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私がオバさんになったよ

2021.08.18 公開 ツイート

結婚とは、倒産させない前提の会社を二人で運営するようなもの【文庫化再掲】 ジェーン・スー

どうやら、人生は折り返してからの方が楽しいらしい。ジェーン・スーと、わが道を歩く8人が語り尽くした本『私がオバさんになったよ』が文庫になりました。あらためて、その一部を公開します。今回は大学で男性学を教える田中俊之さんとのお話。男性学とは、男性が男性であるがゆえに抱える悩みや葛藤といった問題を、社会構造や歴史的背景と関連づけて考察する学問です。

「女子は男子より下であるべき」というマインド設定

田 中  男性だけで集まると、結構話すもんなんですよ。話すだけで気が楽になるってことがあって。気が楽になることを男性は甘く見がちですけど、結構大事です。人の話をさえぎらない、人の話を否定しないというルールを設定すると、結構会話がはずみます。それだけ普段は、とりわけ男同士の会話では、さえぎられるかも、否定されるかもって構えているわけですよね。

ジェーン たしかに、男性は否定されることに対して弱い傾向があるような。

そういえば、「さしすせそ」(さすが、知らなかった、すごい、センスいいですね、そうなんですか)で女の人が男の人を気持ちよくさせるという話も三年前にしましたね。聞いた時はふざけんなって思いましたけど、それ以上に「女よりものを知らない状態は、男にとってそこまで屈辱的なのか」とも思いました。自分よりランクの低い女と付き合っていた方が努力せずに彼女を笑わせられるし、彼女の役に立ってると思える。そういう女性といた方が楽だと感じるのはただの怠慢だと思ったけど、あれから三年経って、これは耐性の問題でもあると。男女の繊細さ問題ですよね。繊細なところと雑なところがお互い違う。私も「そこはすごく繊細に扱ってほしい……」というところを雑に扱われてがっかりしたり、こっちはこっちで「そんなに気にしなくいいじゃん」って思った発言で相手にガーンとショックを与えてしまったり。

田 中  この間、学生に聞いたら、飲み会の時に女子が使う「あいうえお」があるそうですよ。「あげな~い、いらな~い、うごけな~い、えらべな~い、おせな~い」。「押せない」は酔ってる時にエレベーターのボタンすら「押せない」という意味だそうです。弱った姿を見せることがモテる秘訣だと。

ジェーン すごいスピードで時代が変わってますね。昔は「普通の女の子」と聞いたら男の子は「経験値も能力も自分より下」と思いがちでしたけど、今はそんな感覚もないんでしょうね。だからもっと派手に「あいうえお」で能力の欠如を自らアピールするのかな。つまり、通常設定として女子が上ってこと。「できません」と積極的にアピールしないとモテないのか。

変化のスピードが速くなってるのに、「女子は男子より下であるべき」というマインド設定は変わってないのが問題ですよね。これ、大きなうねりのなかに問題が点在しているように見えて、実はすべてつながっているような気がします。「さしすせそ」も「あいうえお」も男性の過労死が大きく報道されない傾向にあるのも、すべて各所で勃発しているように見えて、つながってる。

田 中  すべてジェンダーをめぐる問題ですよね。でも、それぞれが点としてしか認識されず、線になっていない。

恋愛と結婚は機能的に違う

ジェーン 先生はこの三年で結婚されてお子さんも生まれたじゃないですか。

田 中  はい。38歳まで独身でしたから、急激な生活の変化には自分でもびっくりします。

ジェーン 子供と女性がいるという家庭内ダイバーシティはいかがですか。

田 中  恋愛と結婚は機能的に違いますね。恋愛は非日常ですから不平等もスパイスになりますが、結婚は日常でフェアであることが大事です。恋愛と結婚を直線的につながるものと考えていると、失敗する可能性が高いと思います。さらに子供ができると、親という役割が増える。一人の人間が家庭のなかで夫と父親の二つの役割を演じないといけない。そうすると当然ですが、親子の関係が増えた分だけ、夫婦の関係は減ります。それを「愛情が冷めた」と受け止めると、ややこしいことになってしまいます。

ジェーン 関係性をフェアに保つ観点から相手を選ぶと、たしかに恋愛相手を選ぶ時とは基準が変わる可能性はありますね。

田 中  パパママ、お父さんお母さんと呼び合うのも悪くないと、自分が父になって思いました。新しい役割が増えたんだと自分で納得できますからね。家事や育児について夫婦で話し合う際には、お互い平等に主張するべきです。「恋人だった時はこうだったのに」と言い出すと話がややこしくなります。恋愛と結婚は別です。

ジェーン “倒産させない前提の会社”を二人で運営してるわけですからね。フェアな状態を保つために、ある種のコアマッスルを鍛えて、ぐらぐらの板の上で互いが努力しながら均衡をとろうとするのかな。それにしても、一緒に住んでそれぞれ働いて子供も育てていくという時点で、結婚というスタイルの維持が都市部では無理がきてますよね。

田 中  全くその通りです。都会ではベビーカーで出かけるだけで、本当にうんざりしますからね。人は避けてくれないし、エレベーターもない。東京は地方出身の方も多いので、祖父母に頼るといっても、そもそも近くに住んでいない。持ち家率が低いので、地域に溶け込もうとする意識も低い。仮に、会社に託児所ができても、車社会の地方と違って、満員電車に乗せていけるわけがない。まだまだいくらでも東京での子育てについて愚痴が言えますよ。

