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森瑤子の帽子

2020.08.18 更新 ツイート

桁外れに稼ぐ女たちの台頭~安井かずみと森瑤子~【再掲】 島﨑今日子

2019年に発売された傑作ノンフィクション『森瑤子の帽子』が文庫になりました。80年代、都会的でスタイリッシュな小説と、家族をテーマにした赤裸々なエッセイで女性たちの憧れと圧倒的な共感を集めた森瑤子。母娘関係の難しさ、働く女が直面する家事育児の問題、夫との確執、そしてセックスの悩みといった今に通じる「女のテーマ」を日本で誰よりも早く、そして生涯書き続けた作家です。
書き手は島﨑今日子さん。「AERA」の「現代の肖像」や著書『安井かずみがいた時代』などで名インタビュアーとして知られる著者が、80年代と森瑤子に迫った渾身の1冊です(文庫版には酒井順子さんによる解説も収録)。一部抜粋してお届けです。

*   *   *

作家への煌びやかな転身

一九七八年、一人の主婦が「情事」を書いて、三十八歳で作家になった。妻であり、三人の娘の母であること以外に何者でもない自分に苛立ち、充足できないでいた伊藤雅代にとって、森瑤子という自身で名付けた名前と自分で手にした収入は、どれほどの解放感をもたらし、自尊心を回復させたことだろう。名声と経済力は、魔法の杖のように彼女の人生を生き生きとしたきらびやかなものへ変えていった。

──(略)すでにデザイナーの石岡瑛子さんたちが華々しく活躍している時期に、わたしは子育てに専念していたんで、デザイナーの男友達に、わたしがここにいるのに、だれも発見してくれないわ、というふうなことをいったことがあったんですよ。そのときは切実に、世の中から置き去りにされていると感じていたのね。(中略)
わたしがものを書くちょっと前ごろ、ちょうどマスコミで自立している女たちというのがもてはやされて、わたしも洗脳されて。で、小説を書き始めて、初めて印税が入ったとたんに、わたしは自立したと感激したわけね。(「朝日ジャーナル」朝日新聞社/八六年十二月十二日号)

これは、当時、「朝日ジャーナル」の編集長だった筑紫哲也の司会で、プロデューサーの残間里江子とイベント・プロデューサーの本木昭子との鼎談に臨んだ時の森の発言の一部である。タイトルは「翔んじゃった女から、降りられない男へ」。掲載時には、残間と本木が企画したシンポジウム「地球は、私の仕事場です」が南青山のスパイラルホールで十日間にわたって開催されており、それに連動した記事であった。

シンポジウムに参集した「現在の日本を代表する女性たち」の肩書は、ミュージシャン、学者、作家、作詞家、評論家、女優、詩人、ジャーナリスト、政治家、スポーツ選手、デザイナー、写真家、テレビプロデューサー、宇宙飛行士、漫画家、キャスター、スタイリスト、経営者、演出家、料理家、医師と幅広く、メディアで知られた名前が並んでいた。その模様を一冊にまとめた『女の仕事』の帯には、「いま、本当に女の時代なのか。女たちは何を考え、どこを目ざして生きているのか。」のコピーがある。森が悶々と過ごした七〇年代半ばに比べれば、男女雇用機会均等法施行の年には女性の社会進出も少しは広がっていた。

このシンポジウムで、森は「大人の女の愛と性」をテーマに桐島洋子と対談している。森が「朝日ジャーナル」でその名を挙げた石岡瑛子も、別の日に登壇して「表現の国際性」を語っていた。石岡は、消費文化が始まった時代に「パルコ」に代表される先鋭的な広告を生み出し、強く、媚びない女像を提示して日本女性に強烈な一打を与え、妥協のない美意識を貫き広告の時代の最前線を走っていた。広告業界で働いていた森が、専業主婦の時間の中で藝大の二年先輩にあたる石岡の仕事ぶりを羨ましく眺めていたであろうことは、想像に難くない。この時代、多くの女性たちが自己実現欲求に追い立てられていた。

森が作家になるのと前後するように日本を飛び出し、ニューヨークに拠点を移した石岡は、八〇年代からはブロードウェイやハリウッドで舞台装置や衣裳を手がけるようになる。偶然にも、森の最後の女性の対談相手が、フランシス・コッポラ監督作品「ドラキュラ」の衣裳でアカデミー賞を手にしようとする石岡であった。その石岡も今はもういない。

華やかな社交生活の幕開け

さて、七八年十二月に出版された『情事』の後書きで、小説を書いた理由を「私は、私の中から、私自身を追い出してしまいたかった」と記した森は、作家というアイデンティティを獲得してからは、これまでの飢餓感を満たすかのように小説世界に自分を投影させながら望むセルフ・イメージと人生を手にしていくのである。見事なまでの凄まじい欲望とエネルギーで。そんな森が大切にしたのが、一線で活躍する華々しい友人たちとの社交であった。

──(略)それに何より物を書き始めて、自分の表現をみつけて、友だちを選べるようになった、ということね。これ、ちょっと過激な発言だけど。お金ができれば、それまで買えなかった物が手に入ったりするように、人間関係も自分にある種の人間的力とか、才能とか、何かを持ってないと選べないのよ。わかってもらえるかしら。(「SOPHIA」講談社/八五年十一月号)

