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裁判官の人情お言葉集

2018.08.23 更新 ツイート

記憶喪失の被告人に温情判決――裁判官が放った感動の言葉!長嶺超輝

「困ったときには私に会いに来てもいい。そのときは裁判官として、できるだけのことをします」――。

 情をまじえず、客観的な証拠にもとづいて判決をくだすのが裁判官の仕事。どこか冷徹なイメージを感じている方も多いでしょう。しかし彼らも人の子。冒頭のような人情味あふれる言葉を、被告人にかけることもあるのです。

裁判官の人情お言葉集』は、そんな裁判官の心あたたまる発言とエピソードを集めた「涙のお言葉集」。その中から一部をご紹介します。

iStock.com/ipopba

その頑固な性格を、
前向きな方向に生かしなさい。

住居侵入と窃盗未遂の罪に問われるも、名前や年齢を一貫して黙秘しつづけた男性の被告人に対して、執行猶予付きの有罪判決を言いわたして。(加治木簡裁・伊志嶺洪裁判官――2002年2月14日)

 

弁護士さんや検察官も、
あなたにまっとうに生きてほしいと手を尽くしました。
世の中それほど捨てたものではありません。
人を信用して、困ったときにはどこかに相談をしてください。
私に会いに来てもいいし、そのときは、
裁判官としてできるだけのことをしたいと思います。

窃盗の罪に問われるも、氏名不詳の男性に対して、罰金15万円の判決を言いわたして。(京都地裁・東尾龍一裁判官、当時55歳――2007年4月25日)

「身元不詳」の被告人にどう対処する?

 被疑者を逮捕して、まず警察官が作っておきたいのが「身上・経歴」、つまりプロフィールの記録で、氏名は当然まっさきに尋ねられます。刑事裁判が始まったときも「名前は何といいますか?」というのが、裁判官からの最初の質問です。

 ただ、被疑者・被告人が自分の氏名を答えない珍しいケースもありまして、これは大きく2種類に分かれます。「名乗りたくない場合」と「名乗れない場合」です。

 私も過去に、身元を明かさない被告人の裁判を傍聴したことがありますが、これは「名乗りたくない場合」でした。カプセルホテルの無銭宿泊。詐欺事件です。自分のことを飄々と「天涯孤独」「世捨てびと」だと形容するわりに、ぶっきらぼうな受け答えをしたり、身体を細かく左右に揺らすなどして、法廷に居合わせた人たちを威嚇しているような印象でした。

 いつもは被告人の個人情報を握り、冒頭陳述でこれでもかといわんばかりにバンバン披露していく検察官も、この日ばかりは「被告人の身上経歴は……不詳であります」と、力なく読み上げるしかありませんでした。その表情は少し悲しげ。とはいえ、置き引きの前科が1犯あることは特定できていましたから、やっぱり抜かりないですね。

「ダンマリ作戦」の被告人に……加治木簡裁のケース

 この件における被告人は、犯行の事実を素直に認め、動機もちゃんと供述していたようです。ただし、氏名・住所・年齢は「知らない」として黙秘しました。そこだけ素直じゃないのね。

 刑事訴訟法は311条で「終始黙秘」できると定めますが、その一方で最高裁の判例は「そりゃそうだけど、さすがに氏名は黙秘しちゃいかんよ」と言っているんです。

 じつは、氏名を黙秘された場合に、実際問題どう対処すべきなのか、法律には何も書かれていないのが現状です。だからといって、名乗りたがらないのを、ムリヤリ名乗らせるわけにもいきませんよね。

 本件被告人の「身元ダンマリ作戦」を受けて、検察は過去の前歴者の指紋データと照らし合わせましたが、彼の検挙歴はなし。しかたなく、起訴状の氏名・年齢の欄に「不詳」と記し、カッコ書きで「(別紙写真の男)」と書き添え、被告人を特定するための資料として、顔写真を付けて起訴したようです。

 本件では被告人の身元が最後までわからないまま執行猶予が付いて、晴れて釈放されました。もし、刑の執行猶予の期間中に再び罪を犯せば、猶予は取り消されるのですが、「その人」が再び犯した事実も、また指紋や顔写真だけで特定することになるのでしょう。

記憶喪失の被告人に温情判決……京都地裁のケース

 とつぜん山の中で記憶喪失に陥ってしまい、数カ月にわたって放浪していた被告人が、空腹をしのぐために食料品などを万引きしたという事件です。

 罰金刑ですと、一般的には「略式手続き」といって、弁護人のいない非公開の場所で、検察官の主張だけをもとに裁判官が命令を出すことが多いようです。しかし、一方的な略式命令では、罰金を納めるだけのお金もなく、その後に身を寄せるあてもない男性にとって、かえって不利だとして、同情した検察官はあえて正式な裁判に持ち込むことを選びます。また、男性が更生保護施設に入れるよう、弁護人とともに関係機関へ働きかけていたといいます。

 その配慮に応え、東尾裁判官も「やったことは悪い」としながら、判決が出るまで閉じ込められていた期間(未決勾留日数)を1日につき1万円と換算。刑法21条の定めにより、15万円の罰金と相殺することで、「実質的に罰金ゼロ円」の温情判決に仕上げてみせました。

 私も東尾判事の法廷へは繰り返し足を運びましたが、この方も「人と向き合う」という裁判のあり方を真剣に考えておられるように見受けられ、敬服している裁判官のおひとりです。

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長嶺超輝『裁判官の人情お言葉集』

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長嶺超輝

1975年、長崎県生まれ。九州大学法学部を卒業後、弁護士を目指し、塾講師・家庭教師をしながら司法試験を受験。7回の不合格を重ねて懲り、ライターを目指して上京。初の著書『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)が30万部を超えるベストセラーになる。

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