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森瑤子の帽子

2019.03.22 更新

華やかな交遊録 ~近藤正臣と森瑤子~島﨑今日子

「小説幻冬」で2年近くにわたり連載してきた『森瑤子の帽子』が書籍になりました。80年代、都会的でスタイリッシュな小説と、家族をテーマにした赤裸々なエッセイで女性たちの憧れと圧倒的な共感を集めた森瑤子。母娘関係の難しさ、働く女が直面する家事育児の問題、夫との確執、そしてセックスの悩みといった今に通じる「女のテーマ」を日本で誰よりも早く、そして生涯書き続けた作家です。
書き手は島﨑今日子さん。「AERA」の「現代の肖像」や著書『安井かずみがいた時代』などで名インタビュアーとして知られる著者が、80年代と森瑤子に迫った傑作ノンフィクション。一部抜粋してお届けです。

*   *   *

「一着や二着でシャネル好きと言わないで」

安井は大宅や森より二学年上の同世代で、世に出たのは二十一歳と二人より十五年以上も早かった。沢田研二の「危険なふたり」などヒット曲を連発して、時代の匂いをプンプン撒き散らすファッショナブルで自由な生き方は、カッコいい女の代名詞になっていた。八歳年下のミュージシャン、加藤和彦と再婚してからは夫婦の理想を絵に描いたような華麗な生活が喧伝され、そういう意味では、出会う前は大宅や森にとっても手の届かない存在であった。

「四十代の働く女性でおばさんじゃないということで、シンポジウムや雑誌に何度か三人で呼ばれました。女が自立して同時にお洒落もできるようになったのは、私たちの世代が最初。それまでだって社会で闘っている女性はいっぱいいたけれど、お洒落をすると媚を売っていると言われて、ほめ言葉ではなかった。私はともかく、ズズ(安井の呼び名)と森さんは、ようやく現れた大人のいい女というわけです」

その頃の森は見違えるほどお洒落になっていたが、まだどこか恥ずかしげで、「今度、はじめてニューヨークに行くの」と言って、大宅と安井を驚かせた。子育てに追われていた森と、若い頃からパリやニューヨークで暮らし、ファーストクラスで世界中を旅していた安井とでは、同じ女性誌のグラビアを飾る常連であっても、当然、違っていた。
この時の鼎談では、安井の奔放な発言に比べると、森のそれは常識的でおとなしい。別の雑誌で鼎談した時は、「シャネルが好き」と口にした森に、安井が「一着や二着シャネルを買ったからって言わないで。ラックの端から端までバーッと買ってこそ、シャネル好きと言うのよ」と言って、シュンとさせている。

「ズズのお洒落には時間とお金がかかっています。私が二、三万円の指輪をしていると、『そんな屑みたいなの買うんじゃない』と言うの。彼女は『ジュエリーはどこのメゾンかで決まる』が持論で、数は持ってないけど二千万円の指輪とかをつけていました。森さんは私と同じで、ちょっと面白かったら買っちゃうタイプ。ズズは実質的なものがダメで、鎌倉の名店の蒲鉾をお土産に持って行っても開けもしない。森さんだったら、喜んでその場で開けてむしゃむしゃ食べたと思う。それに森さんはズズのようにズバッとものを言う人ではない。でも、二人ともさっぱりした性格で、意地悪じゃないところは共通していました」

洗練は地に足ついた生活から浮遊していく。森は、自分が洗練に手が届いていないことをよく知っていたし、垣間見せる生命力の証のような庶民性は、彼女の魅力であった。それ故に作家・森瑤子は幅広い層の女性たちに支持されていくのだから。

──洋服にしたって、ほんとうに洗練された人なら肩パットなんか要らなくて、普通の白いブラウスに黒いスカートが似合えば、それがいちばん素敵だと思うの。だから私が書いてる世界というのは、必ずしも洗練された都会的な世界じゃないわけです。(田中康夫との対談「父親でない男の人ってまだ男として成長していない」/「問題小説」徳間書店/八五年二月号)

繊細さを肩パットで覆い隠して

大宅は、仲よくなってすぐに自分の会社で森に講演を頼んでいる。シャイな森は人前で話すことは苦手で、そのことをしばしばエッセイにも書いたが、大宅が聴いた森の講演も決してうまいものではなかった。
「まだ慣れていない頃だったからかもしれないけれど、出番の十五分前くらいになったら、スッといなくなって、廊下をブツブツ言いながら行ったり来たりしてた。『どうしたの?』と聞いたら、『座っていられない』って」

俳優の滝田栄が司会する「料理バンザイ!」に一緒に出演した時も、リハーサルでは普通に話していた森が本番となると緊張のあまりしゃべれず、可哀想なほどであった。
大宅が、森の夫であるアイヴァン・ブラッキンと会ったのは、安井のエッセイの出版パーティーだった。森がアイヴァンを伴ったのは、安井も大宅も英語が話せたからだろうか。

「話していると、アイヴァンって、イギリス人らしい皮肉のきいたユーモアがあって、愉快なやつなのよ。私には悪い印象はありません。ただ森さんは門限の十一時に間に合うように、十時半頃になると『ごめんね、ごめんね』と帰って行ってたし、いろいろ大変だという噂は聞いていました。でも、私は、森さんには夫がいたほうがいいのだろうと思ってた。私たちの付き合いというのは、いわゆる日本っぽい、何でもいつでもベッタリというのではなかった。違っているから面白いというスタンスで、プライバシーはお互い言いたくなかったら聞かないという暗黙の了解がありました」

