中東危機、ウクライナ戦争、外国人問題、世界インフレ……。現代社会が直面する諸問題に歴史の知識で立ち向かえ。
東大名誉教授・本村凌二氏の『武器になる世界史』は、「歴史に学ぶ力」を養う実践的な知識が身に着く一冊です。混迷の時代と言われる現代だからこそ読んでほしい本書から、一部を抜粋してご紹介します。
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西洋の礎を築いた地中海文明
「ローマの歴史のなかには、人類の経験のすべてが詰まっている」という言葉がありますが、4000年に及ぶ古代史全体をローマ史だけで理解することはできません。ローマが興隆する前には、古代ギリシアという重要な文明がありました。その源流になったのは、メソポタミアやエジプトなどのオリエント文明です。
オリエント文明は、文字、法律、天文学、建築学などを生み出し、のちのギリシア・ローマ世界の基礎を築きました。日本の戦後の歴史学ではギリシア・ローマの世界を「地中海文明」とする見方が主流でしたが、私はその礎となったオリエント文明も含めて広義の「地中海文明」とするのが、現代と古代の関係を理解する上では妥当だと考えています。そのため、自分の歴史研究の集大成として書き上げた『地中海世界の歴史』(全八巻 講談社選書メチエ)の第一巻は『神々のささやく世界 オリエントの文明』と題しました。
地中海文明という概念をどう考えるかについては、同書に詳しく書いたので興味のある人はそちらを参照していただきたいと思いますが、ギリシア・ローマをはじめとする地中海周辺の古代文明が現在の西欧社会の母胎となったことは、議論の余地がないでしょう。その西欧社会を支配する価値観が、先ほど触れたキリスト教にあることもたしかです。また、ユダヤ教とイスラム教を含めた一神教同士の摩擦が現代社会にさまざまな形で緊張を強いていることも間違いありません。

そして、最初の本格的な一神教であるユダヤ教は、紀元前13世紀頃、つまりオリエント文明の時代に生まれたと考えられています。エジプトの一神教が原点だったかどうかはともかく、ユダヤ教はメソポタミアの宗教やペルシアのゾロアスター教などオリエント文明の影響をさまざまな形で受けていました。
そのユダヤ教からキリスト教が生まれたのですから、西欧の母胎としての「地中海世界」にオリエント文明を含まないわけにはいきません。地中海世界の4000年に及ぶ古代史が、いまの西欧社会の基本になっているのです。
歴史をたどれば日本は東アジア文明の末裔
一方、その地中海文明の対極にあるのが「東アジア文明」にほかなりません。その原点は、いうまでもなく中国で生まれた黄河文明、長江文明です。
そこで生まれた漢字、儒教、中国化した仏教、律令制などは、朝鮮半島や私たちの日本、あるいはベトナムなどの周辺地域に多大な影響を与えました。現代の世界を動かしている価値観の源流は、地中海文明と東アジア文明の両極に大別することができます。
日本は明治維新以来、「脱亜入欧」という言葉に象徴されるように、西欧文明の影響を強く受けてきました。戦後80年間は、極東に位置しながら「西側諸国」の一員として振る舞っています。
とはいえ、私たち日本人の社会に、キリスト教の影響はほとんどありません。せいぜいクリスマスが年中行事として定着しているぐらいでしょう。その一方で、初詣やひな祭りなど日本古来の年中行事もたくさん残っています。
また、中国由来の漢字とそこから派生した仮名文字を使用していることを考えても、日本社会は決して「地中海文明の末裔」とはいえません。根本的には、東アジア文明に育まれてきた社会だと思います。
しかし、そうであるにもかかわらず、日本の社会は地中海文明由来の価値観やライフスタイルを当たり前のものとして身につけてきました。つまり、現代文明の源流である地中海文明と東アジア文明の両方にルーツを持つ社会だといえるでしょう。だとすれば、古代から現代にいたる長い歴史を学ぶことで、これから日本が世界で果たすべき役割も見えてくるかもしれません。
豊かな時代になると人間は堕落する
ところで、長い世界史のなかには、これまで一度も解決されたことのない問題があります。人類は歴史に学ばないがゆえに同じ過ちをくり返してきましたが、その過ちのなかでも、私にはこれがもっとも不思議に思えてなりません。
それは、「豊かな時代を迎えると人間が堕落する」ということです。
たとえば豊かだった時代のペルシア人のことを、ギリシア人は「あいつらは堕落している」と軽蔑しました。ところがそのギリシアも、豊かに繁栄した時代を迎えると、よその人々から「堕落した」といわれます。
それ以降の歴史を見ても、豊かな時代にも精神的な気高さを保ち、周囲からの尊敬を得ることができた社会は、世界史のなかにひとつも見当たりません。豊かで安定した社会は、人間をダメにしてしまうようです。

「個」の利益を優先した結果、ローマは衰退した
長きにわたって栄えたローマ帝国も、その例外ではありませんでした。もともとローマ人は「父祖の遺風」(モス・マイオルム)と呼ばれる先祖の教え・経験の蓄積を重んじ、篤い信仰心も持ち合わせた人々でした。強いパブリック・マインド、つまり、「公共の利益を希求する精神」が共有されていたからこそ、ローマは世界史でも類を見ないスケールの帝国になり得たのです。
しかし衰退期のローマ人は、その遺風を失い、私利私欲に走る傾向が強まっていきました。ローマ帝国衰退の原因はいくつも考えることができますが、その精神的な堕落も重大な一因だったといえるでしょう。ごく簡単にいってしまえば、人々が「公」よりも「個」を優先するようになったことで、社会全体の土台が揺らいでいったのです。
日本が豊かになって失ったもの
さて、それでは私たちの日本社会はどうでしょうか。
1945年の敗戦で焦土と化した日本は、そこから世界史でも稀に見る高度経済成長を実現し、豊かな社会を築き上げました。1990年代のバブル崩壊後は「失われた30年」といわれ、経済成長率が低下し続け、貧困層も増えてはいますが、世界全体から見ればまだまだ豊かな国だといえるでしょう。GDP(国内総生産)も、中国やドイツには追い抜かれ、いまやインドと競り合っている状況ではあるものの、世界で四番目から五番目の大きさです。
たしかに、円安などによるインフレはあるので、生活が少し苦しくなったと感じる日本人は多いでしょう。しかし、そんなに貧しい社会になったという実感はありません。少なくとも、敗戦直後と比べれば十分に豊かな社会です。
しかし私には、その豊かさを手に入れる一方で、日本が失ってきたものもあるように思えてなりません。
武器になる世界史

2026年8月19日発売『武器になる世界史』をご紹介します。











