1. Home
  2. 社会・教養
  3. 僕らの哲学的対話 棋士と哲学者
  4. 棋士は勝負のプレッシャーをどう乗り越えて...

僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

2019.02.12 更新

棋士は勝負のプレッシャーをどう乗り越えているのか?糸谷哲郎/戸谷洋志

(写真:iStock.com/Kavuto)

棋士と哲学者が人間をめぐる様々な問いについて語り合った話題作『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』(イースト・プレス)。戦いによって生計を立てている棋士は、勝負のプレッシャーをどう乗り越え、負けをどう受け止めるのか。第1章「勝負論」からの抜粋をお届けします。

*   *   *

負けることに慣れる。でも悔しさを忘れてはダメ

戸谷 練習には強いけど、本番には弱いという人がいますよね。糸谷さんは、勝負の緊張やプレッシャーをどう乗り越えているんですか。糸谷さんが実践されているメンタルトレーニングについて聞きたいんだけど。

糸谷 よく聞かれるんですが、負けることに慣れるしかないですね。負けているうちに鍛えられていく。もちろん、慣れすぎて悔しさを忘れてはダメですよ。

戸谷 悔しさは必要?

糸谷 勝負に勝つという点においては、多少あったほうがいいと思います。

戸谷 同じ負けでも、プラスに転化することができる人と、マイナスに転化してしまう人とに分かれますよね。負けをどう解釈するかという話だと思うんだけど、その違いってどこにあると思いますか。

 

 

糸谷 精神論ぽくて嫌なんだけど、負けを次につなげようと思えるかどうかじゃないですか。将棋の世界では、勝った将棋より、負けた将棋のほうが勉強になるとよく言われます。負けた将棋に学べるかどうか。負けたからもういいやだと、向上はありません。

戸谷 糸谷さんは、子どものころは目の前の戦いに敗れると悔しかったと話していましたよね。それがある段階で、達観できるようになった。これは大人になるにしたがってメンタルが鍛えられてきたということなんでしょうか。

糸谷 鍛えられるというより、楽になるというほうが近いですね。

戸谷 特別なメンタルトレーニングをしていたわけではない?

糸谷 物事のとらえ方の訓練は大切だと思います。負けることの重大性を薄めるには、その負けをどうとらえるかが大切なんですよ。すべての勝負に勝てるわけではない、100戦全勝できる人なんていないと自覚するだけで、だいぶ違ってくると思いますよ。

戸谷 ここまで話してきてよくわかったんだけど、糸谷さんの思想の中心には、「すべての勝負には勝てない」というのがあるんですね。

糸谷 すべてのことに100点満点をとることはできませんから、取捨選択は絶対に必要になる。より正確に言えば、「自分が真に欲するものは何か?」という問いですね。この問いを短いスパンではなく、長いスパンで考えてみると、必ずしも目の前の勝利が重要ではないとわかると思います。

戸谷 自分を追い込むようなことはしないほうがいい?

糸谷 重大な局面でなければ。

戸谷 じゃあ、重大な局面では、「これに負けたらもう終わりだ」くらいに自分を持っていくこともありますか。

糸谷 そこはもう少し楽にかまえたほうが、ミスは少なくなりますね。基本的にミスが少ないのは、リラックスした平常な状態です。逆に、ピリピリと緊張している状態だとミスが多くなる。戸谷さんも空手の試合で、そういうことありませんでしたか。

戸谷 僕はそんなに緊張しなかったですね。というのも、空手の技で「胴廻し回転蹴り」ってあるんです。ほとんど当たらない、難易度の高い技なんだけど、成功するとすごくかっこいいわけ。僕、この技が好きだったんです。勝ち負けより、この技を成功させたいという動機で試合をしていた。そうすると、そんなに緊張しないんですよ。勝ち負けではなく、自分が納得できるかどうかに重心を持っていくと、結果としてミスが少なくなって、勝利に結びつくのかもしれない。

糸谷さんは対局をしていて、相手のほうがメンタルが強いなと感じることはありますか。

糸谷 ぶれない人と戦うと、さすがだなと思います。それも結局、慣れだと思うんですけど、相手のほうが慣れているなと感じることはよくありますね。

戸谷 やはり重要なのは、慣れなんですね。

糸谷 だから緊張しがちな人には、とにかくたくさん場数を踏めってアドバイスします。受験だったら模擬試験をどんどん受ける。将棋だったらとにかく実戦をこなす。

戸谷 場数以外には何かありませんか。

糸谷 客観視じゃないですか。この勝負は負けられないと思えば思うほど、緊張は高まるので、人生全体から見たら別にたいしたことじゃないと思うようにする。まあ、そう思えないから緊張するんだろうけど。

戸谷洋志・糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』

これは哲学者と棋士という異色顔合わせによる哲学的対話の記録です。棋士の糸谷哲郎さんは羽生善治さん他を下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった方です。また現役棋士として初めて国立大学へ進学し、大学院ではハイデガー研究で修士学位取得。当時同じ研究室で議論し合った哲学者の戸谷洋志さんは、ドイツの哲学者ハンス・ヨナスを研究する一方で、アカデミズムにこもることなく市民とのワークショップ「哲学カフェ」を各地で開催してきました。 例えばいまAI(人工知能)を搭載した将棋ソフトが驚異的な進化を遂げる中、現場の棋士はAIと人間の関係をどう捉えているのでしょうか。「人間」の自明性が問われる現在、1988年生まれの同世代の二人が勝負論や幸福論などを切り口に、「人間」を巡る様々な問いを考察していきます。

 

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

AI論、勝負論、幸福論……人間をめぐるさまざまな問いを、同じ1988年生まれの棋士と哲学者が語り合った「知的異種格闘技」として話題の書『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』の読みどころをご紹介。

バックナンバー

糸谷哲郎

1988年、広島県広島市出身。将棋棋士。八段。順位戦A級。「関西若手四天王」の一角として注目を集め、2014年に羽生善治、森内俊之らを下して竜王獲得、久々の20代タイトル保持者となった。現役の棋士として初めて国立大学へ進学し、大阪大学文学部にて哲学・思想文化学を研究。大学院ではハイデガー及びヒューバート・ドレイファスを研究し修士学位を取得。著書に『現代将棋の思想 一手損角換わり編』(マイナビ)、共著に『糸谷&斎藤の現代将棋解体新書』(マイナビ)がある。

戸谷洋志

1988年、東京都世田谷区出身。哲学研究者。法政大学文学部哲学科卒業、大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻博士課程満期取得退学。現在は追手門学院大学の特任助教。現代ドイツ思想を中心にしながら、テクノロジーと社会の関係を研究。また、「哲学カフェ」を始めとした哲学の社会的実践にも取り組んでいる。第31回暁烏敏賞受賞。著書に『Jポップで考える哲学――自分を問い直すための15曲』(講談社)、『ハンス・ヨナスを読む』(堀之内出版)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP