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夜のオネエサン@文化系

2019.10.03 更新 ツイート

ゴミを生き抜いた後、本当のゴミみたいな日常が始まった~狼煙が呼ぶ鈴木涼美

塚本邦雄は生前、自分の歌の価値を原稿用紙の枚数に換算して褒められると喜んだというのを聞いたとき、私はなんか下品な男はあんまり好きじゃないんだけど、それでも本屋や文芸誌や文学市場で散文が持つ圧倒的な存在感と優位性に悔しさみたいな感情があったのだとしたら、それはなんかちょっといたたまれない気もした。たった31音のこの歌は、原稿用紙2000枚のあの長編小説と同じだけの価値がある、と文字にするとやっぱりちょっと下品なのだけど。

曙町の喫茶店でそんなことをなんとなく思い出したのは、30分後に観る予定の映画が16分で1800円という、塚本もびっくりのぶっ飛んだ価格設定だったという理由がもちろんある。眼球切るシーン以外特に覚えていない『アンダルシアの犬』より5分も短い。ジャック&ベティの会員割引も他の上映館の曜日・深夜割引も適用されず、下品に値段で割れば1分112円で、先月観たタランティーノの新作は161分で、深夜割引で観たから1分8円だった。

 

チケットと一緒に渡された狼蘇山のお札は「火防盗賊除」そして「枷鎖難除」と記してあって、サーカスティックだなと思ってちょっと笑えたのだけど、ここから歩いていける距離に住んで、破滅的なことをして膨大な暇と戦っていた頃の自分の額に貼ってあげたくなった。

横浜のちょんの間が一掃される直前、19歳の私はなぜか特に縁のない関内に流れ着いて、ダサいスリップワンピで接客したり、店で知り合った自称社長と汚いホテルに行って危うく乳首に穴を開けられそうになったり、クラブで渡されたおかしな玉のせいで盛大に嘔吐したりしながら、5畳半の部屋で暮らしていた。

割れたガラスのゴミがキラキラして見える道にあるマンションの3階にあった部屋には、私がもともと持っていたようなものはなくて、化粧品とお酒の瓶と安っぽい服だけを詰め込んで、色々と不足はあったけど、少なくとも汚れる自由と間違う自由だけはたくさん持っていた気がする。

今思えば別に、若くて女で生きてた、という以外に特記すべきことなんてなかったのだけど、自分は自分が思っているよりずっと凡庸だということも、プチ逸脱を繰り返したところでさらに凡庸になっていくことも、カメラの前で裸になったところで自分が特別になることなんてないことも、絶望に値するほど大ごとで、絶望しているからこそ割と明るかった。

プロの男優にベッドで言われるセリフにもイライラして、監督に「イキ方が面白くない」と怒られては傷ついていたけど、実は結構毎日は楽しくて、だからおかしな精神分析で自分たちのことを説明されるのは大っ嫌いだった。勝手に説明したり勝手な言葉を当てはめたりしてくる人なんて懲役になってしまえと思っていた。

そういう子供っぽい私はだから、限られたものしか受け付けなかったのだけど、『ナイン・ソウルズ』を観たのはその、本も読まなければ音楽も聴かずテーブルでご飯食べることもベッドで眠ることもあんまりなかった頃だ。

女子高生の時、初めて男の勃起した性器を見たトイレのある渋谷のツタヤでたまたま目についた『ポルノスター』は、大人たちが言葉で説明しようとしてくる街に言葉を当てはめようとなんてしなかったし、理由や理屈がないものは最後まで理屈なきままに描ききって放置してくれる大人の男の人がいることは私には心強かった。

9人の脱獄囚を描く映画にもやっぱり暴力の説明はなくて、平凡なくせに器用で生きるのが巧みな弟が、脱獄してきた元引きこもりの兄に「そんなに生きるのが辛いか?」と言い捨てて殺されていくのが私には甚(いた)く魅力的だった。自分が果たしてどっち側に立って観ているのかはちょっとよくわからなかったけど、それに私は殴る男とかは嫌なんだけど、そして数年後に逮捕されたのは私たちを勝手な言葉で括って語っていた大人たちではなくて、若さを軽蔑せずに映していた監督の方だったけど、全部私には結構どうでもいいことだった。

このほど全国のミニシアターで一斉に公開された16分の短編映画『狼煙が呼ぶ』は、監督の豊田利晃が、自身の銃刀法違反容疑での逮捕、不起訴となった経緯とその際の世間の反応への返答として企画したといい、実際に豊田が自宅で保管していた祖父の形見の拳銃と同型の拳銃が現代日本の家屋の引き出しから見つかる場面で幕を開ける。

