

「選書」ということばを頻繁に聞くようになったのは、ここ10年くらいのことだと思います。そのことば自体は、もちろん以前よりありました。書店である以上「本を選ぶ」仕事は常につきまとい、特にことばとして意識しなくともあたりまえに行っていたことのように思います。
カフェや美術館、企業のライブラリー、そして時には特定の誰かのために本を選ぶといった「選書」が仕事になる背景には、「自分で本を選べない人が増えた」ことがあるように思います。店頭で「何かおすすめの本はありますか」と聞かれることはよくありますし、見ず知らずのかたから「わたしは何を読めばいいのでしょうか」と電話をいただくこともありました(「そんなの知らないよ」と思いつつ、長い時間お話ししましたが……)。
いつも思いますが、その人のための本を選ぶことは、人生相談にも似ています。北海道砂川市にあるいわた書店さんが行っている「一万円選書」はテレビでも放送されていたので知っているかたも多いと思います。依頼者は書店から届いた「カルテ」に従い、読書歴や自分の人生を記入して、本を選んでもらうわけですが、書店はその「カルテ」を見ながらその人のことを想像し、その人に向けた本を選んでいきます。
わたしも番組を見ていましたが、「すごいなあ」と思い、何よりも深く共感したのは、岩田さんが毎朝自宅で本を読んでから出勤されていることでした。書店に勤めていれば「どのような本が出ているか」については、自然と詳しくなりますが、その全ての本を読むことができない以上、実際には有名な作家であっても読んだことのない人がほとんどです。それでも本を売る仕事はできますが、人に何か本をすすめることは一冊の本に関して深く知らないと、自信を持ってそうすることはできません。
どんな人が相談にくるかわからない選書では、「自分の引き出しの多さ」が大切です。相談にきた人と、自分の引き出しに入っている本を見比べながら、必要とされる一冊を見つけていくわけですが、その引き出しが枯渇しないように、本屋はそれを日々更新する必要があります。
今回のおすすめ本

『馬場のぼる作品集 絵本のしごと 漫画のしごと』 馬場のぼる(スペースシャワーネットワーク)
『11ぴきのねこ』シリーズでよく知られる馬場のぼる。遺された数多くの絵本や初期の漫画を読むと、この人が弱いものへの共感を忘れず、そこにそっと手を差し伸べていた「心やさしき人」だったことがわかる。その仕事の全貌に迫る、ファンが〈待っていた〉一冊。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間の記事をもっと読む
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。