ジェーン そこを解決できるのは金だ、になってしまうとどうしても詰んじゃう人がいますけど、お互いすべてのシーンでアウトソーシングを許していかないと回らないでしょうね、家事育児を二人で完全にイーブンにしていくのではなく。誰かに手伝ってもらうこと自体はそう悪いことじゃないし、昔からあったこと。例えば子育て経験者と未経験者と子供が何組か集まってゆるい共同体で住んで、働くのがメインの配偶者は参加したければするとか。そのくらいになってもいいと思う。

田 中  東京だと共働きの前提であるはずの保育園に入れない子供がたくさんいます。そういうゆるい共同体ができたら本当にいいですよね。

ジェーン なるほど。それにしても、リスクを背負ってでも子供が欲しいという誰かの奇特な願いに出生率アップが託されるのは非効率的ですよね。

家族やパートナーから解放されて自分時間を

ジェーン 男女が仲良くするにはガス抜きが必要で、それって一緒にいすぎないことが重要じゃないかと思うのですが、とは言え、子供がいるとそれも難しい。

田 中  夫婦の距離感は難しいですね。定年退職者にインタビューした時に夫婦円満の秘訣はあまり一緒にいないことっていう声が多かったです。

ジェーン 子育てが済んでからの卒婚、さもありなんですね。

田 中  うちは日曜日を午前の部と午後の部に分けて、午前中は妻が、午後は僕が子供の面倒をみるようにしています。今度の日曜、僕は午前中ジムに行くし、妻は午後大学時代の友達と会う。子供とも離れられるし、自分の自由時間も持てる。そういう時間を週に一回作るとだいぶ違いますよ。ただ、日曜日をそのように使ってしまうと、家族全員の時間を別に確保しなければならないのですが。

ジェーン どう折り合いをつけるか、ですね。私はパートナーと同居しているのですが、つかず離れずやってます。私が稼いで向こうは家事。彼には家事の給与を支払ってて、比較的早い段階で春闘もやってます。結果、ベースアップしました。

田 中  ストライキ起こされると、生活が回らなくなってしまうわけですね。

ジェーン やれないこともないんですけど、効率悪いですね。あと、得意なことを得意な方がやればいいじゃんって三年前は思ってたんですけど、得意な方が得意なことをやってもストレスは生まれる。得意というのは効率が上がるだけで、ストレスがかからないわけじゃない。これが新しい発見です。私が稼いだ方が稼げる、向こうが家事をやった方が家事が回る。得意な方が得意なことをやってるってだけなんですけど、それで互いのストレスが解消されるかっていうと、効率とストレスは別。だからこそ、パートナー以外のお面が被れる場所を互いに積極的に作った方がいいなと思うようになりました。

田 中  以前スーさんが、僕の本の出版記念トークイベントに出てくださった際に、「明日いきなり有給を取るとしたらどうしますか」って参加者の男性たちに問いかけましたよね。突然休みになった時にやることがあるか、連絡できる友達がいるか。あれ企業の研修などで使わせていただいているんですけど、おじさんに響きますよね。やることがないし連絡できる人もいないし大変だって、腑に落ちる。ダイバーシティと言われてもピンときてなかったのに、急にアンテナに触れて俺の話だってわかる。仕事仕事でやっているとなかなか気づけないことです。男の人は仕事さえしてれば後ろ指さされないので。

ジェーン 私だって、とにかく仕事の効率を上げることしか考えてない自分に気づいて、まるで昭和のおじさんみたいだなと思います。いわゆる偶像としてのおじさん。とにかく仕事さえしてれば満足で、仕事の達成感が一番嬉しい。仕事ができなくなったら私のメンタルやばいなという危機感はあります。

だから、多面的であるようには努めてます。個人が多面的であることが多様性の容認につながるかもしれないし。

関連書籍

ジェーン・スー『私がオバさんになったよ』

「40代女の生き方のバリエーションが増えている」「女の敵は女じゃない」「人間は役に立つことのために生きているわけじゃない」……。もう一度会いたかった8人と語り合い見えてきた生きる姿勢は、考えることをやめない、変わることをおそれない、間違えたときにふてくされない。オバさんも悪くないね。このあとの人生が楽しみになる対談集。

ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』

「女子会には二種類あってだな」「ていねいな暮らしオブセッション」「私はオバさんになったが森高はどうだ」……誰もが見て見ぬふりをしてきた女にまつわる諸問題(女子問題、カワイイ問題、ブスとババア問題……etc.)から、恋愛、結婚、家族、老後まで――話題の著者が笑いと毒で切り込む。“未婚のプロ”の真骨頂。講談社エッセイ賞受賞作。

ジェーン・スー/野宮真貴『人生もお洒落も自分の舵を手放さない。』

野宮真貴/ジェーン・スー『美人になることに照れてはいけない。 口紅美人と甲冑女が、「モテ」「加齢」「友情」を語る』

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私がオバさんになったよ

私がオバさんになったよ』刊行記念。ジェーン・スー×光浦靖子 山内マリコ 田中俊之 中野信子 海野つなみ 宇多丸 酒井順子 能町みね子……ジェーン・スーとわが道を歩く8人が語り尽くす「いま」。

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ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家/ラジオパーソナリティー/コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」をはじめとするラジオ番組でパーソナリティーとして活躍中。

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