

本屋と他の業種を比べたとき、「本は腐らないからいいね」と言われることがある。賞味期限のある生鮮食品とは異なり、紙でできた本は腐ることがないので、扱いやすい商材だというのだ。
確かに物体としての本は腐らないが、その中身のほうはどうだろうか。少しまえに話題になっていた本が、古書店の店頭で百円均一の棚に並べられているのを見たとき、わたしたちは自然とその本の存在が「古くなった」と感じてしまうだろう。同じように古書店に並んでいても、より熟成されたように見える本もあるので、古びる速度はその本次第としか言えないが。
多くの新刊書店で、売上における〈新刊本〉の割合が、年々増えていると聞く(ここでの〈新刊本〉とは、発売後1~2カ月しか経っていない本のことを指す)。書店店頭の売上は落ちているにも関わらず、毎日出版される本の点数は変わらないので、少しまえに出た本であっても新しい本が入ってくれば、平積みからは外され、あっという間に棚に収められるか、そのまま返品されてしまう。そこでは本の内容は問題にならず、新しいものほど価値があるかのように取り扱われる。
Titleには自分で注文した本しか入ってこないので、そうした状態には陥っていない。もちろん最近発売になった本ほど売れる数は多いが、その本が魅力的に映るのだとすれば、それは同じジャンルの定番や古典の本が、あるべき場所にしっかりと収まっているからだと思っている。客として安心できる本屋の本棚では、昔に発売された本であっても「いま、読まなければいけない本」として、本のほうから語りかけられている気にさせられる。
そう考えると本の真価は、発売後すぐにわかるものではない。本屋として大切なのは、それがいつ発売になったものであれ、自分の店に合った本を常に探し続けて、それを自店の変わらぬ定番として育てていくことだ。そうした賞味期限のない定番を増やすことが店の魅力を高め、〈新刊本〉だけに頼らない経営を支えていく。
今回のおすすめ本
『世界のはじまり』 バッジュ・シャーム作・絵 ギーター・ヴォルフ文 青木恵都訳 タムラ堂
一冊ずつハンドメイドで作られた本自体が、インドの神話的な世界からそのまま産み落とされたようだ。手で漉いた紙の手触り、匂い。インド・ターラーブックスの定番書籍の日本語版。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年6月6日(金)~ 2025年6月24日(火)Title2階ギャラリー
きみまでのおさらい
井上奈奈『うさぎまでのおさらい』刊行記念展
2018年ドイツにて開催された「世界で最も美しい本コンクール」にて銀賞を受賞し、話題となった絵本『くままでのおさらい』。そのスピンオフ作品として制作された『うさぎまでのおさらい』が、このたび装いもあらたにビーナイスより刊行になります。今回の作品展では、この『うさぎまでのおさらい』『くままでのおさらい』とともに、2024年に刊行になったエッセイ集『絵本を建てる』の作品も展示します。
◯2025年6月28日(土)~ 2025年7月14日(月)Title2階ギャラリー
Titleからほど近い阿佐ヶ谷にあった、大正末期に建てられた文化住宅・旧近藤邸。そのたたずまいは宮﨑駿監督の著書『トトロの住む家』のなかでも取り上げられました。緑に包まれ、静かに時を刻んできたこの家の在りし日の姿を活写したのが、このたび刊行された公文健太郎さんの写真集『バラの花咲く家』(平凡社)です。旧近藤邸は残念ながら2009年に不審火で焼失してしまいましたが、美しい写真プリントで、多くのひとに愛されたその姿があざやかに蘇ります。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】NEW!!
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
「はたらき」を回復する /〈わたし〉になるための読書(5)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第5回。人の流動性が高まる春、さまざまな仕事とその周辺についての3冊をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。