そんなメッセージ性が強そうな経緯で作られている作品だけど、説明的なところがほとんどないのは彼の多くの作品と同様で、加えて台詞もほぼなく、爆音で尺八が鳴り響く中、ものすごく綺麗な緑色の藪に次々に立ち現れる侍たちと宮本まさ江が担当した衣装が完璧に映えて、何となく逮捕の珍事があってのこの画なのか、この画が撮りたかったから珍事を利用したのか、と分からなくなるチャーミングさも兼ね備えつつ、拳銃が過去として閉じ込めたその美しい画自体が、現在という地点を俯瞰するラストに繋がった時に、かなりはっきりした皮肉にもなる。

正直ワタシは今年の逮捕をニュースで見た時、自宅にある拳銃が抱えていた物語は知らないし、動かないほど古いものだったのも知らないし、作品に寄せられたコメントにある「想い」がどれだけのものだったかも全く知らなかったけど、それでもそれがそんなに大ごとだなんて思ってはいなかった。私は私が自分を語る言葉も読みたいと思うものもなかった時に、それでもギリギリのところで結構バランスとってしまっている自分の、もっとずっと深く破滅していく先をフィクションで描いていた人に常軌なんていうものは期待してもいなかった。

大体、拳銃の所持なんて覚せい剤所持以上に被害者なき犯罪に思えたし、ガンマニアだったのか小道具に拘りすぎたのかくらいに思って、作品の名が揺らぐなんていう考えは一切脳裏をよぎらなかったのだけど、どうやら世間はそうではなかったらしい。

自分の信じている善なんていうものが極めて流動的だという視点がなければ映画なんて楽しめないと思うけど、知らない男に抱かれた身体で豊田作品を観ていた私に必要だったのは正義でも権利でもなかったのだけど、一般的な意味での正義や善というものを頑なに信じられる人にとっては、それは攻撃対象となるような事態で、どうやらそういう人は思っているよりも多いらしかった。

それについて当事者である映画監督は、一本の短い映画作りを決意するほど声がかき消される想いをした。それは残念なことである。しかし、とても心強いことでもある。彼の想いに応えた役者や製作陣は力強く、短編映画で1800円という、それ自体が強い批評性を持つほど異常な価格設定の同作を全国のミニシアターは30館以上が一斉上映に乗り出すという狂気にも似た態度で歓迎した。藪の中は本当にめちゃめちゃ綺麗だったし、爆音の和楽器はめちゃくそかっこよかった。

初期の豊田作品になかったはっきりと嫌味を言うようなラストシーンに、横浜にいた頃の私だったらちょっと怒られた気分になっただろうけど、今の私は変な男に渡されたあやしいものは口に入れないし、月の半分はちゃんと家のベッドで寝ているし、税金も払って年金も払って、壊れる方向に行くことで特別になれるかもなんていう希望ももう持っていない。

ゴミみたいな世界を生き抜いてやったぜみたいな気持ちと、なんか大人になっちまったなという気持ちで生きているから、そんな風に終わる16分の世界はちょっとずっしりしていた。燃やされてチリにならず、大切なものを盗まれず、鉄の檻に閉じ込められないよう祈るお札は、やっぱり1分1万2000円でカメラの前で尺八していた19歳の頃の私ではなく、今の自分の額に貼った方がいいような気がして、フェンディのバゲットに入らないから、そのまま手に持って家に帰った。

鈴木涼美『愛と子宮の花束を~夜のオネエサンの母娘論~』

「あなたのことが許せないのは、 あなたが私が愛して愛して愛してやまない娘の 身体や心を傷つけることを平気でするから」 母はそう言い続けて、この世を去った――。 愛しているがゆえに疎ましい。 母と娘の関係は、いつの時代もこじれ気味なもの。 ましてや、キャバクラや風俗、AV嬢など、 「夜のオネエサン」とその母の関係は、 こじれ加減に磨きがかかります。 「東大大学院修了、元日経新聞記者、キャバ嬢・AV経験あり」 そんな著者の母は、「私はあなたが詐欺で捕まってもテロで捕まっても 全力で味方するけど、AV女優になったら味方はできない」と、 娘を決して許さないまま愛し続けて、息を引き取りました。 そんな母を看病し、最期を看取る日々のなかで綴られた 自身の親子関係や、夜のオネエサンたちの家族模様。 エッジが立っててキュートでエッチで切ない 娘も息子もお母さんもお父さんも必読のエッセイ26編です。/p>

鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ~夜のオネエサンの幸福論~』

まっとうな彼氏がいて、ちゃんとした仕事があり、昼の世界の私は間違いなく幸せ。でも、それだけじゃ退屈で、おカネをもらって愛され、おカネを払って愛する、夜の世界へ出ていかずにはいられない―「十分満たされているのに、全然満たされていない」引き裂かれた欲望を抱え、「キラキラ」を探して生きる現代の女子たちを、鮮やかに描く。

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 実は超文化系女子でもある鈴木涼美さんが、映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から、世間を騒がしているアノ話題まで、オフレコモードで語ります。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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