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作家の人たち

2019.04.15 更新 ツイート

試し読みその1。

「押し売り作家」倉知淳

本格ミステリ作家・倉知淳さんが本格的に“ふざけた”(!?)最新刊『作家の人たち』から「押し売り作家」の試し読みです。

しつこい持ち込みで、大手出版社の文芸編集者たちを辟易させている「倉ナントカ」という、冴えない中堅のミステリ作家。果たして、彼の正体は――?

*   *   *

「どうもどうも、お待たせして申し訳ありません、失礼しました」

西日暮里太郎は小部屋に入りながら云った。小部屋は赤潮社の本館内にある面談用のものである。ここで作家やイラストレーターなど外部クリエーターとの打ち合わせをするのだ。

赤潮社は国内最大手の出版社のひとつで、西日暮里はその出版部に属する編集者である。

「こちらこそ、無理を云ってしまいすみません」

小部屋で待っていた面談の相手が、立ち上がって深々と一礼した。西日暮里はさりげなく相手を確認する。なるほど、出版業界のパーティーなどで見たことのある顔だった。年の頃は五十代半ばだろうか。冴えない容貌の中年男である。背が低く小太りの体型で、腹回りがだぶついているのに全体的に貧相な印象の人物だった。頭頂部も薄くなってきており、ぱっとしない外観には、そこはかとなく小物感が漂っている。名前は確か、倉──えーと、何だっけ、度忘れした。まあ、その程度の知名度の作家だ。確か、本格ミステリなどを書いているはずだったけれど、あいにく著書を読んだ記憶はない。

「わざわざご足労いただき申し訳ないです。本来ならこちらの方から伺うのが筋なんですが」

西日暮里が椅子を勧めながら云うと、

「いえいえ、こちらこそお時間を割いていただいて、すみません、お忙しいところを本当にどうも」

と、貧相な作家は、語尾をもごもごと消えさせる気の弱そうな喋り方で再度頭を下げ、腰を下ろした。

正直、あまり会いたいと思ってはいない西日暮里である。担当している某著名ミステリ作家に、どうしても一度会ってやってくれと紹介されたので、仕方なく時間を作ったのだ。

向き合って座り、少しだけ雑談をする。紹介者である著名作家の新刊の話や、近頃の出版界の景気動向など、当たり障りのない会話だった。

形ばかりの雑談が途切れたのを機に、本題に入った。中年作家は傍らに置いた大きな鞄から、紙の束を取り出した。B5判の大きさで、文字がプリントアウトされたものだった。

やっぱりか、と予測通りの展開に西日暮里は少し身構える。紙束の一番上の一枚に、仰々しいタイトルが印刷されていた。やたらと画数の多い一見読めない漢字を並べた題名だ。しかし今時『~~殺人事件』というセンスもどうかと思う。

「えーと、こちらは?」

と、西日暮里が少しとぼけて尋ねると、

「原稿です」

中年作家は大真面目な顔で返してきた。

「もしよろしかったら、そのう、赤潮社さんから出していただければと思いまして」

「うーん、そうですか。そういうご用件でしたか」

と、西日暮里は、判りきったことをたった今気付いたふうを装って云った。

「ご用向きは承知しましたけれど、ただ、まあ、何と云いますか、この出版不況のご時世ですんでねえ、えーと、その、弊社としても、出版スケジュールも色々と詰まっているというのが現状でして、要するにちょっと、今すぐに刊行するというのは若干厳しいものがあると云いますか何と云いますか、ははは」

笑って誤魔化そうとした。本音を云ってしまえば、すっぱりと断ってしまいたい話だった。だってこの人の本、売れたなんて噂は聞いたことないんだもんなあ、と西日暮里は考えていた。筆歴こそ二十五年近いが、代表作と呼べるものもなければヒット作にも恵まれない、はっきり云うとショボい経歴の作家だ。妙に遅筆なくせに、かといって何かこだわりがあって書いている様子もなく、毒にも薬にもならない類の本ばかり出している。赤潮社から本を出したこともないはずで、西日暮里自身も無論これまでに付き合いはない。今さらこの作家の本を出したところでなあ、というのが偽らざる心境だった。紹介者の売れっ子作家の手前、無下に扱うわけにもいかず、さてどうしたものか、と西日暮里は思案する。そして、とりあえず口を開き、

