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副作用あります!?人生おたすけ処方本

2019.10.03 更新 ツイート

#4 恋愛をしたいときに読む本三宅香帆

厳しい現実社会を生き抜く私たちには、悩みが尽きません。そんな私たちにオススメなのが、ズバリ「読書」なのです!
9月19日刊行、三宅香帆さんの『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』は、人生のお悩みに合わせて「よく効く本」を処方してくれます。本書から、こんなときにはこの名著、というお話を少し、ご紹介いたします。
 

*   *   *

 

恋愛をしたいときに読む本:田辺聖子『言い寄る』(講談社文庫)

効く一言:私は五郎の気立てや心がらだけでなく、肉体も好きなのである、と分る。

 

なんだか最近、恋愛がどんどんファンタジーになっている。
いや自分が恋愛から遠ざかってるという意味ではなく(知らんけど)、世の中と「恋愛」との距離感が妙なものになっている、ように見える。恋愛小説も恋愛ドラマも恋愛映画も、なんだか普通のファンタジーよりもファンタジーっぽい。「みんなが好きなラブってこういうものですよね~!」と差し出されているような。ハリー・ポッターと月9は同意語ではないか。
現実にある恋愛が、どんどん空中分解しているように、見える。

それに伴って、恋愛小説がどんどん減っている。ただのOLさんが恋愛する話が、ドラマと漫画の中だけのものになってしまった。小説では、世界が滅亡しかけたり男女が逆転したり青春時代だったり、何らかの変わった設定のもとで恋愛する話しか見ない。ふつーの会社員がふつーに恋愛する話、それだけじゃ小説にならない。本屋さんに行くと、そう言われている気分になる。
と、言いつつ、田辺聖子のこんな発言に私は深く頷いてしまう。

 

『言い寄る』は、週刊誌連載の作品でしたが、あの当時は小説雑誌がわっといちどきに創刊された頃でした。
そんな熱気の中で、私は手ざわりのいい、新しい恋愛小説を書いてやろう、と思っていました。
ボーイ・ミーツ・ガールのお話ではあるんだけど、会話するうちに、ビビビ……、と何かが働いて「あの子、なんや変わっとるな」「なんだか面白そうやな」と言いながら、男の子と女の子が、互いに、どこが好きか、どこに魅かれたか、ということを発見していく小説、会話がぽんぽんとかわされて、頁をめくるいとまも惜しいというような小説こそが、恋愛小説だと思っていたから。(『言い寄る』あとがきより)

ページをめくるのがもどかしくて、会話が魅力的で、男女が素敵に描かれる小説。それが、たしかに「恋愛小説」の醍醐味であるはずなのだ。

あとがきに書かれた田辺先生の発言通り、『言い寄る』という恋愛小説はまさに「男女が出会って」、読者がページをめくるのも惜しい小説となっている。ええー、どうなるの、えっこっちの男と寝るわけ、ひゃーなんかまた人物出てきた! と気を揉むうちに、主人公の「うふふ」という微笑みに自分もつられて微笑んでしまう。

(iStock.com/Tasiania)


主人公は、二十八才関西在住のデザイナー。五郎に片思い中。しかも彼女は恋愛に慣れているのに、どうしても五郎とは「そういう雰囲気」にならない。恋愛も仕事も趣味もたっぷりあるのに、一番欲しい五郎とは、妙にタイミングが合わない。そのやりとりがもどかしく、読者も思わずページをめくってしまうのだ。

昔はこんなことはなかった。二十一、二のおぼこ娘のころは、何ともなく「ゴロちゃん」が好きなだけであった。
そのくせ、私と五郎のあいだは、何のつながりもなしに、数年、絶えた。
「久しぶりに再会した」とさっき、簡単に言ったけど、それは、私が二十七、八のとき。
だから、それまでに私は、バタバタとあわただしく、男を経験していた。
だから、五郎を好きなのは昔とちっとも変らなかったけれど、それだけに、前よりもっと即物的に、具体的に執着が募っていった。
未経験の女の子というのは、想像の道すじがたたないから、もやもやとした恋情を、どう説明のしようもないのである。
しかし、経験ずみの女の子は、たなごころを指すように、自分がどうしたいのか、分るのである。
私は五郎の気立てや心がらだけでなく、肉体も好きなのである、と分る。
いい石鹸の匂いのしていそうな、がっしりとした清らかな体つき。中谷剛の挑発的な、彫像みたいに見事な裸体(それさえも、金持の傲慢とエゴを象徴している。金をかけ、うぬぼれをかけ、ひまをかけて鍛えた肉体美)とちがって、五郎のそれは、正直ですこしものがなしい肉体である。
そういう、無心の肉体が好もしい。

