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武器になる世界史

2026.08.27 公開 ポスト

人類史の5分の4以上は古代 古代史に学ぶことで社会問題の本質が見えてくる本村凌二

中東危機、ウクライナ戦争、外国人問題、世界インフレ……。現代社会が直面する諸問題に歴史の知識で立ち向かえ。

東大名誉教授・本村凌二氏の『武器になる世界史』は、「歴史に学ぶ力」を養う実践的な知識が身に着く一冊です。混迷の時代と言われる現代だからこそ読んでほしい本書から、一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

人類は歴史から学ぶのが苦手

人類がくり返した過ちといえば、誰でも真っ先に思い浮かべるのは戦争だと思います。実際、人類は20世紀に二度の世界大戦を経験しました。21世紀の「第三次」は何としても避けたいものですが、そうならない保証はありません。この100年の歴史を振り返っただけでも、人類がそこから多くを学んでいないことはたしかです。

「経験と歴史が教えてくれるのは、民衆や政府が歴史からなにかを学ぶといったことは一度たりともなく、また歴史からひきだされた教訓にしたがって行動したことなどまったくない、ということです」

この有名な言葉は、ヘーゲルの『歴史哲学講義』に書かれたものです。本書は1822年から1831年にかけて行われた講義をもとにして編集されました。ですから、ここでいう「歴史」は、おおむね18世紀までのものです。ヘーゲルは、19世紀後半から人類がくり返してきた過ちを知りません。

それでもヘーゲルは、民衆や政府が「歴史からひきだされた教訓にしたがって行動したことなどまったくない」といいます。人類ははるか昔から、同じことをくり返してきたということでしょう。

ヘーゲル(Wikimedia Commons)

5000年にわたる文明史のうち4000年は古代

近年、学校の歴史教育は、近現代史を重視しているように見えます。高校の世界史の授業など、古代からやっていると時間が足りず、20世紀までたどりつけないおそれがあるせいか、フランス革命(1789)以降か、もう少し遡ってもせいぜいルネサンス期あたりから始めることが多いのではないでしょうか。

もちろん、自分たちと近い時代の歴史を学ぶことは大切です。いまの世界で起きていることは、近現代史の流れを知らないとうまく理解できません。

しかし、近現代史の教育に注力することで「前近代」の歴史教育がおろそかにされているとしたら、さまざまな教訓を「歴史から学ぶ」上で大きな支障を来きたします。5000年に及ぶ人類の文明史のうち、近現代史が占めるのは、ほんの数百年にすぎません。前近代の歴史のほうが、はるかに長いのですから、こちらのほうがはるかに多く人々の蓄積があるのです。

近代の前には中世と呼ばれる時代がありますが、こちらも数百年の歴史にすぎません。それ以前は、すべて「古代」です。

人類の文明は、前3000年頃にメソポタミアやエジプトで始まりました。大まかにいえば、そこから4000年は古代が続きます。5000年のうちの4000年、つまり文明史の八割を占めるのですから、古代史を学ぶことなしには、世界の歴史をトータルに学んだことにはなりません。

近現代史と違って、古代史にはリアリティを感じにくいという人も多いでしょう。現代社会とかけ離れた世界のように思えるので、自分の暮らしとは無関係な単なる「昔話」にしか思えない人がいてもおかしくはありません。

でも、決して古代史とは、私たちの生活と分断された物語ではないのです。古代史を学ぶと、人間のやることは何千年も前からあまり変わっていないことがわかります。おそらくヘーゲルのあの一節も、4000年に及ぶ古代史を踏まえたものだったにちがいありません。

現代社会の源泉はローマにある

古代史のなかでも、私が専門にしている古代ローマの歴史からは、とりわけ多くの教訓が得られるでしょう。歴史から学ぶことの苦手な人類ではありますが、それでも近代以降の人々がローマから学んだことは少なくありません。

たとえば大英帝国を築いたイギリス人たちは、帝国の運営に必要な知恵をローマから学びました。さらにその大英帝国から多くを学んだのが、次に世界の覇権国となったアメリカです。現在の世界の源流は、ローマにあったといっても過言ではありません。

「ローマの歴史のなかには、人類の経験のすべてが詰まっている」──これは、戦後日本の論壇で絶大な存在感を誇った丸山眞男氏(1914~1996)が、ある対談のなかで語った言葉です。

そこには人類の経験のすべてが詰まっているがゆえに、ローマ史はある意味で社会科学の壮大な実験場だったといえる──そういう話を大学院生のときに読んだ私は、深い感銘を受けました。その後、私は自らローマ史を専門に研究してきましたが、やはり丸山氏の言葉に間違いはなかったと思えます。

(写真:PIXTA)

ローマ史には全ての歴史が詰まっている

前八世紀の中頃に建国されたローマは、小さな都市国家にすぎませんでした。それが前6世紀に王政から共和政に転換した数百年後に「ローマ帝国(Imperium Romanum)」を名乗るようになり、実際地中海世界を呑み込む大帝国になりました。その後継国家であるビザンツ帝国(東ローマ帝国)の時代まで含めれば、古代ローマの歴史は1500年にも及びます。

その歴史的なプロセスは、文明の歩みの原型といえるでしょう。つまり、ローマで起きたことは、ほかの文明でも起きる──丸山氏のいう「社会科学の壮大な実験場」とは、そういう意味だったのだと考えています。

あれだけの規模の帝国が、なぜ誕生したのか。

なぜ、長きにわたって安定を保てたのか。

そして、なぜ没落してしまったのか。

これらローマ帝国に関する一連の「なぜ」について考えることで、現代に生きる私たちは多くのことを学べるはずです。

近代の帝国とローマの類似点

実際、近代以降の「帝国」の多くは、ローマで起きたことをくり返してきました。たとえば15世紀末から17世紀初頭にかけて世界の覇権国となったポルトガルやスペイン、さらには7つの海を制して世界中に植民地を築いた大英帝国などの歴史は、ローマという世界帝国について学ぶことで、理解が深まります。

現在の世界には、「帝国」を名乗る国家は存在しません。しかし、アメリカ、中国、ロシアなど、帝国的な側面を持つ国はあります。2022年に始まったウクライナ戦争以降、世界は帝国主義の時代に逆戻りしつつあると指摘されるようにもなりました。

だとすれば、それら21世紀の「帝国」の動向は、私たちの未来を大きく左右することになるのではないでしょうか。こうした国々の動向を見極める上で、帝国の原型であるローマの歴史は重要なヒントを与えてくれるにちがいありません。
 

関連書籍

本村凌二『武器になる世界史』

世界は「戦後」から「戦前」へ。歴史は繰り返す。だから、未来に備えられる。中東危機、ウクライナ戦争、外国人問題、世界インフレ……。混迷の時代を世界史の知恵で戦え。東大名誉教授が教える、21世紀を生き抜くための新教養。経済格差の拡大、政治の腐敗、宗教対立、移民問題。目の前の危機を、歴史は全て知っている。

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武器になる世界史

2026年8月19日発売『武器になる世界史』をご紹介します。

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本村凌二

1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月から2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。

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