
子どものころは、毎年正月がくるのが憂鬱だった。学校という社会を離れ、普段は向き合うことを恐れていた家族と、四六時中一緒の時間を過ごさなければならなかったからだ。両親と兄とわたしの四人家族は仲が悪いというほどではなかったが、わたしが子どものころは父が外でひそかに借金をしており(「ひそかに」という割に、家族のものはみんなそのことを知っていた)、それもあってか父は家のなかではお酒を飲みすぎ、家の空気はいつも悪かった。
元日には父が家族に対して、お屠蘇を一杯ずつふるまうのだが、普段尊敬されているわけではなかった父が家長として座っている姿は空疎な感じがして、毎年早く過ぎてほしい時間だった。お屠蘇はそのうち日本酒に変わり、食事がすんだあとも、父は一人で飲み続けていた。
酔うと最後にはかならず機嫌が悪くなり、声が次第に大きくなる。よしお――っ。階下から聞こえてくる声には耳をふさぎ、なんでこんな家に生まれてきたのかと、いますぐどこかに飛び出したい気持ちになった。
父の作った借金は、阪神淡路大震災という未曽有の災害をきっかけとして、思わぬかたちで解消された。そのころ兄とわたしはすでに家から出ていたので、両親はそれまで住んでいた家を売り払い、同じ神戸市内でも下町の小さな家に引っ越しをした。その小さな家に引っ越してからは、父は人が変わったように穏やかになり、酒を飲むと大きな声を出すかわりに、自分の内にこもるようになった。

ジャンプはまだ読んでるんか。酒で肝臓を悪くし、入院することになった父を見舞いに行ったとき、父は言った。「ジャンプ」とは『週刊少年ジャンプ』のことで、わたしの子どものころは電車で漫画雑誌を読む人がまだ多かったから、毎週月曜の帰宅時には、電車の網棚に誰かが置いていったジャンプを、父が持って帰ってきたのだ。
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◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2026年2月27日(金)~ 2026年3月16日(月) 本屋Title2階ギャラリー
霧やもやをテーマにした新作の版画展。霧に包まれた幻想的な風景や、ぼんやりと現れたり消えたりする幻のようなものをイメージして描きました。今回の展示では、版を分けて奥行きを出し、輪郭をぼかして刷ったりするなど、あらたな制作方法にもチャレンジしています。
版画の展示・販売のほかに、これまで作ってきた手製本やポストカードなども並びます。ぜひご覧いただけましたらうれしいです。
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
養生としての〈わたし〉語り|〈わたし〉になるための読書(8)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。














