二〇二〇年刊のデビュー作『明け方の若者たち』が大ヒットし、最高の初速度を得て作家の道を歩み始めたカツセマサヒコさん。挑戦と経験を重ねてきた作家の最新刊『憂鬱な恋の忘れ方』は、デビュー作以来となるど真ん中の恋愛長編小説です。ただ、その印象は途中でガラッと変わる。恋愛を含めた人生について描き出す、普遍性に満ちた物語はどのように生まれたのでしょうか。(前後編の後編。前編はこちらから)
(小説幻冬11月号より転載)
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「時間」を心の中で少しでも早送りできる何かがないか
――前半はギリギリ恋愛小説の範疇に入るかな、と思うんです。しかし、後半から様相が変わってきます。このギアチェンジは自覚的なものでしたか。
カツセ:後半で人生そのものがグッと前に出てくる、という構成は最初からイメージしていました。もともとこの小説は「ニューロブック」というメディアで連載していたんですが、九章まで書いたところでメディアがクローズしてしまったんですね。十章以降が書き下ろしパートで、そこからが自分が本当に書きたいと思っていたことでした。
――『明け方の若者たち』にも「働くこと」のリアルが途中から入り込んでくるんですが、比べ物にならないくらいさまざまな要素が本作には書き込まれています。
カツセ:女性の方がライフステージの変化に敏感ですよね。例えば、子供を作るんだったら時間制限があるとか、結婚のタイミングを考えるとうかうか恋愛だけ楽しんでいられないという焦りを持っているのに対して、男は鈍感すぎるほど鈍感だと思うんです。男女間の温度差であったり、男性側の未熟さは今回書いてみたいと思っていたことの一つでした。そんな彼がどう変わっていくかを、小説ならではの手法で表現したいとも思っていたんです。
一人称の、地の文章のモノローグが、一章はものすごく饒舌なんですよ。でも、読み進めるにつれてモノローグの量がどんどん減っていく。恋だけを考えていられれば良かったドーパミンがドバドバ出ている状態から、いろいろな現実と向き合っていく中で、感情が平坦になっていくんです。
――その変化を、地の文で表現されているんですね。
カツセ:性描写に関しても、前半と後半で高低差をつけることは意識しました。前半は、今までにないくらい性描写を重ねているんです。「令和の官能小説を書こう」というスローガンを掲げていました(笑)。でも、中盤以降は全く出てこなくなる。肉体的な感覚がもたらす恋愛感情から始まるんだけれども、愛が成熟していった時に、肉体から離れてどんどんプラトニックな、純度の高いものになっていく。

――その先で何が起こるのか。一つではないですよね。主人公の身に、幾つも幾つもの現実が立ちはだかる。そして、ある決定的な事件が起こる。
カツセ:そうですね。主人公に、大きな喪失が待ち受けています。デビューからの六年間、僕は公式LINEを稼働させ続けていて、読者から届くメッセージを全部読んでいるんですけど、現実でも「そんなのフィクションじゃん」と思うようなことが往々にして起きているんですよ。ベタすぎてウソだと思われそうなことが本当に起きていて、「誰にも言えないからあなたに送ります」というメッセージをたくさん受け取ってきたんです。
だから、たとえベタだとかご都合主義だと言われたとしても、小説の中で大きな喪失を描く。それを、リアリティをもって全力で書くことが自分の仕事なんじゃないかと思っていました。「私の、僕の悲しみや絶望に寄り添ってくれる本がないんです」と言われた時に、それに応えていける作家でありたいなと思っているんです。
――あらゆる人が何かしらの喪失を抱えているし、喪失の予感に怯えている。その現実の中でどう生きていけばいいか、本作を通して一つの答えを受け取った感覚がありました。カツセさんにとっても、辿り着けた、という感覚があったのではないでしょうか。
カツセ:悩み事に対して「時間が解決してくれますよ」という言い方をよく聞きますけど、「時間が解決するって言うけど、私は今苦しいんですよ」という言葉もよく聞くなと思っていたんです。じゃあ、「時間」を心の中で少しでも早送りできる何かがないかなと思っていて、最後の最後にあの言葉が出てきました。自分の中では、納得のいくラストになったと思っています。
終盤のとあるシーンは執筆しながら泣いていました。泣いたからいい作品だとは全く思っていないんですが、初めての経験でした。
――恋愛を通して、人生を描く。カツセさんの作家性が大きく花開いた、第二のデビュー作だと思います。
カツセ:実は今回の本は、『明け方の若者たち』で僕をデビューさせてくれた編集さんと、六年ぶりに一緒に作ったものなんです。恩返しするようなことができていたらいいですね。自分が成長した部分を見せることができたら、それが一番の恩返しなのかなと思うんです。
構成・文/吉田大助 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
憂鬱な恋の忘れ方

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