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夜のオネエサン@文化系

2019.11.01 更新 ツイート

不気味なほど美しいマザー・マイ・ラブ~血の轍鈴木涼美

宗教思想を問わず友達はつくった方がいいと思うけど、結婚となると改宗の必要がある宗教もあれば、支持政党の違いはゆくゆくは住居地の違いなどにも繋がるので、はじめから切り捨てないまでも最初から聞いておきたい。

『バチェラー・ジャパン』の新シーズンをザッピング気味で見ていると、せっかく話す機会があっても誰も宗教や支持政党の話をしていなくて、いくらかっこよくたってまさか君たちもし相手が自民党支持者だったら結婚なんてできるのか? と不安になるよね、という話で先日仲良しの編集者と盛り上がった。怖いから聞かないというのもあるのだろうし、色眼鏡で相手を見たくない、差別意識の強い人間であると思われたくない、自分の方に打ち明けたくない理由がある、などいろんな事情があるのだろうが、やっぱり特に日本版では、基本的に宗教的制約が少なく、見た目が似通った人の多い国に生まれた人の、隣の人の家にも神棚と仏壇がありそうだしその隣の人も朝日新聞をとってるだろう的な安心感があるような気もする。

 

実際のところ私自身も宗教意識は極めて希薄で、東アジア系のメンズを恋愛対象にしがちなのも、単に中華系のイケメンが好きなのもあるけど、本人だけでなく両親の代くらいからそれほど厳格な宗教意識がない人が相対的に多いという理由もある。

ただ、実際には同じ国籍同士であろうと、同じ地で育った別国籍であろうと、似たような宗教観(というか非・宗教観)であろうと、友達を超えたパートナーになる場合に確認しておかなくてはいけない思想は山ほどある。そしてその一つに、家族や親というものをどう捉えているかの問題があるように思う。

俗に中国人は血縁への想いが強いとか、WASPは自立心が強いがカップル文化であるとかいう多少の知識はあるものの、では東京で生まれ育った者として、自分がどのような家族観の持ち主か、と言われてはっきり答えられるような材料は少なくとも私にはないし、日本語でこの文章を読んでいる人もそういう人が多いのではないだろうか。日本に育ったって、それなりに親に囚われて生きている。

かといって血縁こそ唯一の拠り所なんていう感覚もない。新しく自分がつくる家庭への想いだって漠然としたままだし、イエの概念が残るわりには夫婦間の議論などの習慣は極めて希薄だったり、友人や同僚とのコミュニケーションの方が活発だったりもする。

最近の親子ブンガクで話題だったのは、絵本『ママがおばけになっちゃった!』だろうか。事故で亡くなった母親がおばけになって子供のそばにいるということを描いた、とても単純ちょっと安易な子供向け絵本なのだが、なぜかそれが子供にトラウマティックな影響を与える、と物議を醸し、ネット上では対象年齢を引き上げる署名活動まで開かれている。

『ママがおばけになっちゃった!』(のぶみ 講談社)

怖いものや悲しいものを扱った表現に触れたとき、それを引きずるのは至極当たり前の現象で、同作を見て怖がる子供は、ウシジマくんを読んだ後に軽度の鬱や不眠を発症する風俗嬢に比べれば可愛いものであるような気もする。そもそも同作がそれほど重要だとも傑作だとも思わず、それがまるで発禁処分相当のように扱われる論調こそおもしろい。そしてその論調を作り出しているのは怖がっている子供自身のわけはなく、親なり親になることを想定している大人なりが問題視しているわけである。

親子の絆が自分の意志とは関係なく突然消滅する、ということに怯えているのか、あるいは全く逆に、自分が死んでも心残りとしての子供が存在し続ける、ということに怯えているのか。いずれにせよ自分の感じるその不快を、子供への影響という理由で遮断するほど切羽詰まっている現代の親というのが興味深い。まるで、ちょっとしたお菓子やおもちゃの行き違いすら、社会のせいにしてしまいたがっているかのようで。

親子関係というのはそもそもが大変グロテスクなものであるのは確かだ。自分と他者の境目は、言葉で言えば主語の違いであり、物理的には肌の内か外になるわけだが、親子の境目はそれほど明確ではない。こと女親に関して言えば、子供はかつては唯一自分と世界を隔てる皮膚の、内側にいた存在なわけだから。

そのグロテスクさを、不気味なほど美しいタッチの絵で描く漫画がある。押見修造による「ビッグコミックスペリオール」の連載『血の轍』だ。親戚の中で孤立し、息子にのみ執着を見せる母親と、そんな母親の姿にやや不安になりながらも、跳ね除けることはできない息子の、極度に共依存的な関係を描く作品だが、繊細な画力で描かれる時々豹変する母親がとにかく怖くて、大人の私でも軽めのPTSDを患いそうである。

『血の轍』第1集(押見修造 小学館)

共依存関係の外側として描かれる父親はいわゆる一般論を言う役目なのだが、それを外部の害悪として忌み嫌う母親が息子に求めるのは、気になる女の子からのラブレターを自分と一緒に破り捨てるような忠誠心で、そこに疑問を持ちときに反抗しようとする息子には、突き放したり追いかけたりしながら僅かな自立すら許さない。

あまりに怖くて現実味がないと言えばそうなのだけど、私たちは親子関係について言い当てるような言葉を持たず、それを探り当てようとする先にはこういった光景があってもおかしくない、という予感もある。愛しながら飛び立つ場所であるのか、常に自分を確認するために横にあって欲しいものなのか。自分が基本的にはそこで形成されるような性格のものなのか、あるいはそこ以外の場所でつくられる自分こそ重要なのか。親元から離れる際、あるいは子供をつくる際、少なくとも言語化してみようとする試みだけでもしておきたいと思う。

母娘の不安定な関係を題材にした女性向けブンガク、あるいは父殺しなどの父息子の間にある壁を扱った少年向けブンガクは数えきれないほどつくられてきたが、異性の親子を扱った名作は意外にも少ない。このグロさの正体を、明示せずに訴えているという一点においてすでに、「血の轍」は類を見ない成功作に思える。

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 実は超文化系女子でもある鈴木涼美さんが、映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から、世間を騒がしているアノ話題まで、オフレコモードで語ります。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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