杜」の植物の種類分布が、縄文時代の植物分布と似ている、というお話です。「千駄木ふれあいの杜」は、もともと太田氏の下屋敷があった場所なんですが、もしかしたら、縄文時代から手つかずの「杜」だったのかもしれないなどと、一気に妄想が広がりました。

(©幻冬舎刊『縄紋』目次)

謎追う登場人物、自分自身を重ね

――作品には面白い歴史の逸話が満載です。「西洋人は狩猟民族、日本人は農耕民族というのは間違いだ」と登場人物に言わせる場面もありました。

狩猟民族と農耕民族のイメージの誤解は、血糖値を測っていて、ふと、気がついたことなんです。私、遺伝子検査をしたときに、「血糖値が上がりやすい」と出たんですね。気になって、血糖値測定器を買ったんです。 それをきっかけに、何を食べたらどれだけ血糖値が上がるのかを測るのにハマってしまって。

その血糖値のグラフを眺めていて、「なんで、日本人って、欧米人にくらべて糖尿病になりやすいんだろう?」という疑問が湧き、調べていくと、ひとことで欧米人というけれど、ネイティブアメリカン(古モンゴロイド)は日本人と同じで、糖尿病になりやすいらしい。 ということは、もしかして、同じ古モンゴロイドの縄文人も糖尿病になりやすいのか? あ、確かに、ネイティブアメリカンも縄文人も、ずっと狩猟生活をしていた。たんぱく質はそこそこ摂っていたけれど、糖質(炭水化物)はそんなに食べてなかったはず。ということは、糖質を分解するのは苦手なんでは? という感じで、自分なりに考えて、達した答えが、「狩猟民族と農耕民族のイメージの誤解」というわけです。

――縄文時代が女性中心の社会だったというのも、新しい歴史観ですね。

なにかの本で読んだのですが、屈強な肉体を持つネアンデルタール人が絶滅して、なぜ、ひ弱なホモ・サピエンスが生き延びたのか。それは、ホモ・サピエンスが、男女で役割を分担したからだ、というのです。男は食糧の確保、女は育児。この役割を完全に分けたので、子孫を残すことができた。

一方、ネアンデルタール人は完全なる男女共働きで、女も男とともに狩りにでかけ、時には戦ったと。で、子育てに十分なエネルギーを注げず、絶滅の一因になったのではないか、と。 だとすると、女が家事・育児を担ったのは生き延びるための戦略でもあったのですが、時代がくだり、農耕生活に入ったぐらいから、生産性至上主義のヒエラルキーが誕生する。その頃から、「役割分担」は「格差」または「階層」へと移行し、さらに、男の絶対神を崇拝する宗教が誕生。気がつけば、男尊女卑の社会になっていったのかもしれません。

つまり、横社会から縦社会に移行する際に、生産性のない育児を担う女性の立場も階層(ヒエラルキー)の低層に組み込まれたんじゃないかと。 ただ、日本においては、ちょっと事情が違って、奥さんのことを「カミさん」と呼ぶように、かつて奥さんの地位は高かったように思うのです。「カミさん」の「カミ」は、「上」であり「神」ですからね。

かつて、日本人は性に対してもおおらかで、夫以外の男と交わる(夜這いなどの習慣)……なんていうのは普通に行われてきたでしょうし、処女信仰もありませんでした。日本の男尊女卑は、仏教、または儒教の影響が大きいと思います。明治時代に入ってからは、キリスト教の影響もあったでしょうね。

――アラハバキという神が、物語の鍵を担う存在として登場します。

この物語を書き始めた頃は、「アラハバキ」の存在はまだ知らなかったんです。ただ、埼玉県の大宮にある「氷川神社」が、関東の歴史に大きく関わっているという点はずっと気になっていて、物語の「謎」として登場させました。で、「氷川神社」を調べていくうちに、「アラハバキ」という謎の神の存在にぶつかって。なので、登場人物たちが、「アラハバキ」の謎を追いかける様は、まさに私自身の姿でもあるんです。書いていて、とてもスリリングでした。

――主人公が校正者という設定で、担当する物語と彼自身の物語が重層的になっています。

「縄紋黙示録」という作中作を登場させる際、どうしても、「つっこみ」担当がほしかったんですね。なにしろ、縄文時代なんて、読者のほとんどが知らないことばかり。だから、「つっこみ」ながらも、解説してくれる人がほしかった。それを誰に担ってもらおう? と考えたとき、「編集者」「読者」「歴史マニア」と色々と候補があがりました。で、他の作品のゲラチェックをしているとき、校閲さんの鉛筆指摘のみごとな「つっこみ」を見て、「あ、これだ」って(笑)。迷わず、主人公を、「フリー校正者」にしました。

読者目線で嚙み砕く。視覚で恐怖も臨場感も

――「作中作」の狙いは?

縄文時代をテーマに物語を作りたいと、担当編集者さんに提案しても、難色を示されるのは分かっていました。なので、「現代パート」は不可欠だと。現代と縄紋パートをうまく絡めるには、「作中作」が一番、わかりやすいのではと思いました。現代と縄文時代をパラレルで描き、気がついたら遺伝子のらせん構造のように絡み合っている感じにできれば、成功だと思いました。

――歴史というジャンルで何に気をつけましたか?

