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「戒厳令に近い強権発動――私は覚悟した」。東日本大震災から丸9年。地震・津波の多大な被害に加え、私たちの暮らしを大きく変えた原発事故。あの危機に政府はどう対応したのか。『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』(菅直人著、2012年10月刊)から、一部を抜粋してお届けします。

※写真はWEB用で書籍には入っていません

福島第一原子力発電所3号機(空撮) 撮影日2011年3月16日 (出典:東京電力ホールディングス)

*   *   *

最高責任者としての悩み

二〇一一年三月一一日からの数週間、東日本は放射能という見えない敵によって占領されようとしていた。その敵は、外国からの侵略者ではない。多くの人にとって、そのような意識はないだろうが、日本が自分自身で生み出した敵なのだ。であればこそ、日本が自分の力で収束させなければならなかった。そのためには、犠牲者が出るのも覚悟しなければならない。そこまで事態は深刻化していった。

ソ連ではチェルノブイリ原発事故を収束させるために、軍が出動してヘリコプターから総計五千トンの砂や鉛(なまり)を投下して消火し、さらに半年ほどかけて「石棺(せっかん)」を作った。

最初の一〇日ほどの消火作業だけで兵士を中心とした作業員二〇〇名以上が入院し、約三〇名が急性被曝が原因で死亡したと伝えられるが、その後も含めて相当数の兵士が死亡したと言われている。何人の犠牲者が出たかは、ソ連という国柄もあり、よく分からない。決死の作業であったことは間違いない。しかし、日本においてソ連と同じような対応ができるのか。また、やっていいのか。

日本では、あの太平洋戦争までは「国のために死ぬ」のは当然のこととされ、戦争指導者は、沖縄戦などでは軍人だけなく民間人に対してもそれを強制してきた。戦後は、その反省から日本は「国のために死ぬ」ことを国民に求めない国として生まれ変わった。そして「人の命は地球より重い」とされてきた。

しかし実際に起きた福島原発事故を前にして、果たしてその考えだけで対応できるのか。原発事故の収束に失敗し、大量の放射性物質が東日本全体に、さらには世界中に放出されることになった時、日本はそして世界はどうなるのか。多くの日本人が命を失い、社会は大混乱し、日本は国家としての存亡の危機に陥ることは間違いない。命が危ないからといって、逃げ出すことが許されるのか。

私は政治信条として「最小不幸社会」の実現と言ってきた。不幸の原因の最大のものは戦争であり、そして重大原発事故も多くの人を不幸にする。これを阻止するのは政治の責任である。そして実行するためには国民はそれぞれの立場で責任を果たすことが重要である。もちろん、政治家や公務員にはより大きな責任がある。そして原発事故においては、当事者である東電社員にもそれぞれの立場で責任を果たしてもらわなくてはならない。

内閣総理大臣である私は、最悪の場合死ぬ恐れがあると知りながら、「行ってくれ」と命令しなければならない立場(*)にあった。

しかし「行ってくれ」と命令された人にとってはどうか。

妻や子どもといった家族もあり、仕事としての責任と、夫として、親としての責任を果たすため危ない所に行きたくないという思いの板ばさみになるだろう。

三月一一日からの数日間は、次々と制御できなくなっていく原子炉、放射能という目に見えない敵と、どう戦ったらいいのか、どこまで戦えるのかを自問自答する日々であった。このような切羽詰まった問題が、現実として目の前に存在していた。

 

*当時の私の置かれた立場について、作家・評論家の佐藤優氏は、三月一三日のブログで次のように述べている(佐藤優著『3・11クライシス!』(マガジンハウス刊)にも収録されている)。

「マスメディアの抑制された報道からでも、福島第一原発が危機的状況にあることを国民は察知している。首相は超法規的措置を恐れずに、必要な措置をとらなくてはならない。この場合、国家的危機を救うために生命の危険にさらされる任務があることをわれわれ国民はよく自覚しておく必要がある。戦後日本の国家体制は、近代主義によって構築されている。その核となるのが生命至上主義と個人主義だ。個人の命は何よりもたいせつなので、国家は生命を捨てることを国民に求めてはならないという考え方である。しかし、国際基準で考えれば明らかなように、どの国家にも無限責任が求められる職種がある。無限責任とは、職務遂行の方が生命よりも重要な場合のことだ。日本の場合、自衛官、警察官、海上保安官、消防吏員(消防士)、外交官などがその本性において、無限責任を負う。通常の場合、東京電力関係者に無限責任は想定されていない。しかし、福島第一原発の非常事態に鑑み、専門知識をもつ者が自己の生命を賭して、危機を救うための努力をすることが求められる。マスメディアは詳しく報道していないが、現場では日本の原子力専門家が危機から脱出するために、文字通り命がけで働いている。菅首相は、危機を回避するため無限責任を要求する超法規的命令を発することを躊躇してはならない。菅首相は民主的手続きによって選ばれた日本の指導者として、職業的良心に基づいて日本国家と日本人が生き残るために必要とされる全てのことを行うべきだ。」

 

※次回「撤退という重要問題さえ、意思疎通が十分でなかった」は、3/25公開予定です

関連書籍

菅直人『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』

3月11日14時46分。地震発生後、私は官邸地下の危機管理センターへ直行した。被災者救助に各方面が動き出す中、「福島第一原発、冷却機能停止」の報せが届く。その後、事故は拡大の一途をたどった。――このままでは国が崩壊する。いつしか私は、原子炉すべてが制御不能に陥り、首都圏を含む東日本の数千万人が避難する最悪のシミュレーションをしていた……。原発の有事に対応できない法制度、日本の構造的な諸問題が表面化する中、首相として何をどう決断したか。最高責任者の苦悩と覚悟を綴った歴史的証言。

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東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと

「冷却機能停止」の報せから拡大の一途をたどった原発事故。有事に対応できない構造的諸問題が露呈する中、首相として何をどう決断したか。歴史的証言。

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菅直人

1946年山口県宇部市生まれ。衆議院議員、立憲民主党最高顧問。弁理士。70年東京工業大学理学部応用物理学科卒。社会民主連合結成に参加し、80年衆議院議員選挙に初当選。96年「自社さ政権」での第1次橋本内閣で厚生大臣に就任。同年、鳩山由紀夫氏らと民主党を結成し、党代表に。2010年6月第94代内閣総理大臣に就任。

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