同い年の友人の目には、どんどん華やかになっていく森の陰も映っていた。

「東京駅で待ち合わせた時かな、長いスカートで立っている姿を見て、ああ、淋しそうだなと思いましたね。エッセイを読んで、その理由がわかりました」

──だけどほんとうは、毛皮もロレックスもダイヤも、そしてたぶん私の口を突いてでるファナティックな言葉も、煙草も、お酒も、そういうものはみんな私のヨロイカブトなのだ。そういうもので武装しないと、私という女は、とても外へなど出ていけないし、見知らぬ人と対談などできないのだ。(『別れ上手』ハーレクイン・エンタープライズ社刊/八六年)

原作者と出演者として、近藤正臣との出会い。

八五年は、森がそれまで一年に一本は小説を書いていた「すばる」から離れ、中間小説誌や雑誌に発表の場を移していった年でもある。武装を固めた作家は人気俳優と浮名を流し、交友関係を一気に広げて社交の中心的な存在になっていく。

この頃、森の恋の相手と噂されたのは近藤正臣であった。四二年二月生まれの俳優は、森より一学年下で、クールで存在感のある二枚目として女性たちの心をときめかせていた。作家との出会いは、八四年。日本テレビでいしだあゆみ主演で放送されたドラマ「女ざかり」の原作者と出演者として顔を合わせた。森の長女ヘザーはドラマの打ち上げに母に連れられて参加しており、いわば娘公認、森の書くところによれば「夫未公認」のボーイフレンドの一人だが、担当編集者の中には二人が恋人だったと信じた人もいる。

周囲の人を振り返らせながら取材場所に現れた近藤は、噂を一笑に付した。

「林真理子さんと対談した時も、『森さんとお付き合いされていたんでしょう』と言われました。あり得ない。キスさえなくて、エスコートする時に、腕を回してがせいぜい。最初からそんな付き合いではなかったし、森さんには男と女の道はたどらないぞという覚悟があったんじゃないでしょうか。あの人にあったのは、こうありたいというイメージの物語。会話も物語のようだった。日常会話なのに、小説の一節に出てくるような言葉遣いでした」

森から「一度、お食事でも」と声をかけられ、どっと作品が届いたのが始まりだった。

「僕はお酒がまるで飲めないので、森さんが連れて行ってくれるようなお店は知らない。彼女の誘導で、六本木や代官山のお店に連れて行ってもらいましたよ。だからご飯食べ友だちでした」

森はしばしば俳優との関係を嬉しげにエッセイに綴り、小説の中にも登場させた。ヒロイン、シナが登場するシナ・シリーズは自伝的要素が強いと自身解説しているが、近藤と親しくなった頃に書かれた「家族の肖像」もその一作。そこにはJという近藤を彷彿させる美貌の俳優が登場し、シナは家族と訪れた夫の故郷イギリスから、自分に関係を迫った彼に恋文を書くのである。

──あなたに心を動かされている、と素直に言いたくはありません。でもだからと言って、あなたに夢中になっていないというわけでもなく──。(『家族の肖像』集英社刊/八五年)

「森さんから手紙は何通かもらいましたが、どれも『パラオにいます。空が素敵、海がきれい』といった埒もない内容です。人は見たいものを見るもの。彼女は、僕の中に自分の見たいものを見ていたのだと思う。男女の仲になったら、彼女はきっと僕に幻滅していたでしょう」

ありたい自分、望む世界を小説に刻印する森にとって、近藤は、創作の、いわば“ミューズ”であったのだろう。

──わたしがあなたにするアプローチのほとんど全ては、その背後で冷徹な観察の眼によって眺められている、いわば胡散臭い──。(『家族の肖像』)

作家は積極的で、普段ならそんな場所に行くはずのない俳優を「近藤さん、エスコートできる? 女一人で行くところじゃないけれど、夫とは行けないの」と強引に誘い出し、わざわざ人目の多いホテルで行われた宝石の展示会に連れていったこともある。近藤は笑いながら思い返した。

「わりとズケズケとものを言う人でした。ちょっと出て来てください、とか。僕は彼女がシャイだと感じたことはありません。とても軽やかだけれど粘っこいというか。引きの強い、自分の求めるものを引き寄せる人生を過ごしていたと思います」

しかし、二人は確かに友情で結ばれていた。共に青春時代にヌーヴェルヴァーグの影響を強く受け、同じ時期にジャズ喫茶に通い、世代の主流からは少し外れたところにいたため、互いに同種の匂いを感じとったのである。

「同じ時代を生きて、同じ地べたで話せたから、話していて面白かった。『私はスノッブなのよ』と自称して、実に堂々としていた。並の女性ではない雰囲気と知性らしきものを発信していて、ああいう人はなかなかいません。チャーミングな人でした」

島﨑今日子『森瑤子の帽子』

よき妻、よき母、よき主婦像に縛られながらもスノッブな女として生きた作家・森瑤子。
彼女は果たして何のために書き続けたのか。

『安井かずみがいた時代』の著者が、五木寛之、大宅映子、北方謙三、近藤正臣、山田詠美ほか数多の証言から、成功を手にした女の煌めきと孤独、そして彼女が駆け抜けた日本のバブル時代を照射する渾身のノンフィクション。

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森瑤子の帽子

よき妻、よき母、よき主婦像に縛られながらもスノッブな女として生きた作家・森瑤子。彼女は果たして何のために書き続けたのか。
『安井かずみがいた時代』の著者が、五木寛之、大宅映子、北方謙三、近藤正臣、山田詠美ほか数多の証言から、成功を手にした女の煌めきと孤独、そして彼女が駆け抜けた日本のバブル時代を照射する渾身のノンフィクション。

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島﨑今日子

1954年11月、京都市生まれ。ジャーナリスト。
ジェンダーをテーマに幅広い分野で執筆活動を行っている。
著書に『安井かずみがいた時代』『この国で女であるということ』『<わたし>を生きるー女たちの肖像』などがある。

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