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夜のオネエサン@文化系

2020.02.07 更新 ツイート

奈落の底へ堕ちゆく女たち~メイドインアビス 深き魂の黎明鈴木涼美

思えば歌舞伎町の中に入っていく時の私は、この先に人間が一般的に幸福と呼ぶような事態が待ち受けていないのを知っていたわけで、その見えきった不幸の確信を代償としてまで辿り着きたい境地があったとも思わない。進学のように「進む」でも、登校のように「登る」でも、入社の「入る」でも、出世や出陣の「出る」でも、昇進の「昇る」でもなく、堕ちていくという表現が何故使われるのかということも、ごく自然な予感として持っていた。

そう考えると何か目標のために犠牲や危険を厭わない、という男の好きそうな論理はそこになく、堕ちることそれ自体、不幸の確信それ自体こそが衝動を支えていたということになり、そんな狂った態度に男たちの理解が及ぶはずもなく、数多のフィクションや研究と称されるものの言葉が私たちを捉えきらないのも無理はない。

 

テレビアニメが放映された頃からその狂った設定が一部で無気味な関心を集めていた「メイドインアビス」の新作映画「メイドインアビス 深き魂の黎明」が公開された。2年前に全13話で終了した第一期シリーズの続編にあたり、テレビ版の新シリーズの制作決定もすでに発表されている。私自身は別に普段それほど熱心に日本アニメを追っているわけでないのだけど、穴に堕ちていく少女の気の触れたような冒険譚は、懐かしさや新しさなんていう言葉で回収しきれない仕方で私を掴み、離してくれなかった。

「アビス」とは、未だに謎に包まれている直径約1000メートルの巨大な縦穴の名前で、多くの冒険者たちが探索を続けているものの、最深部の深さや詳細は知れていない。穴の中で発見される怪しい人工物である「遺物」は高値で取引されるため、その発掘をする人々が周縁に街をつくっており、主人公の少女はその街の孤児院で「探窟家」になる訓練を受けていた。

冒険者の呼称であるその探窟家にはどこまで深くまで行けるかを示すためにランクがつけられており、最上級の白笛は多くの人の憧れの的。まだ初級ランクの少女もそれを夢見て穴の浅い場所で日夜「遺物」の発掘に精を出していたが、とあるきっかけでまだ自分には許されない深層への冒険に出る。

物語の肝として面白いのはそのアビスの特性で、深く潜れば潜るほど、地上方面に戻ろうとしたときに上昇負荷がかかり、例えば深界一層であれば軽いめまいと吐き気、三層になると幻覚や幻聴を伴う。これらは「アビスの呪い」と呼ばれて穴に関する真相究明が困難となっている根拠でもある。六層となるとそれは人間性の喪失や死をもたらすほどとなり、七層や「奈落の底」と呼ばれる未開の深層まで行けば、確実な死が待ち受ける。つまり六層より下に降りると街に戻ってくることが不可能となるため、「白笛」たちがそこを目指して降りていくことは「ラストダイブ」と呼ばれる。

要は奈落の底を目指す少女の冒険は、何があるかわからない、危険があるかもしれない、戻って来れないのかもしれない、のではなく、待ち受ける不幸は確実で、戻ることは人間性を失い、死に至ることを意味しているので実質不可能、というものになる。ちなみに六層に降りて上昇負荷を受けると「成れ果て」と呼ばれる、人間とは別の形をした生き物になってしまう。そういうややグロテスクな描写はアニメの見どころではあるのだけど、いずれにせよ、目的の地に行けば確実に戻っては来れないし、途中まで行ったとしても元の姿で戻ることが絶対にない、という冒険なのだ。

待っているのは人間性を失うほどの壮絶な不幸、それでも少女は底へと向かう。当初は、白笛の探窟家であった母からの最後のメッセージと思われた「奈落の底で待つ」という言葉をその拠り所としていたが、その目的が便宜的なものであることには彼女自身も途中で自覚する。山があるから、と高みに登ろうと夢見て、宝島があるから、と船で乗り出すような男たちの冒険とは、明らかに異質な衝動に支えられている。