「今はもう、とにかく刊行点数さえ増やせばいい時代とは違ってきていますんでねえ。書店さんの棚にも限りがありますし、数打てば当たるというわけにもいきませんし。もしどうしてもお急ぎだというお話でしたら、別に弊社からの出版にこだわる必要もないかと思いますが」

「待ちます」

と、中年作家は、やけにきっぱりと云った。

「もし他の作家さんの本で出版スケジュールが詰まっているんなら、それが空くまでいくらでも待ちます。半年でも一年でも。こちらとしては出していただければそれで充分ですので」

腰を低くした口調で、作家は云う。媚びへつらうみたいな作り笑いが卑屈だった。

「そうですか、いや、お急ぎでないのなら、まあどうにかならないでもないんですけど、ただ、こればかりは私の一存だけで何とかなるものでもありませんので」

と、西日暮里は、言葉尻を捕らえられないように慎重に言葉を選びながら、

「上のゴーサインが出ないと刊行には至らない、という当社の不文律もありますしねえ。私がよくても編集長の方からダメが出るケースも少なくないわけでして、今回もひょっとするとそうなる可能性もなきにしもあらずで」

「ダメが出たら書き直します。OKが出るまで、何度でも」

「ええ、内容の方はそれでクリアできるとしてもですね、近頃は営業さんもどうにも厳しいんですよ、実際のところ」

「厳しいですか」

「ええ、そりゃもう。営業の方が云うには、とにかく売れる本を作れと、まあ、そういう無茶振りばかりで。話題性があって読者の目を引く本でなくちゃダメだ、と口うるさく注文をしてきましてね」

「私の久しぶりの書き下ろし、ということで一応の話題性は狙えるかと思いますが」

「なるほどなるほど、それはもちろん、あるでしょうねえ、話題性」

と、うなずきながらも西日暮里は、いや、この無名に近い作家の本がそういう点で話題になるとは到底思えないんだが、と考えつつ、

「ただ、私も担当している作家さんを抱えすぎているという問題もありまして、ちょっと許容量をオーバーしているというのが困ったところでしてね。せっかくのお原稿をお預かりしてもなかなか腰を据えて拝読する時間が取れるという確約は、ちょっとできかねると申しますか何というか、保証できないというのが現状でしてねえ」

何とか諦めて引き下がってくれないかなあ、と思いながら西日暮里が曖昧な言葉をのらりくらりと並べても、相手は食い下がってきて、

「もちろん待ちます、西日暮里さんのお時間が空くまでいつまでも待ちますんで、どうにかお目通しいただければと」

「そうおっしゃいましても、あまりお待たせしても申し訳ありませんから。どうでしょう、弊社だけにこだわる必要はありませんので、他社さんに回していただくこともご検討されては」

「はあ、そういう手もあるのでしょうけど、それでも待たせていただいてよろしいでしょうか。私は待ちます、一年でも二年でも、お手空きになるまで」

おもねるような口調で中年作家は云う。

そうしてしばらくの間「難しいです」「そこを何とか」という攻防を繰り返してから、

「では、一応お預かりするという方向で」

と、西日暮里は妥協するに至った。作家の粘り腰に押し負かされた形だが、もちろん原稿に目を通すつもりなどさらさらない。

西日暮里は念を押して、

「本当にお預かりするだけになるかもしれませんけど、構いませんね」

「はい、構いません」

「で、お原稿のデータはお手元にあるんですよね」

「ええ、一応」

「だったら何度でもプリントアウトはできますね。他社さんへの持ち込みも可能でしょう。こちらとしては、そういう形で決着しても一向に気にしませんので」

割と露骨に、待っていても無駄だとほのめかしたが、作家は頑なだった。

「ええ、それはそれとしても、待ちます。いくらでも待てますので、くれぐれもどうかよろしくお願いします」

本を出してほしくて必死なんだなあ、と西日暮里は同情しかけたが、いや、ここは心を鬼にしなくてはいけない、と考え直す。この作家の本を出版しても、こちらにメリットは何もないのだから。むしろ紙代と印刷代で赤字になるに決まっている。

このまま何となくうやむやにしてしまえ。

西日暮里はそう心に決めた。

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