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男だけど、カワイイものが大好きだ。

2015.11.16 公開 ツイート

第9回

〈ベトナム〉やっと、カワイイの国へ(中) ワクサカソウヘイ

現在、コラムニストとしてだけではなく、コント作家、脚本家、舞台のプロデューサーなど、多方面で活躍中のワクサカソウヘイさん。

そのワクサカさんの新刊『男だけど、』が、とにかく笑える、共感できると好評発売中です。刊行を記念して、本の読みどころを一部ご紹介します。

第9回目は、カワイイが溢れる国ベトナム・中編。フォーの美味しさを伝えようとするあまり、麺料理を擬人化し始めたワクサカさん。「フォーを擬人化するとしたら、美少年だ!」という考えから、妄想が始まり、なぜかBL小説の展開に。

 

*  *  *

バイクの波をするすると抜けながら歩いていくと、サイゴン中央郵便局が現れた。その壮観な建物を目にした瞬間、女の子ちゃんが(キャッ)と歓声を上げた。

目に眩しいほどの、カラフルな建物であった。

通常、都市部にある観光名所的な近代建築物は、「なぜこれが観光名所に?」と首をひねるほどのガッカリスポットであることが多い。札幌の時計台など、その最たる例である。

ところが、このサイゴン中央郵便局は、大方の予想を裏切り、ハッとするような美しさをたたえていた。鮮やかな山吹色が、ホーチミンの青い空にビチッ! と映えている。

周りの風景との調和も、美しい。郵便局の隣に建つサイゴン大教会は、洗練された古めかしさ、といった具合で、眺めているだけで豊かな気持ちになっていく。

建物の周りには南国ならではの鮮やかな花が咲き誇り、そこにチラチラとぜんまい仕掛けの玩具のような蝶たちが羽ばたいている。

カワイイ!

カワイイ!

カワイイ!

これが、ベトナムの有している、真の「カワイイ!」なのかと、“女の子ちゃん”はため息をひとつ漏らした。

しかし、この地帯の「カワイイ!」はそれだけに止まらなかった。郵便局の前では、アオザイを着た女性たちがポストカードを売っていたのだが、その二つ折り仕様のポストカードは、開くと細かい切り絵が飛び出すという手の込んだもので、しかもお値段、一枚たったの二〇円。

カワイイ!

カワイイ!

ヤスクテ、カワイイ!

他にも、すぐさま棚に飾りたくなるような錫作りの人形、動物の意匠をさりげなくほどこしてあるタンブラー、使うのがもったいないほど繊細に模様が彫り込まれた木製のしおりなどが路上の売り子さんたちの手によって販売されていた。

“女の子ちゃん”は興奮、僕は鼻息を荒くさせ、それらを買い漁った。

カワイイ雑貨の国、ベトナムというのは、本当だったのだ。

さっきまで、「野糞もカワイイのか否か」で悩んでいた自分は、いったい何だったのだろう。

 

雑貨だけではなく、食べ物もまた、ベトナムは“女の子ちゃん”のツボを的確に押してくる国であった。

まず、生春巻き。海老やパクチー、キュウリなどがたっぷり皮で巻かれたそれを、たれにつけて食べる。どうかと思うくらいヘルシーな味わいで、食べれば食べるほどむしろ痩せていくんじゃないだろうかと不安になるほどの、カロリーの気配がない一品である。

それから、ヤギ鍋。日本人にとっては一瞬躊躇がよぎるものかもしれないが、ベトナムのヤギ鍋は臭みもまったくなく、旨味と甘味とが渾然一体となったスープが実に美味しい。彩りの豊かな鍋の中の食材は目にも楽しく、“女の子ちゃん”の心も躍る。ただしスープは完全にドブ色で、その点に関してはガン無視をしながら食べることをおススメしたい。

屋台で売られているスイーツも見逃せない。

卵の殻をそのまま容器にして作られたプリン。見た目からしてプリティなこの一品は、よく冷えていて、濃厚。僕はベトナム滞在中に、これを一八個も食べた。

それから、挟んだフランスパンのアイス・サンドウィッチ。さすがフランスの統治下にあったベトナムだけあって、フランスパンを作る技術は完璧だ。しっとりとしたそのフランスパンの中に、たっぷりのバニラアイスを挟んで食べるそれは、実に美味い。これを食べながら街を歩き、たまに指にこぼれたアイスクリームをなめるなどしていると、まるで自分がミス・サイゴンにでもなったような錯覚を起こすことのできる一品である。実際は三〇歳オーバーの青ひげの男に過ぎないのだが……。