それは私自身にも、「堕ちる」ことに魅了された多くの女たちにも、身に覚えのある感覚だ。犠牲を伴ってまで掴みたい夢があるわけでもない、誰より先に上から景色を眺めたいわけでもない、埋蔵金やお宝を求めて危険を犯す野心もない。不幸になることを知っていて、今と同じ私のままでいられなくなるのも分かっていて、無傷で戻れることは絶対にない。でも、そういう場所に身を投じることが、ある種の高揚を齎すことも知っている。それ以外では絶対に得ることのない快感がそこにあるという、言語化されない予感を身体的に持っている。

死の予感に繋がる不幸の確信を持って向かう先が、自分の立つ地面の下の方にあるというそのアイデアは、妙に言い得ているような気がする。夜の世界にもいくつかの層があり、軽い目眩や常識的な感覚の喪失を経て、最終的にはやはり人の形をしていられないほどの深みに繋がっている。幾ばくかのお金とともに捨てた貞節や、知らない男に抱かれた身体は、けして元どおりにはならないし、見栄やプライドなんていう便宜的な理由とともに破滅的に使ったお金も、失った信用や愛らしさも、取り戻せない家族との繋がりも、その犠牲の先におぼろげにも幸福の宝島が見えるわけもなく、ただその犠牲自体が衝動を呼び込む。

思えば手首に刃物をあてて、無数の傷をあしらうような行為も、男性的な感覚では捉えられないことが多い。目的のある自殺が男によってなされるのとは裏腹に、自傷行為は女の子のものだ。ぼんやりとだけ死の感覚はあるものの、それ自体が痛みとともに得られる報酬なのではなく、元どおりになることがない傷や、そのための痛み自体が何かしらの高揚を生む。何人もの女の顔が思い出された。絶対に幸福なかたちで愛してはくれない男に溺れていたのも、傷だらけの手首を晒して破滅的にお酒を浴びたのも、昼も夜もなく自分の身体を売り飛ばしていたのも、似たような衝動を持つ彼女たちのダイブだった気もする。

私は自分の成人式をサボって、アフターの酒が抜けない身体で床にへばりついていた頃、自分のいる道が意味のある場所に繋がっているなんて思ったことは一度もなかった。何も持っていなくて、身の安全もあやしく、ぎりぎり合法だからと言って渡されるおかしな錠剤は吐き気を齎し、知らない男の前で裸になるのはあまりに無謀で無防備だった。

通る道はかつてガラス瓶だったらしい粉末で光ってはいたけれど日当たりは悪く、男に髪を掴まれた女の子の声が煩く、私を性欲処理のための肉の塊か物欲を満たす金銭か、そのどちらかで認識する男しかいなくて、何もしないで今いる場所にとどまる方がまだマシだという確定した事実があっても、より深みに行くスロープを探しては選んで時間を埋めた。

そこまで堕ちた女たちは、最深部まで進んだ上で、死して崇高になるか、くだらない挫折で引き返して凡人として生きながらえるか、そのどちらかの道しか選べない。ほどよく快感な場所に長くは止まれない。だって下に向かう過程にしか、その快感は訪れないのだから。前の月に怖いと思って入った店は退屈な日常をやり過ごす場所に変わり、嫌いだった精液の匂いもイソジンと石鹸で気にならない程度に洗い落とせることを学ぶ。

最近、仕事やちょっとした会食を終えて深夜に帰宅するときに、自分の身体に何の緊張もないことに気付く瞬間がある。身体の持つ予感は、数十分後に暖かい自宅にいて、眠れば確実に明るい朝になり、明日になっていくことに何の疑問もなく、自分の無事をほとんど確信している。

その安全を幸福と呼ぶのであれば、夜の世界に堕ちていた私のいた場所は確実にそれとは対極にあった。穴の途中で断念した凡人の私はその代償として、退屈で上品な日常と、何の緊張もなく帰宅する幸福を押し付けられたのかもしれない。死の予感が巧妙に隠された道を歩いて、耳を澄ませても不幸の泣き声は聞こえない。

穴を堕ちる過程にある少女の冒険がどのような終わりを迎えるのかを、私たちはまだ知らないけど、引き返せば私のようにつまらない幸福の中に絡めとられるのだから、どうか彼女の衝動が、長く続くものであって欲しいとどこかで少し思う。

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 実は超文化系女子でもある鈴木涼美さんが、映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から、世間を騒がしているアノ話題まで、オフレコモードで語ります。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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