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ヘイケイ日記~女たちのカウントダウン

2020.05.21 更新 ツイート

女を勝手に規定するのはいつも他人花房観音

私には子どもはいないし、これからも産むことはない。

だから、「母」の気持ちは、わからない。

わからないけれど、書いてみる。

 

数年前、私より少し年上の女性と飲んでいたときのことだ。彼女は、ずっと独身で、フリーランスの仕事をして、恋愛は常にしているが結婚願望もないと言っていた。

共通の知人でシングルマザーの女性の恋愛話などをしていたときに、彼女がふともらした言葉が、ずっと引っかかっている。

「私ね、母は女になっちゃいけないと思うの。母が女になると、子どもへかける愛情が疎かになる」

 

確かに、母親が家庭の外で恋愛し、子どもを捨てて家を出てしまった話なども知っている。

彼女の言うことは、もっともかもしれない。

けれど私がもやもやしたのは、「母は女になっちゃいけない」とは言うけれど、「父は男になっちゃいけない」なんて誰も言わないよね? という疑問が沸いてきたからだ。

「女」が意味することは何か

私は子どもを産んで育てたことがないから、子育ての苦労は体験していない。甥や姪は可愛いけれど、じゃあ育てろと言われたら、無理だ。

だから、母と子どもの関係を語るとき、「お前にはわからないだろ」と言われても、わかりませんとしか言いようがないし、わかったふうに語れない。

親は子どもを大切にするべきで、一番の存在でなければとは思う。けれど、じゃあ、そのために他の者を犠牲にして捨てなければいけないなんて、どうして女だけが、そんな選択肢を迫られなければいけないのか。

子どもへの愛情が疎かになるというが、愛情とは、そんなに融通の利かない小さな器に入っているものなのだろうか。

そもそもここでいう「女」とは何だろう。恋愛することなのか、身を着飾ることなのか。「母だから」それらをすべて犠牲にしろというのはおかしくないか。

女は家にいておとなしくしてろ。妻は家のことをしなければならない。

男は外で遊んでいいけど、女はダメだ。

そういう価値観の中で、誰が幸せになれるのだろうか。

そんな時代は終わったはずなのに

結婚出産は「女の幸せ」と言われる。私も結婚したとき、散々「女の幸せを手に入れたね」と言われたし、出産だって「絶対に子どもいたほうがいいよ」とすすめられた。

けれど、結婚や出産により失われるもの、縛り付けられることから、「幸せ」という言葉を使って目くらまししているのじゃないかと、たまに考えるのは、私がひねくれすぎているのだろうか。

私の母の世代は、女は当たり前に若くで結婚して出産するものとされていた。保守的な田舎だったから、特にそうだ。そして「嫁」は、嫁ぎ先の労働力となるのが当たり前だった。あちこちで、「嫁」の苦労話を耳にした。

「女の幸せ」とされている結婚出産が、私にはひどく不自由なものに思えたのは、そういう環境で育ってきたからかもしれない。進学だって、「女の子はどうせ嫁に行くんだから四年制大学なんて行かなくていい」と言われて、大学受験を泣く泣く断念した同級生もいた。

もうそんな時代は、終わったはずなのに。

両立というかそもそも母は女です

「女」と「母」は両立できないのか?

そんなわけがない、と思いたい。

私の知り合いには、女としても綺麗で楽しそうで、母親として子どもを精一杯愛している人はたくさんいる。もちろん、その裏には、見えない苦労や頑張りがあるし、まだまだ子育てが女性の負担になって、それを補う社会制度が足りないとは思うけれど、それでも女の人たちは、女であり、母であることを精一杯生きているように見える。

母になったら女を捨てないといけないなんて決め付けられることは、自由を奪われることだ。そりゃ結婚しない人は増えるし、晩婚化するし、少子化になる。

子どもの立場からしたら、母親が「女」なのは嫌だという意見もあるだろう。でも、子どもだっていつかは離れていくし、離れなければならないし、母親が「母」であることに義務を超えて執着し依存するのはいいことには思えない。

女の定義は他の女が決めてはいけない

私が「母は女になっちゃいけない」と、口にした女性に対してもやもやしたのは、もうひとつ理由があった。

彼女の恋人は、だいたい既婚者、つまり他に家庭のある人だというのを知っていた。

つまりは「愛人」の立場でいる女性が、「母は女になっちゃいけない」というのが、ひどく傲慢な気がした。男が彼女と外で遊んでいるときに、彼の妻は子どもの面倒を見ている光景が浮かぶ。

恋愛は制度を超えるから、不倫は絶対ダメ!と、私は言えないけれど、それでも彼女が、自分は彼にとって「女だから必要とされている」という自信と願望を抱いているのが見えてしまった。

そして、その「彼と妻はもう男と女の関係ではない。彼にとっての女は、私」と、不倫関係を正当化するのは、かつての自分と重なったから、なおさら嫌悪感を抱いたのだろう。

母って、なんだ。

女って、なんだ。

母になったことがない私には永遠にわからない。

そもそも、私自身も、50歳を前に、自分がこんなに「女」に執着しているとは、昔は想像もつかなかった。

どちらにしろ、「女を捨てなければならない」とか、「女でいてはいけない」、「あいつは女じゃない」なんて、他人に決められたり強制されることではない。

そして子どもを得ることも、何かを捨てて諦めて挑まなければならないようなものではなく、もっと自然に、幸せになるための選択肢のひとつであって欲しい。

そのためには、社会全体も、男も、女も、誰もがそれを受け入れるようにならなければいけない。

誰かの自由を奪うことは、自分自身を縛り付けることなのだから。

(去年の写真ですが、
五月といえば薔薇)
(薔薇の紅茶)
(焼き鳥やさんのテイクアウト。
自粛生活継続中)

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花房観音

2010年「花祀り」にて第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。京都を舞台にした圧倒的な官能世界が話題に。京都市在住。京都に暮らす女たちの生と性を描いた小説『女の庭』が話題に。その他著書に『偽りの森』『楽園』『情人』『色仏』『うかれ女島』など多数。

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