さらに路上では焼きたてのワッフルや、カキ氷、甘栗、肉まんなどを売る屋台が軒を連ねており、仕事帰りのベトナム人たちが、バイクを停めてそれを買っている。

この国のグルメをプロデュースしている陰の首領、その人は絶対に、心の中に“女の子ちゃん”を宿しているに違いない。

 

女子の胃袋をダイレクトに刺激してくる、数々のベトナム料理たち。

なかでも僕の“女の子ちゃん”が気に入った一品がある。それが、ベトナムの代表的な麺料理である、フォー。こちらもまた健康的な食べ物で、澄んだスープはあっさりとしていながらも飽きのこない旨味を包んでおり、半透明の米粉麺が器の底に輝いている。

さりげなく浮いた牛肉と、丘のように積まれた青菜を汁の中に混ぜ、麺をすする。すると、口の中に、さっぱりとした風が吹き抜けていく。

麺料理には様々な種類があるが、ここまで「爽やかさ」のある麺料理が他にあるだろうか。

ラーメンを擬人化した場合、それはきっと、顔中はニキビだらけで鼻は脂でテカテカ、小太りでいつでも上下スウェット、みたいな感じだろう。

これがうどんだと、いつでも柔道着で「さあ、今日の練習はグラウンド百周でごわす」みたいなことを言い出すイメージ。

焼きそばの場合だと、黒光りした肌にさらにサンオイルをベタベタと塗り込みながら「週末は湘南の海にばかり行ってるざんす」みたいなことを言いそうだ。

どれもこれも、男臭い。

しかし、フォーの場合は、違う。男臭さが一切、漂ってこない。フォーを擬人化するとしたら、美少年なのだ。そして萩尾望都先生の『トーマの心臓』の登場人物を麺化するとしたら、それがフォーなのだ。

 

「まいったな、雨に濡れちゃったや……」。学校の玄関で白いシャツを透けさせながら雨宿りをする、フォー。

「ありがとう、お見舞いにきてくれて。あの窓の向こうの枯れ木の葉が散ったら僕は……」。病院のベッドの上で、弱気な発言をこぼす入院中の、フォー。

「これかい? 僕の好きな作家の小説だよ……」。木漏れ日の下、『ライ麦畑でつかまえて』の文庫をひもとく、フォー。

「ラーメン先輩、どうして僕にキスをしたの……?」。男子校の脂ぎった欲望にからめとられてゆく、フォー。

「どうして僕が焼きそば先輩の身体にサンオイルを……?」。男子校の黒いしきたりに従うより他にない、フォー。

「うどん先輩、やめてください……!」。放課後の体育倉庫、うどんとフォー、ふたりっきりのプライベート乱取りがいま……。

 

本場ベトナムのフォーの美味しさを伝えようとするあまり、なぜかBL小説が展開しかけたが、とにかくフォーはそれほどまでに“女の子ちゃん”をときめかせる食べ物なのである。

淡い味わいが物足りなければ、卓上の魚醤やチリソースで自分好みの味付けにできる点も、いい。

「ああ! やめてよ……! どうして僕にチリソースをかけるの……?」

真っ白な肌をソースで汚され、濡れた瞳でかよわく抵抗するも、どんどん美味しくなっていく魔力には逆らうことのできない、フォー……。

またしてもおかしな展開が現れたが、これら妄想はすべて“女の子ちゃん”の闇の部分によるものであり、そのままスルーしていただきたい。

*  *  *

次回は11月19日(木)更新予定です。

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男だけど、カワイイものが大好きだ。

「カワイイ」は、女子だけのものじゃない! 新進気鋭のコラムニスト・ワクサカソウヘイによる、カワイイを巡る紀行。

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ワクサカソウヘイ 文筆家

1983年生まれ。小説からコラム、脚本までその執筆活動は多岐にわたる。またコント作家・芸人として、コントカンパニー「ミラクルパッションズ」にも参加。主な著書に、『今日もひとり、ディズニーランドで』(イースト・プレス)などがある。

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