現在、コラムニストとしてだけではなく、コント作家、脚本家、舞台のプロデューサーなど、多方面で活躍中のワクサカソウヘイさん。
そのワクサカさんの新刊『男だけど、』が、とにかく笑える、共感できると好評発売中です。刊行を記念して、本の読みどころを一部ご紹介します。
第4回は、日本のパワースポットの最高峰、出雲大社への旅・後編。スピリチュアルのことを「スピッツ」と言い続ける地元のおじさんに教えてもらった、穴場のパワースポットへも足を延ばします。
* * *
「お兄さん、ひとりで来たの?」
それは、知らないおじさんであった。
煤けたウィンドブレーカー。見たこともない野球チームのキャップ。歯はタバコで黄ばんでおり、その肌はほぼ一日中太陽の下にいる生活を送っていないとつじつまが合わないほどに、小麦色すぎた。長々と描写したが、一言でいうと、とても小汚いおじさんだった。
旅に出ると、この手のおじさんによく声をかけられる。
おそらくは地元在住の、働いてんだか働いてないんだか、家があるんだかたまに鳩食ってんだか、よくわからないおじさん。こういったタイプのおじさんはなぜかきまって観光地の入り口付近でウロウロしており、目についた観光客のそばに寄ってきては、なんでもない会話をして立ち去っていく。人畜無害の存在ではあるが、旅の思い出に一役買うわけでもない存在でもある。
「珍しいね、男ひとりで出雲大社なんて」
おじさんは、明らかに僕との会話を求めていた。心の中の“女の子ちゃん”が
(なんかこの人、焚き火をしたあとの臭いがする!)
と眉をひそめたが、ここは大人として冷静な対応をしよう。
「そうなんです、ひとりで来たんですよ」
「そうか。どうだった、出雲大社は?」
「うーん、なんかちょっと、期待外れでした」
「そうだろそうだろ、最近はスピッツブームで、人がわんさかいるからな」
スピッツがブームだったのは一九九六年に「チェリー」をリリースした辺りだから、おじさんの言ってるスピッツブームというのは、実はスピリチュアルブームのことでは? と指摘しようかどうか迷っていると、おじさんがそのまま言葉を継いでこんなことを言い出した。
「まあな、ここなんかより、ちょっと先にある須佐神社のほうが、もっとスピッツに溢れているよ」
「……須佐神社?」
「そうだ、須佐神社だ。まだほとんどの人が知らない神社だから人も全然いないし、いい場所だよ、あそこは」
「須佐神社、ですか」
「そうだ、須佐神社だ。スピッツに溢れる、須佐神社だ」
おじさんの言っている「スピッツ」がスピリチュアルのことならば、その須佐神社という場所は地元の人だけが知る、穴場のパワースポットということになる。もしおじさんの言っている「スピッツ」が、そのまんまバンドのほうのスピッツだった場合、その神社には草野マサムネやその他のメンバーで溢れかえっている可能性もあるわけだが、おじさんが言わんとしているのは、おそらく前者のほうである。
僕はおじさんに礼を言い、すぐさま須佐神社に移動するため、駐車場近くのタクシー乗り場に急いだ。去り際、僕の背中に向かっておじさんが
「願いが、叶うといいですね」
と言った気がしたので、「まさかあのおじさん、白蛇……?」と振り返ったら、おじさんは痰を吐き捨てていたので、見なかったことにした。
タクシーを走らせて四五分、ようやく着いた須佐神社は、圧巻の一言であった。
僕以外の参拝客は見当たらない、境内。澄んだ青空に伸びる一本のご神木の神聖なその佇まいは、僕の心を洗い流す。清らかな小川が神社の横を流れ、まじりっけのないアクアクララのごとき空気が疲れた僕の心身を浄化していく。ピン、と張りつめた、言外の気配が辺り一面に漂っていた。
最高の、ご褒美であった。
(波動が、すごい……)
そのハンパない地のオーラを体感し、思わず「波動」などという今まで一度たりとも使ったことのない単語を漏らす、“女の子ちゃん”。全身全霊に、神々の鼓動が訴えかけてくるのがわかり、しばしその場から動けなかった。
と、その時である。
エンジン音が近づいてきたかと思うと、鳥居の先に大型バスが停車。開いた乗降車口から、老人の団体がわらわらと降りてきた。
「はー、なんか出雲大社と比べると、ちっぽけな神社だね」
「お土産屋もないのか。しみったれた場所だ、ここは」
「とにかくオレオレ詐欺が怖い」
境内が、がやがやとポリデント臭い会話によって満たされていく。それとともに、さっきまで僕の目にうつっていた神々しくも澄んだ景色はあっという間に濁っていき、魔法が解けた。
そして改めてその境内を見渡してみた。すると、須佐神社はたしかにちっぽけで地味な、どこにでもある神社にしか見えなくなっている自分がいた。
帰りのタクシーで、運転手さんが
「あの須佐神社はねー、ほら数年前にテレビによく出ていた霊能者、あの人が紹介してから観光地として急に栄えたんですよー。はは、その前までは、猫も寄り付かない陰気な神社だったんですけどねー」
と教えてくれた。
僕はそれを、聞かなかったことにした。
“女の子ちゃん”は、須佐神社を出たときからずっと無口だった。「なんか食べたいもの、ある?」と問いかけても返事をしなかったので、僕は“女の子ちゃん”をいないことにして、出雲市駅前にあったチェーン店の居酒屋で特に島根名物でもなんでもないチャーハンを食べた。
昼に須佐神社のことを教えてくれたあのおじさんがカウンターで焼酎片手に、ひとりベロベロに酔っ払っていたが、それもいないことにした。
* * *
次回は11月6日(金)更新予定です。
男だけど、カワイイものが大好きだ。
「カワイイ」は、女子だけのものじゃない! 新進気鋭のコラムニスト・ワクサカソウヘイによる、カワイイを巡る紀行。