街のありふれた食堂「食堂キング」を舞台に、中年女性・サチコのささやかな成長を描いた、群ようこさんの最新長編小説『サチコ』。その冒頭部分を、地方新聞連載時に添えられた、阪口笑子さんの温かい挿画とともに、お届けします。

店主はしゃべり続けるおかみさんの言葉に、ずっとうなずいている。
「うちは十一時に店を開けて、三時から五時まで昼休みね。そして五時にまた開けて夜の十時までなんだけど、大丈夫かしら」
彼女は急にサチコのほうに向き直った。
「はい、わかりました」
「賄いもあるから昼や晩御飯は心配しなくていいわよ。ただし昼はゆっくり食べられるけど、夜はお客さんの様子を見ながらだから、少しせわしないけどね」
サチコは相変わらず、明るく愛想のいいおかみさんに、
「昼休みは、家が近いのでいったん帰ってもいいでしょうか」 と小声で聞いた。
「かまいませんよ。最初は疲れるかもしれないから、お昼を食べて昼寝をして、また五時に出てくればいいわよ」
にこにこしながら申し出を受け入れてくれた。
「そういうときに、家が近いっていうのはいいね。前にお客さんがここの駅前にある会社をやめて、次の会社が決まるまで手伝ってくれたことがあったんだけどね。通うのに一時間かかっちゃって、持つのかなあって心配したけど、やっぱりだめだったね。会社に通うには平気だけど、どうしてもやりたいアルバイトならともかく、そうじゃなければきついんだよ。時間通りに来ないと、こっちは途中で何かあったのかなって心配になるしさ。まあ、今はスマホがあるから、その点は気楽になったけどね」
今度は店主が話しはじめた。ああ、そうだったんですかといったサチコに、
「駅ビルのところに大きな看板があるでしょ。あの消費者金融に勤めていたの」
とおかみさんが横から口を挟んだ。サチコはまた、
「ああ、そうだったんですか」
というしかない。三人が曖昧な笑いを浮かべつつ、しばらく沈黙が流れた後、サチコは店内の壁の時計を見上げ、
「すみません。昼休み中お邪魔してしまって。あの、結果は採用ということでよろしいんですよね?」
と切り出した。すると彼らは顔を見合わせ、
「こっちは来週から来てもらうつもりでいるけれど」
とおかみさんが真顔でいった。
サチコ

両親が残してくれた1DKのマンションで一人暮らし。内向きで、控えめで、読書さえしてれば幸せ。「褒められもせず、苦にもされず」が生きるモットー。そんなサチコが55歳で長年勤めた職場を早期退職し、自宅から徒歩3分の「食堂キング」でアルバイトを始めた。初めての接客が不安なサチコだったが、気のいい店主夫婦やユニークなお客さんたちに囲まれ、遅ればせながら人生の色々を学んでいく。けれど、店主の腰痛が長引いて、キング閉店の危機が……!? ときにじんわり、ときにほろ苦く、どこか滑稽で――。ささやかな人生の豊かさを味わえる長編小説。











