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東芝の悲劇

2017.10.05 公開 ポスト

東芝崩壊の戦犯たち――西田厚聰・野望の人大鹿靖明

(写真:iStock.com/nickpo)

 家電でも重電でもない、東芝内では傍流の海外営業畑から社長に抜擢された西室泰三氏。会長に退いたのちも権勢を奮う西室氏のもとで台頭してきたのが、パソコン事業で実績を上げた西田厚聰(あつとし)氏でした。
 20年にわたり取材を続けてきたジャーナリスト・大鹿靖明さんは、東芝崩壊は歴代社長による「人災」だと喝破。大鹿さんの最新刊『東芝の悲劇』で生々しく描かれる、西田厚氏の野望とは……。

 * * *

 西田は技術開発というよりも販売の人であり、数字を重要視するタイプだった。東芝の各事業部門は毎年2月中旬までに次年度の予算編成をまとめ、そのあとは3月末の決算期末に向けて追い込みをかけるのが慣例だが、西田は2月に経理に提出した次年度予算とは別に、4月に入ると「ストレッチ」と称して、経理に提出したものより1割以上も目標をアップさせた「実行予算」を部下たちに求めた。

「これが到達できないとなると、人格無視の罵詈雑言(ばりぞうごん)が待っていました。溝口さん(溝口哲也 「小さなジョブズ」とも称された、当時のパソコン開発責任者)の子分だった人が西田さんに大声で怒鳴られていたところに偶然出くわしたのですが、彼はきっと相当頭に来たのでしょう。バタンと大きな音でドアを閉めて出ていくのを目撃しました」。そう西田の部下の元事業部長は言う(*1)。

 エンジニアたちの天国だった青梅工場の空気は急激に変わり、設定された高い目標値を乗り越えることがしきりと強調されるようになった。溝口を慕っていたエンジニアたちは徐々に追われ、代わりに「チーム西田」のメンバーが要職に起用されるようになっていった。

 西田が溝口派を駆逐していく少し前の1998年12月、東芝が電機業界の担当記者たちを集めて経団連会館で年末のパーティーを開いたときのことである。ホスト役の東芝の役員連中は何も食べずに立ちっぱなしだったため、当時社長の西室泰三、西田、および秘書室長ら西室の側近連中はパーティー終了後、おなかを満たそうと東京・新橋の寿司店に河岸を変えた。

 しばらくして西田が「ちょっと彼らをお借りしていっていいですか」と西室の側近連中を連れ出した。一行は午後10時を過ぎたころ、都心の高層ホテルのバーに場所を移し、再び飲み直し始めると、西田はおもむろに西室側近たちに向かってこう言った。「僕は西室さんのことをもっと知りたいんだ。キミたちなら詳しいだろう。西室さんがどんなことを考え、どんなことに興味を持っているのか教えてくれないか」。いぶかる西室側近たちを前にして、西田はこうも言った。

「僕はできることならば社長になりたいんだ」

 このとき西田は、まだ役員入りしてたった1年半しか経っていない。まだヒラ取締役にすぎない。それなのに「社長になりたい」と、自らの野心を公然と口にしたことに、西室の側近たちは驚愕した。「東芝には普通、そんなことを口にする人はいないので、聞いていて内心、思い切りドン引きしました」(同席した西室側近)

 酔った西田はこの晩、次第に饒舌(じょうぜつ)になり、主に西田派と呼ばれる面々の品定めを問わず語りに話し始めた。西田は「能仲、深串よりもむしろ、俺の後任が務まるのは下光しかいない」と後に副社長に引き上げる下光に高い評価を与えていた。ホテルのバーでの密談が終わったのは午前二時半をすぎていた(*2)。

 総合電機メーカー3社の中では、長兄格の日立製作所の社風が「野武士」的と評され、末弟格の三菱電機が「お殿様」と揶揄されるなか、穏やかな社風の東芝は「お公家さん」とからかわれてきた。ソニーのように「俺が、俺が」とアグレッシブに自己主張していないと社内で存在感を発揮できない会社とも違う。そんな東芝で、西田のように野心をみなぎらせた男は珍しかった。

 かつての石坂泰三や土光敏夫、そして西室や西田もそうだが、幹部クラスには子女を東芝に就職させるものが少なくなかった。勢い、波風を立てたがらない(がむしゃらに働かない)温厚なお坊ちゃん、お嬢さんタイプが幅を利かすことになる。その中で、中途入社が一般的ではなかった1970年代に、イラン現地法人が振り出しという〝異端〞のポストから社会人生活をスタートさせ、しかも東芝全体の中では傍流の海外営業畑から頭角を現していったのは、並大抵のことではなかっただろう。

 お公家さん集団の東芝にあって、上昇志向の強い野心家の西田のような存在はきわめて珍しかった。しかも海外にパソコンを売りまくり、ノート型では世界一のシェアを実現したという大きな成果もあげてきた。東芝の中では販売で成果をあげるという者はきわめて珍しかった。

 1998年暮れに「社長になりたい」と漏らしたときはまだ願望にすぎなかっただろうが、西室は陰に陽に西田を守り立てていく。また西田の西室への献身ぶりは周囲の者が目を瞠(みは)るほどだった。「下の者には厳しいが西室さんには非常に腰が低い。飲み会もしょっちゅうやっていたようだった。二人はいつも一緒だった」と当時の副社長。そして2003年には、岡村正の後継社長候補に擬せられるようになっていた。

*1 西田厚聰の部下の事業部長へのインタビュー。2016年2月22日。
*2 ここまでのエピソードは西室泰三側近へのインタビューによる。2016年2月22日、2017年3月23日。

 * * *

 次期社長当確と言われた西田氏でしたが、その後、パソコン部門の赤字により社長就任が遅れます。そしてその「お預け」が、西田氏が不正会計に手を染めるきっかけとなり……続きはぜひ大鹿さんの最新刊『東芝の悲劇』でお読みいただけると幸いです。

 次回は10月12日(木)に掲載予定です。

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東芝の悲劇

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大鹿靖明

1965年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。ジャーナリスト。著書に『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(朝日新聞社)、『ヒルズ黙示録・最終章』(朝日新書)、『墜ちた翼 ドキュメントJAL倒産』(朝日新聞出版社)、『ジャーナリズムの現場から』(講談社現代新書)。『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞を受賞。築地の新聞社に勤務。2017年、労組委員長に立候補し、落選。

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