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武器になる世界史

2026.08.29 公開 ポスト

人類にとってキリスト教の誕生が謎である理由 歴史の大転換となった一神教の発展本村凌二

中東危機、ウクライナ戦争、外国人問題、世界インフレ……。現代社会が直面する諸問題に歴史の知識で立ち向かえ。

東大名誉教授・本村凌二氏の『武器になる世界史』は、「歴史に学ぶ力」を養う実践的な知識が身に着く一冊です。混迷の時代と言われる現代だからこそ読んでほしい本書から、一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

歴史の大転換期が複数回起こった100年

20世紀前半から現在までのわずか100年程度のあいだに、人類の社会はいくつもの大転換、いわゆるパラダイム・シフトを経験してきました。世界を支配する価値観やイデオロギーは、永遠のものではありません。さまざまなきっかけで、次々と変容していきます。

第二次世界大戦後の世界は「資本主義対社会主義」というイデオロギーの対立によって東西両陣営に分かれ、冷戦構造が続きました。1905年から1917年にかけて起きたロシア革命によって、世界で最初の社会主義国家・ソビエト連邦が誕生したのがその端緒です。

第二次世界大戦後には、毛沢東の中国も社会主義国となりました。二つの巨大な社会主義国の隣にある日本は、資本主義陣営のリーダーであるアメリカにとって重要な防波堤となり、安全保障の上で大きな役割を担うことになったのです。世界の二極化という極端な時代を迎えました。

世界の二極化から多極化へ

その東西冷戦は一九九一年のソ連崩壊によって終結しましたが、世界の対立構造がなくなったわけではありません。社会主義が衰退し、資本主義に基づくグローバル化が進む一方で、今度は世界の多極化による「文明の衝突」が注目されるようになりました。

事実、冷戦後の世界では、ユーゴスラビアの内戦(1991~2001)、アルカイダによる九・一一の同時多発テロ(2001)、それに端を発するアフガニスタン戦争(2001~2021)とイラク戦争(2003~2011)、イスラム国(IS)によるテロ、そして2023年から激化したイスラエルとパレスチナの紛争など、宗教や民族の違いによる争いが目立つようになっています。

ロシアのウクライナ侵攻も、「西欧文明対ロシア文明」の衝突という側面があるのは否めません。さらに2026年にはパレスチナ問題が激化し、イスラエルとアメリカがイランに攻撃を仕掛けるにいたりました。

ウクライナ戦争以降は近代的な自由民主主義が力を失い、ロシアや中国のような権威主義的な国家が台頭しつつあります。民主主義陣営のリーダーだったはずのアメリカも、トランプ大統領の再登場(2025)以降、権威主義的な動きが多く見られています。イラン戦争もイランが核兵器を開発しようとしていると、アメリカが言いがかりをつけて攻撃を開始するという強引な手段によっており、アメリカは無理やりに中東に介入しています。

現代にも影響を及ぼす「多神教から一神教」への大転換

この100年だけを見てもわかるように、日常レベルでは同じような毎日が続いているように思えても、社会全体の大きなパラダイムはいつ変わるかわかりません。

それは、ローマ帝国も同じでした。その興隆から衰退までのあいだにはいくつもの価値観の変化がありましたが、とくに大きかったのは、キリスト教の登場です。もともと多神教だったローマが、一神教のキリスト教をミラノ勅令(313)で公認し、やがてそれを国教化したのは、その長い歴史のなかでもきわめて重大なパラダイム・シフトだったといえるでしょう。

ローマにかぎらず、古代の地中海世界は基本的に多神教社会でした。古代エジプトで一時的に一神教的なものが生まれ、それがモーセのユダヤ教につながった可能性もありますが、いずれにしろ、一神教の誕生は人類史の大きな謎です。精神分析の創始者として有名なジグムント・フロイトもそれに強い関心を持ち、晩年は一神教の研究に熱心に取り組みました。『モーセと一神教』という著作も残しています。

なぜキリスト教は旧来の信仰と対立したのか

日本の神道もそうですが、太陽や月、海や山や森や川、草木、風や雨や雷などの現象にそれぞれ神々が宿り、神秘的な力を働かせていると感じるのが、人間にとってもっとも素朴かつ自然な信仰心でした。

ところが一神教は、この宇宙全体がひとつの神に支配されていると考えます。多神教と一神教の違いは、資本主義と社会主義の違いとは比較にならないほど大きなものです。一神教の誕生とその普及は、人類の文明にとって、地殻変動レベルの大転換でした。だからこそフロイトも、大きな関心を寄せたのだと思います。

ユダヤ教は民族宗教なので基本的に布教をしません。しかし、そこから派生したキリスト教は活発に布教を行いました。

ローマ帝国はそれを弾圧しましたが、最初からそうだったわけではありません。当初、キリスト教徒が自分たちの神を信じることには理解を示しました。多神教の一部としてキリスト教の神が存在することは、とくに問題ないからです。ローマは多神教の社会だったとはいえ、それぞれのローマ人の家では、その一族にとって最重要とされる神を決めていましたから、問題にならないのは当然かもしれません。

ですから、キリスト教徒が自分たちの神を信じつつ、ローマの神々の存在も受け入れていれば、弾圧されることはなかったでしょう。ところがキリスト教徒は、自分たちの信仰を多神教の一部とすることを否定しました。自分たちの信じる神こそが、唯一の絶対神と主張するのです。

最後の晩餐(Wikimedia Commons)

文明史の中で衰えることのなかったキリスト教

自分たちの神々を否定されたのですから、ローマ人はそれを受け入れることができません。ローマの神々を信じないキリスト教徒のことを「無神論者」と見なしたほどです。

しかし最終的に、弾圧を受けながらも信者を増やしたキリスト教は、伝統的な多神教に代わってローマの国教となりました。その結果、キリスト教は大いに発展を続け、現在は信者数が世界人口の約三割を占める最大の世界宗教として影響力を持っています。世界のパラダイムは長い歴史のなかでさまざまに変容してきましたが、キリスト教は古代から現代にいたる長い歴史のなかで衰えることがありません。それこそ21世紀の「文明の衝突」も、キリスト教の存在抜きでは語れないでしょう。

キリスト教の絶大な影響力と存在感は、多神教だったローマがこの一神教を国教化したことから始まりました。その一点を見ても、ローマ史は現代の社会を理解する上で不可欠の教養だといえると思います。

関連書籍

本村凌二『武器になる世界史』

世界は「戦後」から「戦前」へ。歴史は繰り返す。だから、未来に備えられる。中東危機、ウクライナ戦争、外国人問題、世界インフレ……。混迷の時代を世界史の知恵で戦え。東大名誉教授が教える、21世紀を生き抜くための新教養。経済格差の拡大、政治の腐敗、宗教対立、移民問題。目の前の危機を、歴史は全て知っている。

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武器になる世界史

2026年8月19日発売『武器になる世界史』をご紹介します。

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本村凌二

1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月から2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。

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