店をやっているものとしては失格かもしれないが、実はお客さんの顔がなかなか覚えられないでいる。話に相槌を打ちながら、この人誰だったかなと思っていることはしばしばあるし、話しかけて怪訝な顔をされたと思ったら、思っていた人と違う人だったということも、これまでに何回かあった。
妻にそんな話をすると、店には似た雰囲気の人が多いからねと返ってきた。確かにある店を好ましいと思い来店する人たちのあいだには、似たような趣味嗜好が存在するし、置かれた環境も近いのかもしれない。個人経営の店では、並べている商品にあらかじめフィルターがかかっている場合が多いので、店内にはどうしても同質の空気が醸成されやすい。
だから「違う」人が入ってくると、その人はすぐに目立ってしまう。声のボリュームが違う、着ている服が違う、店内を見る視線が違う……。大抵の場合はその人のほうでもすぐに出て行ってしまうのだが、まれに話しかけられることもある。
ここにある本はわからない———
以前、店のなかを一回りしたあと、こちらをまっすぐ見て、そう言い残し出ていった女性がいた。突然のことでびっくりして返事はできなかったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。それは多くの人がこの店に対し、言わずとも思っていたことかもしれないし、そこにことばが残されたのは、何もなかったことにするよりもいいことだと思ったのだ。
客は行きたい店を選ぶし、店のほうでも、実は来てほしい客を選んでいる。わたしたちはそのようにお互いを選びあい、すぐ近くにあったはずの人生は、見えない遠いものへと変わっていく……。街に店を出すとは、「違う」人生に否応なしに触れることだが、本屋としてその人生に何ができるのかは、いまだ答えがないままだ。
今回のおすすめ本

偶然近所に住み、関わり合うことになった三人の女性たち。年齢や育ってきた環境を越え、彼女たちは分かり合うことができるのか……。自分の安全圏を離れ、他者とのあいだにある違いへと足を踏み込んでいく、勇気ある小説。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2026年1月10日(土)~ 2026年2月2日(月) Title2階ギャラリー
本屋Titleは、2026年1月10日に10周年を迎えました。同日より2階のギャラリーでは、それを記念した展示「本のある風景」を開催。店にゆかりのある十名の作家に「本のある風景」という言葉から連想する作品を描いていただきました。それぞれの個性が表れた作品は販売も行います。本のある空間で、様々に描かれた〈本〉をご堪能ください。
【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売中です】
本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えました。この度10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になりました。
各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。
Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
■書誌情報
『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』
Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】NEW!!
養生としての〈わたし〉語り|〈わたし〉になるための読書(8)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

本屋Title10周年記念展「本のある風景」











