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夜のオネエサン@文化系

2019.10.18 更新 ツイート

悪い男には誕生秘話、悪い女には?~ジョーカー鈴木涼美

私の友人たちというのは黙っていればイージーに人生を歩めそうな美貌や仕事、出自を持っているのに、黙っていることだけができなくて暴れて複雑骨折しているような人ばかりで、骨折の原因は、あえて選んだとしか思えないほど問題を抱えた男たちであることがほとんどだ。その中の一人である化粧の濃い年下の友人の背中には、バットマンシリーズで圧倒的人気を誇る悪役「ジョーカー」の大きな刺青が入っていて、ジョーカーを背負った女らしく、実に複雑で滑稽な骨折をしながら、気高く誇らしく生きている。

そんな彼女の背中で笑うクラウン化粧の悪役の誕生をオリジナルストーリーで描いた新作映画が話題だ。近年では『ダークナイト』でのヒース・レジャーがいろいろな意味で伝説的、ティム・バートン版ではジャック・ニコルソンが演じるなど、かつて多くの俳優が好演したジョーカー役は、ホアキン・フェニックス。私的にそれほど思い入れのない俳優だけど、監督が『ハングオーバー!』のトッド・フィリップスだし、寒い冬に向けてデートのフットワークは軽くありたいし、そこそこ軽い足取りで観に行った。

 

妄想と現実が正確に分類できない形で入り乱れた構成を含めて、物語はとても分かりやすい。20キロ減量して挑んだらしい、特に思い入れのなかった俳優は、奇妙な過去と不気味な病を抱えたコメディアンを見事に好演し、それが映画全体に説得力を齎(もたら)していたけれど、ゴッサム・シティでの貧しいシングルマザーとの暮らしや、心ない人から受ける暴行などの仕打ちは、『ダークナイト』におけるジョーカーの深みのあるカリスマ性や本質を鋭くつく問いかけを考えると、中盤までは些(いささ)かシンプルすぎるようにも感じられる。

そして彼が事故的に引き起こした事件が、貧しく報われない人々の心を掴む。暴動を起こす大衆はどこまでも切実かつ愚かで、資本家はあくまで毒々しく、社会に居場所がなく、排除され続けた者が一転、本人のほぼあずかり知らないところで、単純で力を持たない大衆を率いるカリスマとなっていく。カリスマ的な悪役は、かつては誰よりも痛みを受けた、ただの人間だったのであり、社会に対する真っ当な怒りと理由を持って、悪という姿に変貌した。かなり終盤に迫るまで、映画は納得のできる怒りと、必然的な狂気を粛々と見せてくれる。

漫画や映画の悪役的な人が時にヒーローより人気を得るのは珍しくないが、その誕生のものすごくちゃんとした論理が、主に過去を使って描かれるのは、男の子っぽい。『WORST』の天地寿は幼い頃に父親が仲間の裏切りによって失脚して自殺、親戚中をたらい回しにされた過去があるし、ダース・ベイダーもやや強引なエピソードを持ってダース・ベイダーになるし、『キングダム』の憎々しい敵役たちにもおぞましい過去の記憶なんかが結構ある。

少女漫画の悪役にも、複雑な家庭環境などがある場合がなくはないが(『きみはペット』とか)どちらかというと、敵役もツンケンしているだけで実はいい子だったり、あとで改心して可愛くなったり、言えない気持ちがあったから意地悪に見えただけだったりするオチが多い。『君に届け』もそうだし、『天使なんかじゃない』もそうだし、『ママレード・ボーイ』も『ストロボ・エッジ』も『ピーチガール』も、みんな敵役は実はすごく可愛い。

女の子が、「あなたと私」の関係性を重要視するのに対して、男がチームや組織や社会を重視せざるを得ない性質で、その分、自分らを内包する大きな社会に対する畏怖が大きいという理由もある。だから、悪いのはお前じゃない、お前をそんな風にした社会だ、という論理はみんながとても気持ちがいい。

それから、男の子は怖がりだから、冒険家の多くが未知の世界を未知のまま放置しなかったように、理解しがたいものを理解しがたいまま放置せず、「解明」したがるというのもある。理由ある暴力より怖いのは理由なき暴力であって、理由なき暴力の理由を解明してしまえばそれは理由ある暴力になって怖さが減退するからだ。

その場合でも一番大きいのは、男の子の世界には善と悪、勝者と敗者があるからなんだろうとも思う。

フィクションに、なるべく、根っから悪いやつはいない、というロマンチックと、どんな人も何かの間違いで悪くなってしまう、という真理を求めるのは男女ともそうなのだけど、敵役の過去や出自や取り巻く環境に、その悪が正当であることの理由を求める男の子たちに対して、敵役が多面的であるという展開の方がすんなり受け入れられる私たちは、きっと世の中のスケールは角度によっていかようにも変化して、こちらの場所で有効だった価値が、あちらの場所では全く使えない、ということを身をもって知っている。

だって、勝ち負けなんて言ったって、何レースで走っているかによってあまりに結果が違うし、善と悪と言ったって、正しさがくるくる変わる世界を行ったり来たりせざるを得ない女にとっては、場面的刹那的に過ぎないのだ。

昔、東大生の女の子数人を集めてホステス修行させるというテレビ番組の企画があって、東大の1年生とかで、多分他のキャバ嬢と比べて偏差値が1億くらい勝っているはずの女の子が、ホステスとしてなかなか評価されなくて、最後は必ず全員泣いて終わっていた。家では子供を優先しなくて全然帰ってこない悪い母親でも、勤め先の商社では後輩思いで仕事もできる良い上司になる。

高校を卒業するときに、あなたは何に重きを置いて社会に出ますか、なんていう気の利いたことは聞いてもらえないから、私たちは何となくそのときに魅力的に見える世界の価値をインストールしがちだけれど、その後はずっと一貫性なんて気にして生きていないので、手にして磨いてきた価値が全く通用しないステージの上に立たされて、自信も体面も自尊心もボロカスに剥ぎ取られるなんていうことは日常茶飯事だ。

年齢やキャリアが邪魔になる場面と、経験こそ評価される場面と、軽やかに飛び回れる自由はあっても、全ての場面に適応可能な超能力は持っていないわけだから、それは一つの社会で納得いかないまでも敗者にならないよう踏ん張る男の子とだいぶ違う。私たちが欲しいのは誕生秘話というよりは、ここではダメダメなあなたが他のところでは魅力がちゃんとあるの知ってるよ、という声だったりする。

で、だから私はジョーカー誕生秘話を男の子っぽいなと思いながら観ていたのだけど、最後に、一つまた現実と虚構の間で、観る者を混乱させる仕掛けがある。すっきり気持ちよくなっていた男の子たちをまた不安にさせるようなラストに、怖がりな男の子たちを不憫に思いつつ、やっぱり愉快な気持ちで映画館を出た。

*   *   *

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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