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僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

2019.02.19 公開 ツイート

AIと人間のいちばん大きな違いは何なのか? 糸谷哲郎/戸谷洋志

アスリートになれてもエンターテイナーにはなれない

戸谷 先ほど糸谷さんが、将棋を「エンターテインメント」と言っていたのが、僕の中ではしっくりきたんです。ああ、やはりそういうふうに思っているんだなって。プロ棋士って、単に将棋が強ければいいというものではないと思うんです。もちろん、実力は戦いで決まるけど、「この棋士はすごい」と思われるためには自分を演出したり、表現したりする側面も必要ですよね。糸谷さんの場合、それが「怪物」というキャラなわけじゃないですか。あえて空気を読まないことを言ったりして、自分をセルフ・プロデュースしているように見えるんだけど。

糸谷 棋士の中には、趣味を前面に出されている方や、個性を前面に出されている方など、自分の将棋のスタイルを自分で表現することで、より観ていただくための努力をされている方は多いと思います。哲学者にもそういう側面はあるんじゃないですか。

戸谷 うん、あると思いますよ。あえて極端なことを言ってみたり、ちょっとギャル男っぽい服を着てみたり、意図的に支離滅裂なことを言ってみたり。でもAIには、そうしたセルフ・プロデュースはできないと思うんです。たとえば、佐藤天彦名人を破った「ポナンザ」は、自分のことを「ポナンザ」って名づけていませんよね。名づけたのはプログラマーで、プログラマーがソフトの個性をプロデュースしている。

糸谷 でも、これからはわからないですよ。

戸谷 自分をセルフ・プロデュースする、エンターテイナーとしてのAI棋士が現れるということですか。

糸谷 おそらく現れると思います。どういう名前をつけて、どういうキャラをつくったら好感度が上がるのかをAI自身にやらせる。

戸谷 それって将棋で勝つより、はるかに高度な計算が必要ですよね。

糸谷 でも、いつかは可能になるんじゃないですかね。最近では、家電にも人格をつけるのが流行っていますよね。アレクサもそう、ルンバもそう。あたかも人格があるかのようなプロダクトが流行っている。だとしたら、将棋ソフトだってそうなっていくと思うんです。

戸谷 じゃあ妹キャラのような発言をしたりする、キャラクター化されたAI棋士が現れるということですか。ビッグデータを集めて、解析して、「待てよ、いまは妹キャラじゃないぞ、お姉さんキャラのほうがウケるぞ」みたいにセルフ・プロデュースするAI棋士が。

糸谷 戸谷さんのその趣味はよくわからないけど(笑)、出てきても不思議ではないでしょう。家電だって、家族の一員として受け入れられるものが、そのうち出てくると思いますよ。

戸谷 AIが家族の一員になる?

糸谷 すでに動物は、ペットとして家族の一員になっていますよね。同じように、AIが家族の一員として受け入れられる日も来るでしょう。空気を読まない人間より、AIのほうが空気を読むから愛されるかもしれない。

戸谷 空気は読むでしょうね。それでも僕は、AI棋士はエンターテイナーにはなれないと思っています。アスリートにはなれるかもしれないけど、エンターテイナーにはなれない。AIと人間のいちばん大きな違いはそこだと思うの。
糸谷さんって、盤上ではアスリートだと思うんです。でも、盤の外ではエンターテイナーだと思うんですね。空気を読まないことを言ったり、業界に対して鋭いツッコミを入れたり、棋士なのに哲学者のような発言をしたり。どこまでが演技で、どこまでが本音なのかはわからないんだけど。

糸谷 空気が読めないのはまったくの素だと思いますが(笑)。哲学的な話についてはニーズに応えて、というところもあります。本当に需要があるのかどうかはわからないですが。

戸谷 ビッグデータを集めて、解析したところで、そんなキャラクターが生まれてくるのかな。僕は、ある世界でスターになる人というのは、偶然生まれてくると思うんです。たとえば糸谷さんが大阪大学に入学して、哲学の勉強を始めるということは、おそらく誰にも予想できなかったはず。こうした偶然性が、エンターテイナーをスターにする大きな要素だと思うんです。

糸谷 私自身はスターになろうなんてまったく思っていないですけどね。

戸谷 ここで哲学を例に出すと、ハンナ・アーレントという思想家がいるんですね。彼女はナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人でもあるんだけど、『人間の条件』という著作の中で、すごく要約をすれば、「政治的なリーダーは偶然に誕生する」と言っています。権力者が統計的に社会を統治し、皆が同じように振る舞っているとき、リーダーはその統計を裏切るような形で現れるわけです。偶然に生まれてくるということは、予測できないということだし、だからこそ新しい存在だし、個性的でもあるわけです。そしてそれは、エンターテイナーにも共通することだと思う。そう考えると、はたしてAIがそうした新しさや個性を身につけられるのかな、という疑問は抱きますね。

*   *   *

ご興味を持たれたかたは、ぜひ『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』(イースト・プレス)をお読みいただけると幸いです。試し読みは次回に続きます。

戸谷洋志・糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』

これは哲学者と棋士という異色顔合わせによる哲学的対話の記録です。棋士の糸谷哲郎さんは羽生善治さん他を下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった方です。また現役棋士として初めて国立大学へ進学し、大学院ではハイデガー研究で修士学位取得。当時同じ研究室で議論し合った哲学者の戸谷洋志さんは、ドイツの哲学者ハンス・ヨナスを研究する一方で、アカデミズムにこもることなく市民とのワークショップ「哲学カフェ」を各地で開催してきました。 例えばいまAI(人工知能)を搭載した将棋ソフトが驚異的な進化を遂げる中、現場の棋士はAIと人間の関係をどう捉えているのでしょうか。「人間」の自明性が問われる現在、1988年生まれの同世代の二人が勝負論や幸福論などを切り口に、「人間」を巡る様々な問いを考察していきます。

 

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僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

AI論、勝負論、幸福論……人間をめぐるさまざまな問いを、同じ1988年生まれの棋士と哲学者が語り合った「知的異種格闘技」として話題の書『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』の読みどころをご紹介。

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糸谷哲郎

1988年、広島県広島市出身。将棋棋士。八段。順位戦A級。「関西若手四天王」の一角として注目を集め、2014年に羽生善治、森内俊之らを下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった。現役の棋士として初めて国立大学へ進学し、大阪大学文学部にて哲学・思想文化学を研究。大学院ではハイデガー及びヒューバート・ドレイファスを研究し修士学位を取得。著書に『現代将棋の思想 一手損角換わり編』(マイナビ)、共著に『糸谷&斎藤の現代将棋解体新書』(マイナビ)がある。

戸谷洋志

1988年、東京都世田谷区出身。哲学研究者。法政大学文学部哲学科卒業、大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻博士課程満期取得退学。現在は追手門学院大学の特任助教。現代ドイツ思想を中心にしながら、テクノロジーと社会の関係を研究。また、「哲学カフェ」を始めとした哲学の社会的実践にも取り組んでいる。第31回暁烏敏賞受賞。著書に『Jポップで考える哲学――自分を問い直すための15曲』(講談社)、『ハンス・ヨナスを読む』(堀之内出版)がある。

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