
子どものころは、毎年正月がくるのが憂鬱だった。学校という社会を離れ、普段は向き合うことを恐れていた家族と、四六時中一緒の時間を過ごさなければならなかったからだ。両親と兄とわたしの四人家族は仲が悪いというほどではなかったが、わたしが子どものころは父が外でひそかに借金をしており(「ひそかに」という割に、家族のものはみんなそのことを知っていた)、それもあってか父は家のなかではお酒を飲みすぎ、家の空気はいつも悪かった。
元日には父が家族に対して、お屠蘇を一杯ずつふるまうのだが、普段尊敬されているわけではなかった父が家長として座っている姿は空疎な感じがして、毎年早く過ぎてほしい時間だった。お屠蘇はそのうち日本酒に変わり、食事がすんだあとも、父は一人で飲み続けていた。
酔うと最後にはかならず機嫌が悪くなり、声が次第に大きくなる。よしお――っ。階下から聞こえてくる声には耳をふさぎ、なんでこんな家に生まれてきたのかと、いますぐどこかに飛び出したい気持ちになった。
父の作った借金は、阪神淡路大震災という未曽有の災害をきっかけとして、思わぬかたちで解消された。そのころ兄とわたしはすでに家から出ていたので、両親はそれまで住んでいた家を売り払い、同じ神戸市内でも下町の小さな家に引っ越しをした。その小さな家に引っ越してからは、父は人が変わったように穏やかになり、酒を飲むと大きな声を出すかわりに、自分の内にこもるようになった。

ジャンプはまだ読んでるんか。酒で肝臓を悪くし、入院することになった父を見舞いに行ったとき、父は言った。「ジャンプ」とは『週刊少年ジャンプ』のことで、わたしの子どものころは電車で漫画雑誌を読む人がまだ多かったから、毎週月曜の帰宅時には、電車の網棚に誰かが置いていったジャンプを、父が持って帰ってきたのだ。
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◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2026年10月9日(金)~ 2026年10月27日(火) 本屋Title2階ギャラリー
本と果物
異なる重力と文法で存在する
二つの有機体の出合い
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本屋Titleでは久しぶりとなる、nakabanの個展を開催します。
丸いりんごを見つめてみると、それ自体がひとつの小宇宙のような、吸い込まれる魅力を感じます。そして齧ってみるとどこまでも甘く、その甘さにはなつかしさも含まれている。
それならばイチジクはどうでしょう? 洋梨は? 葡萄なら?
農家により丹精に育てられた果物は宝石のようだとnakabanさんは言います。
本展では、そうした果物の隣に本を置きました。本も小さな紙の束に無限の世界を宿しているからです。実際にnakabanさんが描いてみたところ、個性的な装丁の新刊よりは、少しくたびれた古い本のほうが向いていたようです。
会場のキャプションには、果物とその隣にある本のタイトルを明記します。
絵に寄せた無名の数篇の詩も展示します。その意外な響き合いをお楽しみください。
◯2026年10月30日(金)~ 2026年11月16日(月) 本屋Title2階ギャラリー
中央線沿線が気になって最初に住んだのは西荻窪。それから2回引越しをして、30年以上この界隈に住んだ。なかでも長く住んだのは吉祥寺で、井の頭公園は目を瞑っても歩ける気がする。
中央線は高尾や奥多摩から遠くアルプスまで私を運んでくれた。山へ行くようになったのは、ここに住んでいたからかもしれない。
この春、そんな住み慣れた武蔵野を離れた。その頃を想いながら制作し、カレンダーを作りました。
秋の武蔵野に足を運んでいただけましたら幸いです。
◯【お知らせ】
新刊『本とねこと青い自転車』が発売されました。
著:辻山良雄
挿画:坂本千明
版元:信陽堂 /208P 四六変形判ハードカバー
様々な媒体に寄稿した文章をもとに編んだ小さな随筆集。加筆修正後、書き下ろしも多数加えました。子どものころから本の仕事に出合うまで、様々に関わった街のこと、ともに暮らすもののことなど、わたしという一本の木が育つまでのことについて。何度も推敲を重ね持てる力を注ぎ込みました。ぜひ読んでみてください。たくさんの挿画を寄せてくださった、坂本千明さんの版画もすばらしいです。
NEW!!〈わたし〉の声を探す──加藤典洋と黒人神学から学ぶ自己探求の読書
|〈わたし〉になるための読書(11)「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
大きな存在(「先生」)との葛藤を通じて、いかにして「じぶん」の言葉を見出すのか。日常から離れ、深く自分を見つめるための2冊を、今回はご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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