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本屋の時間

2019.06.15 公開 ツイート

第63回

偶然をむすぶ町 辻山良雄

ある日、ウェブショップに届いた注文から、Fと書かれた見覚えのある住所を発見した。Fとは15年前、わたしが広島にいたときに住んでいた小さなマンションの名前だが、その住所は折に触れ何度も書いたので、地名や地番の並びは記憶していた。

何くわぬ顔で商品だけを送ることもできたのだが、そのままこの偶然を手放すことはためらわれ、商品と一緒に葉書を同封した。葉書には、むかしわたしもFに住んでいたこと、こうした偶然の出合いにほんとうに驚いていることなどを簡単に書き添えた。

 

 

先日、トークイベントで広島を訪れた。広島には3年ほど住んでいた時期があり、そのときは当時勤めていた書店チェーンの支店で、店長をしていた。着任してすぐ改装をすることになり(それも、店に着いてから聞かされた)、当時の広島では珍しかったアートやデザイン書、流行りつつあったライフスタイルの本を前面に打ち出した店に大きく変更した。その店を気に入ってくれた人も多く、仕事はおおむね楽しかったのだが、改装では店舗面積を半分にしなければならなかったので、それを機に店を離れるスタッフもいて、在任中はどこか負い目を感じながら過ごしていた。

その店はわたしが離れてからも営業を続けたが、数年前に閉店した。閉店の直前、もう一度店の姿を見ておきたいと思い、広島へと向かった。店のスタッフもほぼ変わらないままで(狭い町なのだ)、店長いつでもまた広島にきてくださいといわれそのときは気持ちが少し楽になったが、長く続く店の基礎を作れなかったことには悔いが残った。

今回のトークイベント会場となったREADAN DEATの清政(せいまさ)光博さんは、わたしが店長をしていた時代のL書店に、よく来てくれていたらしい。清政さんは、READAN DEATを開くまえは東京にいたのだが、Lが閉店するというニュースを聞き、広島に人が集えるインディペンデントな書店を開こうと決意したのだという。

自分の行ったことは何年か経ったあと、思わぬかたちで目のまえに現れる。清政さんの話はこれまでにも何回か聞いていたのだが、実際にREADAN DEATで改めてその話を聞くことは、とても感慨深い体験であった。
 


ウェブショップの商品に同封した葉書には、後日返事が戻ってきた。彼の返事には偶然をよろこぶ静かな興奮に加えて、その妻である女性と「初めて連れ立って出かけた場所」がTitleであったことが丁寧に書かれていた。わたしが店を開いてから、まだ3年半しか経っていないが、彼にとってもこの3年半は、節目といえるときだったのだろう。

生きているあいだには、誰かの人生に救われるときがある。返事を読みながら、店を続けていてほんとうによかったと思った。

 

今回のおすすめ本

『アウト・オブ・民藝』軸原ヨウスケ・中村裕太 誠光社

中心からこぼれ落ちたものにこそ、その本質がある。奉られた「民藝」の周辺に目を向け、膨大な資料を収集し、それを読み解きながら、その根本にある思想を探る。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2023年9月15日(金)~ 2023年10月1日(日) Title2階ギャラリー

それは奇跡かデタラメか?
コマツシンヤ『デタラメ研究所』刊行記念原画展

予測できないいまと未来をいきるすべてのひとにおくる “確率入門コミックス”『デタラメ研究所』の刊行を記念した、コマツシンヤさんの絵本原画展です。原画をたっぷり展示するとともに、コマツシンヤさんの描き下ろし作品も展示販売。また「奇跡と偶然」をテーマにしたコマツさんの書き下ろしエッセイの配布や、コマツさんがインスピレーションを受けた本もコメントともに展示販売します。


[New!!]
黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>

柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編

【書評】
書店「Title」店主が語る「読めば、力が湧いてくる」牧野富太郎のエッセイ集
『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)/評:辻山良雄

YAMAKEI ONLINE
 

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。https://www4.nhk.or.jp/shinyabin/
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>好評連載中!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2023年9月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が好評連載中。(連載は不定期。大体毎月、たまにひと月あいだが空きます)。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューする旅の記録。

 

 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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