い、いやはや。こんなことをさらりと書けちゃうのが、恋愛小説のいいところ。恋にわーきゃーするんでもなく、世間を斜めから見下ろすような、さらりとした色気。
思えば、恋愛がファンタジーになってしまっているのは、恋愛を「なんかめっちゃすごいもの」と社会が扱うがゆえ、なのかもしれない。恋愛ってすごいらしいよ! 運命の人と出会えるらしいよ! ものすごく自分を変えてくれるものらしいよ! そんな幻想が強くなりすぎて、私たちは「ものすごい恋愛」を自分ができる気がしなくて、お金も時間もかかりそうな所業に躊躇してしまう、のかもしれない。
でもみんながしてることが、そこまで「すごいもの」であるはずもなく、『言い寄る』を読むと、適切な恋愛のサイズというものを思い出す。

「そんなに、あんた、甲斐隆之が好きなの?」
「どうして?」
「でも彼が好きやから、産むんでしょ」
「タアちゃんは関係ないわよ」
「へえ」
「あたしは元々、そう好きでもなかったんやわ、考えてみると。あたしはねえ……タアちゃん、なんて呼びたかったの。だから、タのつく男の子が好きになったのね」
なんてふしぎなことを言う女である。美々のいうのを聞いてると、よろしくない頭がよけい混乱する。ではタのつく男なら誰でもよかったのか。
「まあ、そんなものね」
と美々はすましていった。

「タ」がつく男だから好きになっただなんて、そんな簡単でえーのか、と読者も主人公と一緒に読者も吹き出しそうになってしまう。だけど私たち人類は、そんな些細なきっかけの末に子どもを産んだり一緒に育てたりするようになる。
そんなに「ものすごいもの」ではないはずだろ、恋愛って。たかが恋愛だろ。

ちょっとした料理を一緒に楽しんだり、週末に一緒に買い物へ出かけたり、ささやかな会話や、ちょっとした目配せが、恋愛なのであって。だけどそこに幻想や妄想を抱きすぎると、途端に重たく、苦しいものになってしまう。
恋愛を適正サイズに、それでいて「はあー恋愛上級者はこんなことを考えているのか」と、はうっとため息をついてしまう小説。
『言い寄る』に出てくる男なんて、ネットで見かけたら「クズじゃん」って思いそうなのに、実際に小説のなかで出会うと可愛げがあって、読者も主人公もてろんと許してしまう。

恋愛なんてしてもしなくてもいいと思うけれど、その先にあるものは、とろとろとした死海にただようカモメのような、くすくす笑いながら絵本をめくる子どものような、ちょっといい具合に煮込まれたカレーのような、そんなてろんとしたやさしさだろう。
『言い寄る』には、田辺先生の軽やかな関西弁で、やわらかく、可愛げのある生身の人々が描かれる。
恋愛なんて言葉に押し込めなくても、他人と接することこそが、私たちにとってのよろこびであるはずなのだ。

処方:読むとなぜか自分も「恋愛」に触れたくなる魔法の小説。恋愛の醍醐味を物語にするとこれになるのだなぁと思います。恋愛関係なく、心が渇いているときにぜひ。

 

*  *  *

 

著者の三宅香帆さんは、幻冬舎プラスで「ラブコメ!萬葉集」も連載しております!こちらも要チェックです。

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「○○なとき」→こんな本を処方、という形式で書評していきます。 《効用一覧》 ディケンズ『荒涼館』→「まっとうに生きよう…」と仕事へのやる気が起きます。 司馬遼太郎『坂の上の雲』→おじさんおばさんであることを受け入れられます。 浅田彰『構造と力』→恋のエネルギーを学問へのエネルギーに変換できます。 高野文子『るきさん』→残業で疲れきった夜も、なんだかご機嫌になれます。 風呂にはいりたくないとき→さくらももこ『たいのおかしら」、怒られた日の夜→豊島ミホ『夏が僕を抱く』、合コン前→『風と共に去りぬ』『アンナカレーニナ』、死にたいとき→立花隆『臨死体験』ほか。 ※効果には個人差があります。

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副作用あります!?人生おたすけ処方本

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三宅香帆

1994年生まれ。高知県出身。文筆家、書評家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。大学院にて萬葉集を研究する傍ら、2016年天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)がある。

Blog:https://m3myk.hatenablog.com/
Twitter:@m3_myk

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