「今の私」だから確信できた
「なんでこの会社に入ったの?」
「出版社は全部落ちたんです」
爆笑。
職場の役員面談にて、ふと聞かれた質問に脊髄反射で答えて冷や汗をかいた。打合せと面談続きで若干朦朧としていたとはいえ、もうちょっと違う答え方だってできたのに……。お相手が寛容で本当によかった。
年間数百冊の本を読み、読書にまつわる文章をあちこちで書いている。そんな私から私を知ってくれた人は、私の本業を知るとたいてい驚く。「え、本はぜんぜん関係ないんですね…」そう、もう17年も同じ会社で働いていますが、まったくもって関係ない業界です。
上級生にいじめられていた幼稚園児の頃、隠れ場所だったのは職員室前の本棚の下。三兄弟のワンオペ育児に疲れた母がしょっちゅう私を放り込んでいたのは、近所の家庭文庫。
そんな筋金入りの本の虫なのに、文学部で学ぶことははなから選択肢になかった。
本を読むのは趣味であり、大学は偏差値や将来性で選ぶべきだと思っていた。それでも就職活動を考え始めると、やっぱり本に関わる世界への憧れを捨てきれなかった。逆に言うとそれだけの理由でたいした準備なく受けにいき、当たり前に全部落ちた。就職活動をしていたのはちょうどリーマンショックが起きた年で、全落ちはそのせいにできて内心ほっとしていた卑怯な私。その後、運よくリクルーターに拾ってもらい、最初に内々定をくれた会社にするっと入社して今に至る。
役員面談があった週末、読み始めた本に胸を突かれて走馬灯のように当時のことを思い出した。
この本は、過去のためにではなく、未来へとつなぐために書かれた。
女であることを愛し、女たちに共感し、女たちとつながろうとする若い女、もう若くない女、もと若かった女のために書かれた。このなかにある「思い」を、リブと呼ぼうが、フェミニズムと呼ぼうが、名前は好きに選べばいい。――『新版 女の本屋の物語』上野千鶴子さんによる旧版解説より
平凡な専業主婦だった著者の中西さんが、ひょんなことから京都で日本初のフェミニスト書店を開いた話。まだフェミニズムやジェンダーという言葉が一般的ではなく、学問としても未成熟だった当時の日本で、強い当事者意識とフロンティア精神をたずさえて書店に集まった女性たち。その中心にいた中西さんが綴る、非常に貴重な「女たちの物語」である。
この本を知るきっかけをくれたのは、私の原稿をいつも見てくれている幻冬舎の竹村さんのインスタグラム。上野千鶴子さんから相談を受けて復刊に向けて動かれたという経緯を知り(最終的には晶文社さんにて復刊)、タイトルとこの復刊ストーリー(のかけら)だけでも「絶対に読みたい!」と思うに十分だった。
……もし私が何かの偶然で編集者になれていたら、きっとこういう本を出したいと願ったんじゃないか。
でも間違いなく、それは実現しなかった。大学3年生だった当時の私にそんな志はかけらもなかった。出版社に入りたいと思ったのは、本が好きだから。ただそれだけ。なにより、自分はフェミニズムの枠外に生きていると愚かにも信じ込んでいた。
今の会社に入って今に至る経験を経なかったら、この本に惹かれ、手に取り、心を動かすことはきっとなかった。時系列も因果関係もめちゃくちゃだけれど、今の私だからこそ、「きっと私はこういう本をつくりたかった」と確信したんだと思う。
ここが“女のスペース”の役割を担って、大いに利用されることになったのだ。後に訪ねて来た人がいみじくも「女の解放区みたいね」と言った。――『新版 女の本屋の物語』より
中西さんは、ウィメンズブックストアの二階を改造して六畳と八畳を繋げたスペースをつくった。そこは、後に当ストアがドーンセンター(現・男女共同参画・青少年センター)に移転するまで長らく、書店の事務所兼編集室・その他よもやまに使われる女たちの作戦会議場となったという。
人々と繋がり・交流することで何かをなしとげたいと願うとき、「場」を作ることはとても重要だ。そして本もまた、ばらばらに暮らす、しかし同じ思いを抱いた人たちが心を寄せ合う「仮想の場」になりえる。そう考えると、書店を作り、その二階にスペースを作り、編集者として本を作った中西さんが、いかに偉大だったか。
そして私は、「場」を作り続けている著者・編集者、普及し続けている書店の皆さんを心から尊敬し、感謝する。
この本が、また新たな“女のスペース”になることを願わずにいられない。私にできるのは、「本屋界隈」「フェミニズム界隈」とは縁が無さそうなJTCコンサバ会社員がこの本に感銘を受けたということを、こうやってウェブ世界の片隅で叫ぶこと。そしてそのことによって、界隈の外にいる人間が一人でも多く本書に興味を持ってもらえるように祈るばかりである。
コンサバ会社員、本を片手に越境する

筋金入りのコンサバ会社員が、本を片手に予測不可能な時代をサバイブ。
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