歴史マニアの悪い癖なんですが、自分が知っていることはみんなも知っているという前提で話すんですよね。だから、大概、聞いている人に「ぽかん……」とされる。例えば、江戸城を作ったのは太田道灌であることは、歴史好きには当たり前の知識なんですが、案外、知られていない。なので、今回、主人公のフリー校正者・興梠大介は、歴史には疎いという設定にしました。そうすることで、より、わかりやすくなるかな、と思いまして。 私の担当編集者さんは歴史マニアではないので、彼女の目線に合わせれば、読者の目線になるかなとも思い、担当さんから突っ込まれそうな点は、意識的に嚙み砕いて、身近なものに喩えたりして、わかりやすく説明するように工夫しています。

――文中で、「……」や一行アキ、棒線などが、とても効果的に迫ってきます。

他の作品にも言えるのですが、視覚的に、恐怖や臨場感を味わってほしい場合などに、あえて、「……」や改行、句読点、擬音などを多用することがあります。ページをめくって、「……」が大量に現れたら、「ぎょっ」となりますよね。読む前(文章を理解する前)に、ぱっと見た一瞬で、怖さを表現できたらな、と。

――いろいろな伏線が回収される終盤など、これまでの見え方がガラッと変わります。小説の醍醐味であると思いますが、執筆前にどこまで考えているんですか?

他の小説では、プロットは作らずに、見切り発進で書き始め、そのうちに登場人物が一人歩きしはじめます。今回は、ラストまで、ぼんやりとではありますが、プロットは作りました。ただ、「アラハバキ」の件とか、書いているうちに、新たな情報が次々と飛び込んできて、プロット以上のものになったように思います。 書いているあいだは、シミュレーションゲームに参加している気分です。毎回、登場人物が、想定外のことになる。ハラハラドキドキです。だから、この商売、やめられません(笑)。

イヤミスになるのは、黒い性格の影響!?

――百貨店や不動産業、少女漫画など、真梨さんの作品の題材は多彩です。アイデアをどこから得られているのですか? 作品内の会話も面白いです。

特に意識はしてないのですが、テレビやネットで、面白いなと思ったものは、すかさず、メモするようにしています。そんな日々の積み重ねが、アイデアにつながっているのかもしれません。 会話については、その役を演じる感じで書いていると、自然と出てくるんです。自分が、その役になりきるというか(笑)。

――「イヤミスの女王」と呼ばれています。人間心理の負の部分に迫るのは、読者に期待されているからですか?

読者の期待に応えるというのは、実はあまり意識してなくて、自分が面白いと思うことを書いているだけなんですが、それが、どれもこれも「イヤミス」になるのは、私の黒い性格のせいかもしれません(笑)。

――「イヤミス」の「イヤ」な部分と「ミステリ」の部分を両立させるのは難しいですか?

これもあまり意識してなくて、気がつくと、「イヤミス」になってしまうのです(笑)。 やはり、性格の問題かもしれません……(笑)。

――この春は読書という行為がいろいろな意味で再認識される機会にもなりました。

いやはや。本当に、凄いことになってしまいました。まさか、マスクを手作りする日がくるとは(苦笑)。私は、普段から引きこもり気味で、人に会うこともあまりないので、緊急事態宣言の中でも、普通に暮らすことができているのですが、人と会うことが大好きな方は、辛いでしょうね……。 あと、私はそもそも潔癖症で、今、推奨されていることは、すでにやっているのですが(こまめな手洗いとか、人との距離を離すとか、ドアノブやエレベーターのボタンに素手で触るな……とか)、これが、定番になると、それはそれで、ギスギスした社会になりそうで、ちょっと怖い感じがします。

でも、この現実をネタにしたい……というのも、作家のサガ。今、文芸誌で連載中の、シェアハウスを舞台にした「シェア」という小説では、早速、新型コロナウイルスを登場させました。で、ギスギスしはじめる人間関係……という流れに。当初は、まったく予定していなかった展開でしたが、これも、ノープロットの醍醐味かもしれません。

――『縄紋』をこれから手にする方にメッセージをお願いします。

暗闇のジェットコースターに乗った気分で、お読みください。最後、とんでもない場所に着地しているはずです。

(「小説幻冬」6月号より転載 インタビュー・文 篠原知存)

※インタビューは4月15日にメールで行いました

(イラスト:浅生ハルミン)

真梨幸子(まり・ゆきこ) 1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園映画科卒業。2005年、「孤虫症」で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。『6月31日の同窓会』『初恋さがし』『三匹の子豚』『坂の上の赤い屋根』、エッセイ『おひとり様作家、いよいよ猫を飼う。』など著書多数。

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和製ダ・ヴィンチ・コード『縄紋』

縄紋、と聞いて、「何それ?」と思ったあなた。

実は、あなたが欲しいマンションの価格も、日本人に糖尿病が多いのも、ヤンキー坐りの発祥も、神社に鳥居と参道があるのも、謎の病気が流行るのも、最近フェミニズムが台頭しているのも、隣りのあの人が消えたのも、殺人が起こったのも、ぜんぶ「縄紋」のせいかもしれません。

イヤミスの女王、真梨幸子さんの新刊『縄紋』発売記念特集です。

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