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本屋の時間

2020.01.15 公開 ポスト

第76回

本という共通言語辻山良雄

「古本屋かと思って入ったけど、違うんですね」

築70年以上が経つ外観がそう思わせるのか、よろこび勇んで入ってきたお客さんに、そのように苦笑いされることがある。いや、新刊書店なんですよと答えると、大抵の場合その人は、それは失礼しましたと言ってすぐに出て行ってしまうのだが、すぐに出ていくというのは、そこにある新刊本にはほとんど興味がないということだろう。同じ〈本〉とはいいながら、新刊書店と古書店に来る客は、多くの場合あまり重なることがない(もちろん例外はある)。

本になじみのない人からすれば、そこに並んでいる本が新しいか古いか以外に大した違いはないのだから、本来はもっと交流があってもよさそうなものである。しかし実際には、新刊書店と古書店では、ほとんど別世界といってもよいほどで、同じ町に店を出していても、互いのことをよく知らないまま商売をしていることも多い。

 

いまでは資本力のあるチェーン店がほとんどとなった新刊書店とは異なり、古書店の多くは、いまだに個人・家族経営だ(ちなみに彼らのほとんどは自らのことを「古本屋」と呼ぶ。そのことばには誇りと謙遜が込められているようで、聞くといつもいいなあと思う)。以前勤めていた会社では、百貨店の催事場で古書店が25店舗ほど集まる古本市を年に2回行っていたが、その搬入搬出の光景は圧巻だった。

 

普段は主人しか顔を見せない店も、短時間でカゴ台車10数台分の本を出し入れする際には、奥さん、子ども(10歳くらいの子もいる!)、誰かはわからないが雰囲気から一族と思われる人など、家族総出でおこなっている。店同士は知り合いのところが多く、あちこちであれまあ久しぶりですねなどと挨拶しているが、それは正月がきたような華やぎがあり、会社員の身としてはうらやましくなる温かさがあった。
 


Titleでは毎年年末年始に、数店舗に出店してもらう古本市を行っている。百貨店で行う催事とは異なり、もう少しこじんまりとした趣味性の高いものだが、同世代の、古本屋としては若い店主が出す本は、どれも新刊では見かけない、古めかしいけどいまに通じる美意識が感じられ、見ていてあきない。だからだろうか、店に来る人も一人で新刊・古本どちらも買って帰る人が多く、レジで受け取る本の組み合わせも多種多様である。

新刊書店が扱う〈いま〉の幅広さを横軸、古書店が担う本の奥深さを縦軸としたとき、この古本市を行っている時期が、いちばん店全体として本の可能性を見せているようにも思う。店主たちはそれぞれ新刊の買いものもしてくれるが、そのときは本という共通言語で語り合っている気にもなり、うれしくなる。

 

今回のおすすめ本

『感動、』齋藤陽道 赤々舎

前作『感動』から8年。齋藤の写真では、あかるいひかりも、居心地の悪いざらりとした感触も、ひとしいものとしてそこにある。カメラを手に世界と対峙することの厳しさが伝わる写真集。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年7月18日(金)~ 2025年8月3日(日) Title2階ギャラリー

「花と動物の切り絵アルファベット」刊行記念 garden原画展

切り絵作家gardenの最新刊の切り絵原画展。この本は、切り絵を楽しむための作り方と切り絵図案を掲載した本で、花と動物のモチーフを用いて、5種類のアルファベットシリーズを制作しました。猫の着せ替えができる図案や額装用の繊細な図案を含めると、掲載図案は400点以上。本展では、gardenが制作したこれら400点の切り絵原画を展示・販売いたします(一部、非売品を含む)。愛らしい猫たちや動物たち、可憐な花をぜひご覧ください。


◯2025年8月15日(金)Title1階特設スペース   19時00分スタート

書物で世界をロマン化する――周縁の出版社〈共和国〉
『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)刊行記念 下平尾直トークイベント

2014年の創業後、どこかで見たことのある本とは一線を画し、骨太できばのある本をつくってきた出版社・共和国。その代表である下平尾直は何をよしとし、いったい何と闘っているのか。そして創業時に掲げた「書物で世界をロマン化する」という理念は、はたして果たされつつあるのか……。このイベントでは、そんな下平尾さんの編集姿勢や、会社を経営してみた雑感、いま思うことなどを、『版元番外地』を手掛かりとしながらざっくばらんにうかがいます。聞き手は来年十周年を迎え、荒廃した世界の中でまだ何とか立っている、Title店主・辻山良雄。この世界のセンパイに、色々聞いてみたいと思います。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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