評論家の大宅映子は、作家になってからの森が、親友と呼んだ一人であった。四一年早生まれの大宅は、四〇年十一月生まれの森とは同学年で、『情事』を読んだ時、ひどくショックを受けたという。

「私にはあんなセックスへの飢餓感はなかったから、そんなものなのかとものすごく驚いたんです。でも、明らかにこれまでの女性作家が書いていない私たちの言葉遣いと私たちの感覚が、あの作品の中にはあった。私たちの世代は、男女平等教育を受けた戦後第一世代で、同じものを共有しているという意識がとても強い。たとえば音楽は洋楽か歌謡曲かとか、文化や情報の量が限られていたので同類を見分けるのは簡単でした」

──同じ時期に、ロカビリーを聴き、FENにかじりつき、大人たちが〝君の名は〟に夢中になるのをちょっと冷めた眼で見ていた多感な少年少女時代を送り、力道山の出現にドキドキした時代。エルビス・プレスリーからビートルズの初期の頃まで。サルトルやカミュやサガンの時代。六〇年の安保が輝かしき青春の頂点であった若者たち。(角川文庫『ジンは心を酔わせるの』/八六年)

主婦から働く女へ、そして同士たちとの出会い

大宅と森は環境が似ていた。二人とも〝適齢期〟に結婚し、大宅は二人の、森は三人の娘を産んで、それぞれ子育てをしながら夫と一緒に働いていた。

「彼女には悶々として子育てしながら、何かやりたいと思っていた時間があったでしょ。私も子どもを預け、夫の作った小さなイベント会社で週のうち三日働き、大した責任もとらないですむ仕事をちまちまと続けていました。細い糸でもいいからどうにかして社会とつながっていたいという気持ちがありながら、仕事も子育ても中途半端でうじうじとしたものを抱えていたのは森さんとそっくり。その頃は、知り合いが華々しく活躍するのを見ていたら冷静ではいられませんでした」

森が作家デビューした翌年の七九年、大宅は、次女の小学校入学を機にテレビキャスターの仕事を引き受けた。子どもの手が離れたところで実力が出せる仕事を手に入れたところも、二人は似ていた。
大宅が森とはじめて会ったのは八〇年、夏の軽井沢。セレブという言葉がまだ流通していない時代に各界の著名人が参加したサンモトヤマ後援の「軽井沢セレブリティ テニストーナメント」で、「やっと会えたわ」と言葉を交わしたのだ。

「その時の森さんは普通のおばさんでした。『情事』のイメージからすれば、もっとパキパキした人で、バーンと存在感を打ち出してくるかと思っていましたが、どこかオドオドしていて気が弱そうなところがあり、洋服もダサくて、意外でしたね」

その時は挨拶だけで終わった関係が友情に発展するのは五年後、八五年の秋だった。「オール讀物」の「秋の夜長女三人姦しく男の品定め」と題した鼎談に大宅と森と、もう一人、作詞家の安井かずみが呼ばれたのである。安井と大宅は親しくなったばかりで、安井と森はパーティーで出会っていた。森には「これぞ」と思う人とは一緒に仕事をするがあり、エッセイや小説に登場させた。文庫本の解説者を並べてみれば、彼女の交友関係の広がりは一目瞭然となる。安井は八四年に出版された集英社文庫『傷』で、大宅は八七年に出た集英社文庫『女ざかりの痛み』で解説を書いていた。

──(略)実際、初対面の華やいだパーティの立ち話で、私たちが話したことは、絹のパンティのこと、書くという行為のうらはらさ、三才児のフランス語教育について、ローレックスの腕時計のこと、そして、日常生活の順境と逆境についてとか。(集英社文庫『傷』解説・安井かずみ/八四年)

関連書籍

島崎今日子『森瑤子の帽子』

もう若くない女の焦燥と性を描いて38歳でデビュー。時代の寵児となった作家・森瑤子。しかし華やかな活躍の裏で、保守的な夫との確執、働く母の葛藤、セクシュアリティの問題を抱えていた――。自らの人生をモデルに「女のテーマ」をいち早く小説にした作家の成功と孤独、そして日本のバブル期を数多の証言を基に描いた傑作ノンフィクション

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森瑤子の帽子

よき妻、よき母、よき主婦像に縛られながらもスノッブな女として生きた作家・森瑤子。彼女は果たして何のために書き続けたのか。
『安井かずみがいた時代』の著者が、五木寛之、大宅映子、北方謙三、近藤正臣、山田詠美ほか数多の証言から、成功を手にした女の煌めきと孤独、そして彼女が駆け抜けた日本のバブル時代を照射する渾身のノンフィクション。

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島﨑今日子

1954年11月、京都市生まれ。ジャーナリスト。
ジェンダーをテーマに幅広い分野で執筆活動を行っている。
著書に『安井かずみがいた時代』『この国で女であるということ』『<わたし>を生きるー女たちの肖像』などがある。

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