1. Home
  2. 社会・教養
  3. 僕らの哲学的対話 棋士と哲学者
  4. 対立は悪ではない。「愚劣な戦い方」が問題...

僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

2019.02.05 更新

対立は悪ではない。「愚劣な戦い方」が問題なのだ糸谷哲郎/戸谷洋志

(写真:iStock.com/shakzu)

棋士と哲学者が人間をめぐる様々な問いについて語り合った『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』(イースト・プレス)。「将棋×哲学」の知的異種格闘技戦として話題の一冊から、戸谷洋志さんによる「まえがき」をお届けします。

*   *   *

同じ研究室の大学院生だった僕と糸谷さん

本書は棋士の糸谷哲郎(いとだにてつろう)と哲学者の戸谷洋志(とやひろし)による対話の記録です。初めに、戸谷から本書の背景や全体像を簡単に説明したいと思います。

僕と糸谷さんは大阪大学の大学院で同じ研究室に所属していました。当時、糸谷さんはすでに気鋭の棋士としてその名を轟かせており、「関西若手四天王」として周知されていました。

しかし、世間知らずだった僕は、糸谷さんの顔はおろか名前すら知らず、「へー、有名人がいるんだ」くらいの気分でした。しかし、彼が羽生善治氏に勝利したり、竜王のタイトルを獲得したりすると、「あれ、これはとんでもない人と同級生になってしまったのでは?」と思いを改め始めました。

それでも、そうでもしないと認識が変わらなかったのは、彼があまりにも「普通の院生」に見えたからです。彼は、毎週一人が翻訳を担当する通常の演習に「普通に」参加していました。2コマ続けて行なわれる論文作成演習にも「普通に」参加していました。

僕たちと同じように筆箱を使い、電子辞書を使い、缶コーヒーを飲んでいました。彼はどこを切り取っても正真正銘の「普通の院生」でした。ちょっと暗そうで、眼光だけがやたらと鋭く、大きなバッグに大量の本を詰め込み、Tシャツの上に白いシャツを羽織り、ジーンズを愛用する、立派で典型的な大学院生でした。

そうと言われなければ、誰も彼が関西四天王の一角を担う「怪物」だとは気づかなかったでしょう。

 

対話の中で詳しく言及しますが、彼はドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの研究をしていました。研究テーマは「世界」という概念に関するもので、哲学研究の中でもかなりの硬派です。一方で、現代の英米圏の議論にも明るく、現代の哲学について非常に広範な知識を持っていました。議論をしていて僕がついていけなくなることもしばしばありました。

それに対して僕は、ハイデガーの弟子の一人であるハンス・ヨナスという哲学者を研究しており、ここから広く科学技術と社会の問題を中心的なテーマにしていきました。これについても対話の中で詳しく説明しています。

論文作成演習では、毎週一人の担当者が自分の研究についてレジュメをつくってきて、それにもとづいて院生たちが議論をします。

「議論」といっても、普通の人がイメージするそれよりも、はるかに殺伐としていて、攻撃的です。レジュメの中の隅々にまで目を配らせ、相手が参る質問を次々に投げかけていきます。下手な質問をすれば、かえって質問者が恥をかくことにもなるため、毎回が真剣勝負でした。

そうした議論の中で、糸谷さんは異彩を放っていました。将棋界においてそうであるように、哲学的な議論においても彼は「早指し」の名手でした。発表者が発表を終えると、もはや食い気味とも思える速度で挙手し、問題点を早口で列挙します。ボーカロイドが喋っているのかと思うくらいの早口です。

そうした議論において彼は手の内を隠しません。最初に思いつく限りのすべての問題を指摘してくるのです。

僕はいまでも忘れられないのですが、かつて、いきなり「えー、8個質問があるのですが」と言われ、速射砲のように批判を受けたことがあります。研究生活をしていて、あんな目に遭ったのはあれが最初で最後です。

戸谷洋志・糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』

これは哲学者と棋士という異色顔合わせによる哲学的対話の記録です。棋士の糸谷哲郎さんは羽生善治さん他を下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった方です。また現役棋士として初めて国立大学へ進学し、大学院ではハイデガー研究で修士学位取得。当時同じ研究室で議論し合った哲学者の戸谷洋志さんは、ドイツの哲学者ハンス・ヨナスを研究する一方で、アカデミズムにこもることなく市民とのワークショップ「哲学カフェ」を各地で開催してきました。 例えばいまAI(人工知能)を搭載した将棋ソフトが驚異的な進化を遂げる中、現場の棋士はAIと人間の関係をどう捉えているのでしょうか。「人間」の自明性が問われる現在、1988年生まれの同世代の二人が勝負論や幸福論などを切り口に、「人間」を巡る様々な問いを考察していきます。

 

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

AI論、勝負論、幸福論……人間をめぐるさまざまな問いを、同じ1988年生まれの棋士と哲学者が語り合った「知的異種格闘技」として話題の書『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』の読みどころをご紹介。

バックナンバー

糸谷哲郎

1988年、広島県広島市出身。将棋棋士。八段。順位戦A級。「関西若手四天王」の一角として注目を集め、2014年に羽生善治、森内俊之らを下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった。現役の棋士として初めて国立大学へ進学し、大阪大学文学部にて哲学・思想文化学を研究。大学院ではハイデガー及びヒューバート・ドレイファスを研究し修士学位を取得。著書に『現代将棋の思想 一手損角換わり編』(マイナビ)、共著に『糸谷&斎藤の現代将棋解体新書』(マイナビ)がある。

戸谷洋志

1988年、東京都世田谷区出身。哲学研究者。法政大学文学部哲学科卒業、大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻博士課程満期取得退学。現在は追手門学院大学の特任助教。現代ドイツ思想を中心にしながら、テクノロジーと社会の関係を研究。また、「哲学カフェ」を始めとした哲学の社会的実践にも取り組んでいる。第31回暁烏敏賞受賞。著書に『Jポップで考える哲学――自分を問い直すための15曲』(講談社)、『ハンス・ヨナスを読む』(堀之内出版)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP