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東芝の悲劇

2017.10.19 公開 ツイート

東芝崩壊の戦犯たち――一流の技術と三流の経営 大鹿靖明

(写真:iStock.com/HAKINIMHAN)

 10月11日、東証は東芝の「特注銘柄」指定を解除。ひとまず東芝の上場が維持されることになりました。このとき、審査にあたった日本取引所自主規制法人の佐藤隆文理事長は、東芝について「一流の技術と三流の経営が組み合わさった悲劇」と述べました。
 一流の技術と三流の経営。大鹿靖明さんの『東芝の悲劇』では、まさにそのとおりの内実が、生々しく描かれています。
 2006年、東芝が、今日の凋落の最大要因とも言える、原発メーカー・ウェスチングハウスを、54億ドル、当時のレートで6210億円という法外な高値で買収したころのことです。

 * * *

 当時の社長・西田厚聰はこのころ、「センス・オブ・アージェンシー」という言葉を多用している。わかりにくい概念だが、本人の弁を借りると、「せいぜい危機意識といったところでしょうか」ということらしい。

「危機意識がエンベデッド(組込型)になれば最高なわけです。それによってイノベーションを次々と起こしていけるような風土をつくる」とも言っている(*1)。その意図するところは、社員に危機意識を持てといったところだろうが、原子力と半導体という極端な事業分野への過度の依存に対して、財務を預かる大番頭だった島上清明元副社長は「原発と半導体、どっちも非常にリスクが大きい」と、西田とは異なる危機意識を持った。彼は、西田と違う意味で「センス・オブ・アージェンシー」を抱いたのだった。

 もともと重電部門出身の理系エンジニア上がりが社長に就くことが多かった東芝で、技術や製造に明るくない西室泰三、西田厚聰と二人の国際営業畑出身者がトップを占めると、組織は次第に変質していった。

 東芝の人事や総務、経理の三部門は、社長でさえ恣意的にできない独立性の高い部署だった。西室が自身のお気に入りを理事に就けようとしたところ人事部門が当該人物の社内における風評を問題視し、首を縦に振らず、実現しなかったこともある。それだけ中立性の高い組織だったが、西室が経理部門出身の飯田剛史を重用して内部管理全般を任せるようになると、経理は大番頭の島上を最後に次第に小粒化してゆき、笠貞純、村岡富美雄と代を経るにつれ、中立性や公平性が危うくなっていった。

 人事・勤労部門でも同様に松橋正城が起用され、勤労系や総務系の幹部が外されるようになった。次第にイエスマンばかりが起用され、東芝の伝統だった経理・人事・総務部門の公平性や中立性は損なわれていった。組織の変質を東芝の元常務は後にこう分析した(
*2)。

「西室さんが社長になってからというもの、海外営業出身者の積極的な登用につながり、製造や技術の軽視、そして経理の原則の軽視・無視が広まるようになった」

「東芝の海外営業部門というのは、現地の販売代理店の管理と日本の営業部門をつなぐのが主たる任務で、実質的には出張者の世話と接待が仕事です。西室さんは半導体など電子部品の国際営業、西田さんはパソコンの海外販売しか経験がなく、常務や専務になって初めて所管が広がって生きた事業を見るようになった。だから、それまで東芝の歴史の中で重視されてきた製造や技術にまったく経験がないし、経理とは何かということを理解できていない」

「それまで東芝の中で当然と考えられてきた倫理観や正義感、公平性などを持ち合わせていない、まったく異質な人間に唐突に責任と権限が委ねられた結果、おかしなことが起きても誰も異議を唱えられない異常な組織に変質してしまったのです。しかも、穏和な東芝の風土ゆえに、残念ながら暴君や独裁者を排除する気概をもった人物に欠けていました」

 西田はこのころ、ウェスチングハウス買収で途中から主戦論に転じた佐々木則夫を誘っては、建築家ヴォーリズが大正時代に建てた洋館「東芝高輪俱楽部」で高級ワインのボトルを空けて歓談した。ソムリエが支配人をしているそこは、高価なワインがコレクションされていた。一緒にワイングラスを傾ける二人はこのとき、とても仲良しだった。西田は2008年暮れ、自分が続投せずに「交代するとしたら、次はおまえだ」と佐々木に社長を禅譲するような言い方をしている(*3)。

 東芝は原発メーカーとはいえ、佐々木の出身母体である原子力部門は東芝全体から見ると「他の部門とはあまりかかわりあいを持ちたがらない異質な集団で、国策とも関連して特異な〝村〞を形成してきた。東芝社内よりも電力会社や経産省との付き合いが深かった」(元常務)。技術思想が他の部門と大きく異なる原発部門は、東芝の中でも「ブラックボックス」だった。

 国際営業と原子力――。

 東芝は従来の伝統的な主力部門とは異なる〝異端の集団〞に支配されるようになっていったのである。

*1 「週刊東洋経済」、2007年12月8日号、「TOP INTERVIEW 西田厚聰」。
*2 東芝の元常務の経営悪化分析ペーパーおよびインタビューによる。2016年3月10日。
*3 「週刊ダイヤモンド」、2009年9月12日号、「編集長インタビュー 東芝社長 佐々木則夫」。

 * * *

 大鹿氏が失敗コングロマリットと称するウェスチングハウスの買収、イエスマンの登用、そしてブラックボックスである原発部門からの社長起用……変貌する東芝を、3・11の福島第一原発事故が襲います。続きは『東芝の悲劇』でお読みいただけると幸いです。

 次回は10月26日に公開予定です。

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東芝の悲劇

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大鹿靖明

1965年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。ジャーナリスト。著書に『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(朝日新聞社)、『ヒルズ黙示録・最終章』(朝日新書)、『墜ちた翼 ドキュメントJAL倒産』(朝日新聞出版社)、『ジャーナリズムの現場から』(講談社現代新書)。『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞を受賞。築地の新聞社に勤務。2017年、労組委員長に立候補し、落選。

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