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本屋の時間

2019.10.15 公開 ツイート

第70回

10月1日前後のこと 辻山良雄

撮影:平野愛

その日の朝は起きぬけにパソコンを立ち上げ、WEB SHOPを確認した。見慣れない税込価格の本が並んだページは、自分の店のものとは思えず、一夜のうちに世界が変わってしまったことを実感させられた。WEBSHOPやレジ周りのアップデートは滞りなく行われたようで、その周到さがその日はとてもうらめしかった。

 

 

9月に入ってからだろうか、消費税率が変更される10月1日が間近に感じられるようになると、店に来る人の姿にも変化が見られるようになった。それはどこか元気がなさそうで、しょんぼりとして見えたのだが、こちらも同じように感じていたせいかもしれない。

夜帰宅してテレビをつけると、どのニュース番組も連日ワイドショーのように、複雑な増税後の変化について伝えていたが、確かに毎日このような番組を見続ければ元気もなくなるだろう(プロパガンダは案外簡単に、悪気もなく行われる)。不思議なもので10月に入って少し経った頃のほうが、人の姿にも平穏さが戻ったように思えた。
 

小売業の立場からすれば、このたびの増税はマイナスの影響しかない。店の運営に関わる経費が上がる一方、お客さんの財布のひもは固くなる。ここ何年かで見られた消費傾向が強まることは間違いなく、「なんとなく……」といった衝動買いは減り、必要なものだけを厳選して買う人が増えるだろう(これは本に限った話ではない)。

そのようなこともあり、10月に入ると誰も店に来なくなるのではないかと、ひそかに心配をしていたのだが、実際にはそれまでと同じように人がきて、同じような買いものをして帰っていった。それは少し意外なことでもあったが、商売は利便性だけではないのだなとあらためて思った(だって「なんとかペイ」も使えない不便な店だから)。価格やポイントで人を呼ぶことには限界があるし、それだけが価値ではないと思っている人も、世のなかには少なからずいるのだろう。


来てくれた人に対し、心で手を合わせながらも、〈本〉の価値を伝える本質的な仕事が、これからはますます求められるのだと思いを新たにした。

 

 

今回のおすすめ本

『本を読めなくなった人のための読書論』若松英輔 亜紀書房

本を読めないときは、無理して読む必要はない。読んだ数を誇るわけでもなく、ことばが身体に沁みていくときを待つ。救われる人も多いであろう、これまでになかった読書論。

 

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

○2024年3月1日(金)~ 2024年3月18日(月) Title2階ギャラリー

 ON THE CORNER
 ❝Yosuke Omomo❞ Solo Exhibition

大桃洋祐さんのこれまでの画業をまとめた『ON THE CORNER 大桃洋祐作品集』(玄光社)の刊行を記念して、同作品集に収録された作品を中心に、原画やポスター作品を展示いたします。
会場では、作品の展示販売のほか、昨年開催された個展「Walk around my town」で発表された「街角」シリーズを、今回はじめてポスター・ポストカードにして発売します。大桃さんとTitleのコラボレーション企画もあり。センスとユーモアと本にあふれた「まち」に、ぜひお越しください!


○2024年3月22日(金)~ 2024年4月9日(火)Title2階ギャラリー

『おんがくは まほう』村尾亘 原画展

NHK交響楽団の特別コンサートマスターを務めるヴァイオリニストで、“マロさん”の愛称で親しまれる篠崎史紀さんによる初の絵本『おんがくは まほう』。本書の刊行を記念して、絵を手がけた村尾亘さんの原画展を開催いたします。村尾亘さんの描く絵は、音楽をたのしむ動物たちが生き生きとしてとってもかわいいです。今回の原画展は、色鉛筆と水彩絵の具で丁寧に描かれた絵を、間近でじっくり楽しめるまたとない機会です。絵の素晴らしさ、音楽の楽しさをぜひ感じてください。


黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編


【書評】
『自由の丘に、小屋をつくる』川内有緒著(新潮社)
ーーDIYで育む 生き抜く力[評]辻山良雄

東京新聞

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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